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フューマン ~フューチャー・アイランド~  作者: nandemoE


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誘拐(1)

「いやあ、長い時間悪かったね那彩ちゃん」


「いえ、私も今日は楽しかったです」


「それに何人か学生に見られちゃったけど、平気?」


「大丈夫です。むしろその方が、交際の信憑性が増すと言うか……」


「それもそっか。じゃ、手でも繋いで帰ろっか」


「手!? 手……」


 差し出された手に恐る恐る手を伸ばすと、逆にその手を大君から取られる那彩だった。


 夕方になり、二人は共に帰路についた。

 居住区手前でバスを降り、人気の少ない居住区の通りを歩いている時だった。背後から寄って来るワゴン車を避けるように二人は道の端に寄ったが、その二人を更に絞り込むようにそのワゴン車は急停車した。


「ヤバイ、何か変だ、那彩ちゃん、逃げよう!」


「は、はい!」


 行く手を阻まれた二人は即座に踵を返し、その場から逃げようとはしたものの、車内から飛び出すように追ってきた者達によって声を出す間もなく制圧され、車内に引き摺り込まれてしまった。


 二人を拉致した車が立ち去っても変わらず静かな住宅街に間もなく夜の帳が下りようとしていた。




 大君と那彩を拉致した車には運転者が一人、後部座席に二人の三人組だった。大君と那彩は後部座席に捕らわれ、それぞれ両手を拘束されていたが、逆にそれ以上に非人道的な扱いを受けることはなかった。


 車を走らせながら、犯人グループの一人はこう語った。


「恐い思いをさせてごめんなさいね。我々は貴方達が抵抗をしなければ危害は加えないし、要求が通れば直ぐに解放することを約束しましょう」


 その人物は覆面をして声を変えてはいたが、体格から女性であることは解った。


「要求? お前達の目的は何だ?」


 大君は虚勢を張るように問うた。


「簡単なこと。未来党の御面誠也に出馬を取り止めてもらえればそれで良いのです」


「政治犯か」


「どう認識してもらっても構いません」


 女は相手にしなかった。


「大君くん、巻き込んじゃってごめんなさい。どうやら狙いは私だったみたい」


「いいよ。那彩ちゃんが一人じゃなくて良かった」


「大君くん……」


 那彩は少し顔を伏せた後、女を睨みつけて言った。


「貴女達は外国の人? 告示後は立候補を取り消すことができないのを知らないの?」


 那彩は毅然としているようでもその足は小刻みに震えていた。


「あらあら強がっちゃって。でもね? そんなことはこちらも承知しているの。それでも出馬を取り止める、投票しないでくれと表明することは可能でしょう?」


「そんな。そんなことしたら……」


「表明してくれさえすれば直ぐに解放すると約束するわ。仮にその後に発言を取り消したとしても、そんな政治家が国民に信頼されるかを考えてみれば、ね?」


「やめて! そんなこと……この国の未来が懸かっているの」


「だけどこっちも遊びじゃないの。大人しく携帯を貸してちょうだいな」


「いや! やめて!」


「抵抗はダメよ」


「ひっ!」


 那彩は銃を向けられて抵抗することなくバッグを差し出した。女はバッグの中から携帯だけを取り出してバッグを那彩に放り返した。


「さて、連絡先……と」


 女が那彩の端末を操作し始めた時、運転席の一人がルームミラーを見て言った。


「ちょっと待て、ガキが何かやってるぞ」


「なに? ふざけやがって」


 大君は咎められるより先に後部座席にいたもう一人の男に頬を殴り飛ばされていた。その衝撃で後ろ手に持っていた携帯が車内に転がり、それは女によって拾い上げられた。


「くそっ!」


「たれでさごちでら……? あらあら、打ち間違いかしら? 何て打とうとしたのか知らないけれど残念だったわね。そうそう後ろ手で打てるようなものじゃないでしょう?」


「待て。そいつは喜屋武大君、フューマンだ。一応用心しろ」


 運転席の男が言った。


「フューマン? この子が、あの?」


「もしかして前時代の入力方法ででも打ったつもりだったのか?」


 後部座席の男女が続けた。


「残念ながら打ち間違いだよ。後ろ手で見えなかったから打ち違えてるだけだ」


 大君はそう答えたが運転席の男は警戒を解かずに他の二人に言った。


「だが何をしてくるか解らない。念のため無線機能の有無は確認しておいた方が良い」


「そうね、少しボディチェックをさせてもらうわ」


「何も無いよ?」


 大君は観念したように首を傾げ従った。かに見えた。


「おい! 端末が光ったぞ」


 運転席の男がまたもルームミラー越しに叫んだ。その瞬間、大君は後部座席の男に殴られて運転席のシートまで吹き飛ばされていた。


「おい、こっちは運転してんだ、危ないだろ」


「こいつ、生意気に。ちょくちょく何かしてきやがんな……これか、フューマン用ボタン型無線機。ふざけたもん使いやがって」


 先程購入して身に着けていた無線機であったが、男に握り潰され破壊された。


「ああ、くっそ。結構高かったのに……」


「お前が悪いんだろうが。他に何も持ってねぇだろうな? 内蔵無線か? あ?」


「いいえ、日本型フューマンは基本的に無線機能は付いていないでしょう。だから外付けの無線機を使用しているの」


「さっきのは何をされたんだ」


「先程打ち掛けたメールを誰かに送信されたようね。文面はともかく、今の発信位置は知られてしまうでしょう」


「クソがっ!」


 男は女から大君の端末を取り上げると即座に破壊した。


「ちょっと。無駄な危害は加えないはずでしょう?」


「こいつは抵抗した。それで十分だろ」


 大君は男の腹癒せにもう一発殴られた。


「そのくらいにしておいて。そして念のため、この子の携帯も破棄しましょう」


「はあ? そいつの携帯から直接御面誠也あてに電話した方が早いんじゃないのか?」


「それなら二手に分かれる? 車から降りて交渉する役と二人の身柄を拘束する役に」


「俺は面倒な交渉ごとはゴメンだ」


「なら私がここで降りて御面誠也と交渉を行いましょう。位置が知られるのでその後携帯は破棄、しばらく身を隠した後、合流地点に向かう。どう?」


「いいぜ。だが、念のためこっちの電波は遮断させてもらう。そちらに何かあっても連絡は受けられねぇぜ?」


「それで良いわ」


「良し、じゃあ行け」


 車は一度停車し、女を降ろしてから再び走り出した。


 女は走り去った車を見送ってから不敵に笑った。


「後はよろしく。ね、遠渡さん?」

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