恩人
「お久しぶりね、喜屋武さん」
熊三を見送った後の大君に声をかけたのは御面寿満子だった。彼女は車椅子に乗って、それをフューマンに押させていた。
「御面さん。その節は。息子の命を救っていただき、本当にありがとうございました」
「ありがとうじゃないですよ。貴方、医者であった私の目の前で、あんな方法で」
「でも、俺にはあの方法しか思いつかなかった」
「ええ。私から見てもそれは同じ。でも、言いたいことは山ほどあるわ」
「甘んじて受けるしかありません」
「全く貴方って人は。全然迷ってないみたいね、本当に真っ直ぐな人」
「それしか取り得がありませんから」
「本当に……今も昔も。貴方を前にすると呆れて言葉を失ってしまうようだわ」
「ははは……褒められたやら叱られたやら」
「一応褒めたのかしらね。貴方は私の殺し屋人生の中で、依頼を受けて唯一殺し損ねている人物ですから」
「それはご冗談を。俺も昴流も、何度貴女に救われたやら」
「まあいいわ。お元気そうで何より」
「御面さんも、と言いたいところですが、どこか悪くされてしまったのですか?」
「ええ。私ももう歳ですからね。健康には気をつけていたのだけれど、散歩中に転んでしまってから足を悪くしてしまって」
「それはお気の毒に。一日も早いご回復を願っております」
大君がそう言うと御面は口元を押さえて笑った。
「貴方、本当に面白い人ね。10歳の子がそんな堅苦しい言葉遣いで。ふふふ」
「わ、笑わないでくださいよ」
「笑わずにはいられないわよ。今にして思えば42年前、私と貴方が出会ってしまったからこんな風になっているだなんて思うと」
「確かに……不思議な縁ですね」
「殺し屋の私に気まぐれを起こさせた。それが、そもそもの始まり」
「そう……でしたね。今はもう、死のうだなんて考えてもいませんが」
「本当よ。貴方ほど死ぬたび周りの人間を振り回す人を見たことがないわ」
「御面さんにそう言って貰えるんじゃあ、俺も大したものですね」
「今のは叱ったのよ」
「あ、はいすみません」
御面は軽く笑った。
「私もね、ここ数年は苦労したのよ? 何と言っても7年前、最初に貴方を目覚めさせる報酬として要求した法外な金額を、受け取る気なんて無かったのに昴流君に無理矢理押し付けられて。それをどうやって返そうかと悩みに悩んだのですから。でも、それもようやく形にできたのかしら。私が死ぬ前に間に合って良かったわ」
「あ、それってもしかして」
「そうね、ここフューチャーアイランド。国を巻き込んでの一大事業よ。実は、私の夫は政治家をやっていましてね。今は息子が地盤を引き継いでいるのだけれど、そうでもなかったらきっと昴流君には返しきれなかったでしょうね」
「あ~なるほど。そう言う繋がりがあったのか。じゃあ選挙って言うのは」
「そう。ウチの息子が大変お世話になっております。御面誠也にどうぞ清き一票を……って、そう言えば貴方、選挙権は持ってないのよね」
「今はフューマンですからね。そうなると、戸籍上はもう死んだことになっているのかな」
「そういうことね。でも、貴方には別の方法で力になって貰えるから、よろしくね」
「どういうことです?」
「あら? 昴流君から聞いていないの? 明日の発表の件」
「何です? それ」
「全くあの子は……」
御面の口調は母親のそれのようであった。
「いい? 貴方は人間の脳を持った世界初のフューマン」
「はい。それは聞きました」
「ウチの息子はフューマン関連の法案を通さんと力を入れる未来党の議員」
「はあ。今の政治背景は全く知りませんが、そうなんですね」
「単純明快な話よ。要は貴方が世間に公表されれば、人類は皆フューマンの可能性を感じずにはいられない。そしてその可能性をどこよりも率先して伸ばさんとする党は」
「未来党?」
「そういうこと」
「はああ、なるほど。あいつも色々考えているんだなあ」
「頑張ってね、お父さん」
「はああ、息子も孫も凄過ぎてプレッシャーが凄いなこれは」
大君は逆に肩を落とした。