選挙戦
その後、帰路についた大君と昴流に話しかける者があった。
「喜屋武さん、喜屋武さん。こんにちは」
「これは笹目さん。どうしましたこんな所で」
「いやあ、とうとう告示されましたな、衆議院選挙」
「そうですね。今回も一つ、よろしくお願いしますよ」
「いやいや、こちらこそ。会社あっての組合ですからな」
昴流と笹目は軽く握手を交わした。
「ところで喜屋武さん、そちらはかの有名なお父様ではないですか」
「そうです。実は先程まで父にFHFを案内していたところでして」
「初めまして。昴流の父、喜屋武大君と申します」
「これは申し遅れました。私、FHF労働組合執行委員長を務めております笹目と申します。以後お見知りおきを」
「よろしくお願いいたします」
大君とも握手を交わしたところで笹目は昴流に視線を戻した。
「お父様と協力して、何かお仕掛けになるので?」
「いやいや、今回の選挙に父は関わっておりませんよ。まあ、講演会をやってもらうだけでも十分な恩恵を受けてはいますがね」
「こちらとしてもその影響は少なからず、と言ったところでしょうか」
「このまま何も無く推移してくれれば良いのですがね」
「お互いに。では、私はこの辺で」
軽く会釈をして笹目は立ち去った。
「組合の偉い人か。色々あるんだな」
「まあね。でもウチはまだ良いよ。組合が推しているのは未民党だからね」
「未民党?」
「ああゴメン。未民党と言うのは未来党と連立を組んでいる第一与党さ。長い間ずっと政権を担ってきた政党なんだけど、何年か前に改名したんだ。未来民主党ってね」
「未来を冠する改名か……事情は察するに余りあるな」
「未民党と未来党で未来連立だなんて呼ばれて、今のところ揺るがぬ勢力だね」
「それで昴流もさっきの笹目さんも余裕なんだな」
「楽観している訳じゃないけどね」
そこへ昴流の端末が呼出音を発した。
「おっと遠渡か。これはちょっと顔を出すか」
「なんだ、やっぱり忙しいんじゃないか、無理することはないのに」
「う~ん。折角の機会なんだけど……仕方ないか」
「いいよいいよ。俺に気にせず行ってくれ。丁度商業区でも回ってみたいと思っていたところなんだ」
「そうかい? ごめんよ父さん。それじゃあお言葉に甘えようかな」
「おう。じゃあここでな」
「うん。また後で」
二人は手を上げて別れた。
「ここが商業区か。結構賑わっているんだな」
立ち並ぶ飲食、衣類、雑貨等の店々は殷賑を極め、視線をやりながら大君は歩いた。
「そう言えばフューマンのパーツを扱うお店もあるんだっけな。何か良い感じに俺自身をカスタマイズできないものかな……」
等と散策をしていると見覚えのある後姿を見つけ、大君は駆け寄った。
「こんにちは那彩ちゃん。こんな所で偶然だね」
「大君くん。ビックリした。どうしてこんな所に?」
「実はさっきまで昴流とFHFにいたんだけどね。どうも忙しいようだから」
「それは無理もないよ。もう街は選挙一色なんだから」
見渡せば街角で複数の候補者が街頭演説を繰り広げていた。
「やけに皆、熱心に演説しているね」
「それだけここの選挙区が注目されているってことかな」
「なるほど、未来島は激戦区なんだ?」
「そうだよ。色んな党が乱立してるでしょ? 例えばあっちは新明党。アメリカを始め外交に強く、国民性から内需に向きがちなフューマンをより海外に強く打ち出すことで国際的な発言力を強めようとする動きが見えるかな。更に一つ向こうの角では保守的な国民第一党。反対にこっちでは共産的な平等党なんかが比例代表狙いでやってるね」
「誠也さんは?」
「父は別の選挙区から出るよ。未来島はFHFのお膝元だから、どうしても組合の推す未民党が強いんだ。第一与党だし、連立の未来党と共倒れになっちゃ困るから」
「そうなんだ。那彩ちゃん、詳しいね」
大君は那彩を見た。那彩は少し照れて顔を伏せた。
「そ、そんなことないよ」
「いや、俺が那彩ちゃんくらいの歳の頃は選挙なんてまるで興味なかったから」
「そうなの? あ、でも解るかも。今の若い人もそんな感じだよ? 数で敵わないからとか、どの党でも同じとか、半分諦めてるみたいなところがあって」
「那彩ちゃんが詳しいのは誠也さんの影響?」
「うん。それがなければ多分私も似たようなものだったかも」
「とんでもない。俺は凄いと思うよ、まだ選挙権も無いのに」
「ありがとう。でも、私に選挙権が無いって言うのは違うかな」
「え? もしかして俺のいた時代と制度が違ってる?」
「ううん。基本的なことは変わらないと思うけど。でも一点、子供の未来のため、その子の分の票を親権者が代わりに投じられるようになったんだよ、最近ね」
「なるほど、これで若者も少しは、って感じか」
「そうだね。それで、その若者の票を集めて国政に声を届けようって党が……」
そう言って那彩は街頭演説をしている団体の一つを指差した。
「あの『若者の党』だよ」
車上に立って一際大きな声を発しながら票を訴える若い男の姿があった。
「あの人が若者の党代表の黒鵜翔さん。私も初めて見た」
「若いのにヤル気十分と言った感じだね。あの周りだけ特に多くの若者が集まっているみたいだし」
「そうだね、今回は特に。いつまでも大人の言いなりじゃないと決戦の覚悟で臨んでいるのが私にも伝わってくるし」
「若い人の選挙離れには良い刺激になるんじゃないかな」
「そう……なんだけどね」
「何か問題が?」
「そういう訳じゃないんだけど、やっぱり何て言うか、政治経験の無さが露呈してると言うか、打ち出すマニフェストがどこか地に足が付いてないと言うか」
「そう言う危うさも見えるって訳か」
「父も心配してたから。いえ勿論他の政党の心配をしている場合ではないんだけど、その、今回の結果如何によっては若者の未来に暗雲が立ち込めてしまうんじゃないかって」
「確かにそれは……良くないね」
「だからその分も未来党が責任を持って若者の未来を切り拓いていければ良いんだけど」
「いや、やっぱ那彩ちゃん普通に凄いよ、その視点、その歳で」
「そうかな? ありがと、ね?」
「もし良かったらもっと話聞かせて貰えないかな? 俺ももっと今の時代のことを知っておきたいし」
「もちろん良いよ。じゃあ折角だし、何処かお店に入ろうか」
そうして二人が周囲を見渡した時だった。
「あの、もし……」
声を掛けられた大君と那彩が振り返ると、そこには若い男が一人、立っていた。
「もしや貴方は、喜屋武大君さんではありませんか?」
「はい。私は喜屋武大君ですが」
大君が答えるや否や、男は満面の笑みを浮かべた。
「わお! こんな所でお目にかかれるなんて! ……失礼、申し遅れました。私は何永邦。中国でフューマン関係の仕事をしている技術者です」
「それはどうも」
「ああ! そんな喜屋武さん警戒しないで。私は貴方がとても大事です」
大君は首を傾げた。
「日本語、変でスミマセン。私ちょっと興奮しています。何故なら私、貴方の大ファンだからです。いや、世界中の技術者、みんなそうでしょう」
「そう、なんですか?」
「あぁ……。そう、皆良く言います。中国は日本の技術を盗む、警戒するべし、と」
「確かに、そう聞いていましたね」
「でも、皆じゃない。例えば私の名前。私の名前は中国では珍しいですが、これは私の両親が、日本と中国が永遠に仲良くいられるよう願いを込めて付けた名です。私達は日本が大好き、憧れがあるのです」
「は、はあ」
「私は生まれながらに日本と中国の架け橋になるよう使命を受けました。そして貴方は人間とフューマンの架け橋となるお方! 運命を感じずにはいられません」
そう言いながら何永邦は大君の手を両手で掴んで上下に振った。
「ああ、何という幸運なのでしょう」
「それは良かった」
「私は今日という日を忘れません。僅かでも貴方とお話が出来て良かった。私もフューマン関係の仕事をしています。いつかまたお目にかかりたいものです」
「そうですね、機会があればまた」
「はい、それではこれで。キュートなガールフレンドとのデート中にスミマセンでした。再見! 再見!」
終始嵐のような陽気さで何永邦は手を振って去って行った。
「あはは、変な人だったね。圧倒されちゃったよ」
大君が振り返ると、那彩が顔を赤くしていた。
「ひ、大君くん。こ、これってもしかして、デートなのかな?」
「ん? ま、いいんじゃない? 一応付き合っているんだし」
「ちょっと待って、何か変に意識しちゃうと私……」
「ん? そう?」
大君はニヤリと笑って那彩の手を取った。
「じゃあまずはお茶でも飲んでゆっくりしよっか」
引っ張る大君に抗えず、那彩は顔を伏せて後ろを歩いた。
「永邦よお、何だありゃあ」
何永邦が大君達と別れて車に戻ると足を組んで待っていた男が嘲笑交じりに言った。
「彼が喜屋武大君だよ、高憂炎」
「ほお。あれが、ね」
「ついでに言うと、隣を歩いていたのは御面誠也の娘のようだね、未来党の」
「平和だねぇ。実に平和な国だよ、ここは」
「変な気は起こさないでくれよ? 私達の出番はここではないのだから」
「解ってるって。だが、あちらさんはどう動くかねえ? いたよな、アメ公がよ」
「新明党にでもついているのだと思うよ。……何を考えているやら」
「どうせ禄でもねぇことだろうさ」
「案外、向こうもこちらの出方を窺っているだけかも知れないがね」
「ハハッ。小難しいことは俺にはどうでもいいや」
「君らしいね」
「俺ならパア~っと、攫っちまうんだけどな」
「だから、くれぐれも街中で変な気は起こさないでくれよ?」
「へいへい。じゃ、行くぞ。ここは煩くてたまんねぇや」
二人を乗せた車は静かにその場を離れて行った。






