彼女の父親
数日が過ぎ、それぞれが交流を深めながら各自研究を進めていた。
大君は時間を見つけて研究室を出ては自販機で飲み物を買ってベンチに座っていた。
そこへ近寄ってきた中年の男性が声を掛けた。
「少しお尋ねしたいのですが」
「はい。何でしょうか」
「喜屋武准教授の研究室はどちらでしょうか?」
「ああ、それでしたらあちらの建物を正面から入って直ぐ左に折れて突き当たりです」
「ありがとうございます」
「ですが、生憎今は講義中で不在です。あと40分程で戻るかとは思いますが」
「そうでしたか……残念ですが本日は時間が合わないようです」
「もしよろしければ、お話を伝えますよ。こう見えてゼミの一員ですので」
「おや。ではやはり貴方が」
「俺を知っているんですか?」
「ええ、お姿を見かけた時からもしやとは思っていましたが……申し遅れました、私は御面寿満子の息子で御面誠也と申します。貴方のことは娘、那彩から良く伺っております」
「あ、那彩さんのお父さんでしたか。大変失礼しました。私は……」
「どうぞ普段通りでお願いします、大君さん」
「ははは、では失礼して。喜屋武大君です。貴方のことは昴流や宙光から聞いていました。子供達が大変お世話になっております。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。……お隣、失礼しても?」
「あ、どうぞどうぞ」
大君はベンチの隣を空け、誠也はそこへ腰掛けた。
「大君さん、聞きましたよ? 何でも今度、東京で講演会をなさるとか」
「そうですね、不慣れなものですが挑戦をと思いまして」
「選挙さえなければ、是非私もお話を伺いたかったのですが。だいぶ世間にも経歴が伝わっているようですね、グッドファーザーとして。ヒージィなんて愛称まであって」
「お恥ずかしい限りです」
「とんでもない。大君さんが人間とフューマンの架け橋になろうとすればするほど、私共未来党の力になるのですから、有り難いことです。全力で応援させていただきますよ」
「はは、ありがとうございます」
「それに折角本土にお越しいただくのでしたら是非我が家にもお立ち寄りください。母も喜びますから」
「ありがとうございます。是非そのうちに」
社交辞令を交わしながら大君は微笑み返した。
「ところで、誠也さんは今日はどうしてこちらへ?」
「実は、昴流さんと解散総選挙後の相談をしにセントラルタワー『フロンティア』まで来たものですから、ついでに」
誠也がそう言って視線を向けた先には高い高いタワーが聳え立っていた。
「フロンティア?」
「ああ、そうでしたね。目覚めて間もないのでは無理もない、失礼しました。フロンティアとは、島の何処からでも視界に入るあの高いタワーのことです。未来島の中央に位置するフロンティアは、島の中枢機能を集約しながら、FHF本社をもそこに収めている、まさに島の象徴たる存在なんですよ」
「ああ、なるほど。気にはなっていたのですが……あ、そう言えば寿満子さんから聞いていました。何でも未来島建設に当たっては大変お世話になったようで。本当にありがとうございます。息子に代わりお礼を言わせてください」
「とんでもない。一体その原資が何処から出てきたと言うのです。私は少しお手伝いさせていただいたに過ぎません。凄いのは貴方の息子、昴流さんですよ」
「なんと言えば良いやら」
「息子さんを誇ってあげてください。昴流さんは本当に凄い方だ。今、未来党の議員として私の立場があるのも彼のお力添えがあってのこと。更には私の母のために今まさに尽力していただいている。実の息子である私以上に……本当に頭が上がらない思いですよ」
「寿満子さんのため?」
「ええ。大君さんはBCDをご存知ですか?」
「はい。今まさに孫の宙光と共に研究を進めているところです」
「ありがとうございます。そのBCDがどのような目的で進められているかは?」
「表向きは、人間とフューマンをより近い存在にすると聞いておりますが」
「表向き。そうですね、昴流さんは韜晦しますから、そうとしか言いませんよね」
「そのようですね」
「大君さんは、私の母が足を悪くしたのをご存知ですか?」
「はい、この間」
「人は、足を悪くするとその行動範囲がとても小さくなってしまうものです。だから、そうなると衰えが実に早い……そう、認知症などが恐い」
「もしかして」
「はい。昴流さんがBCDに特に力を入れ始めたのは、母が足を悪くしてからです。もちろん、大君さんを目覚めさせる技術としても力は注いでおりましたが……」
「そうだったんですね」
「母と昴流さんを見ていると、時折、実の息子として複雑に思うことがありますよ。この未来島は、母が昴流さんのために何としてもと進めました。そして母の具合が悪くなったと知れば今度は昴流さんが母のために、とは口にはしませんが……あの二人は、何処までも真っ直ぐにお互いに本気なんです。私としては嬉しくもあり、嫉妬もあり。それでも、本音のところでは尊敬していると言ったところでしょうか」
「……理解できます」
「ははは。そしてその昴流さんが一体誰を私淑して来たのかと言えば」
誠也は大君を見た。
「最初の質問にお答えしますと、今日ここへ来たのは娘の様子と、それからその彼氏さんのお姿を見てみたいと思ったものですから」
「え!?」
「ははは、冗談です。もちろん仮の交際であることは娘からちゃんと聞いておりますよ。娘の我が侭を聞いてくださり、ありがとうございます。親としましても、貴方がついていてくれるとあらば安心できると言うものです」
「責任を持って、対応させていただきます」
「もし大君さんさえ宜しければ、本当に交際していただいても構わないのですが……」
「とんでもない。俺はフューマンですよ?」
「私と昴流さんは、そのフューマンに人権を持たせたいと考えているのですよ?」
「……そうでしたね」
「娘から貴方の話を聞いた時、私は正直に嬉しいと思いました。それだけは大君さんに知っておいて欲しいと思いまして、娘の幸せを願う傍ら、こうして伺った次第です」
「わかりました」
「今日は貴方に会えて良かった。今回の選挙を機に、必ずや通してみせますよ、フューマン法を。一家共々、是非、今後ともよろしくお願いいたします」
誠也はベンチから立ち上がって大君に握手を求めた。
「こちらこそ、家族共々、よろしくお願いいたします」
硬い握手を交わすと、誠也は一礼して去った。
その遠退く背中を見ながら大君は呟いた。
「流石は政治家。俺、見事に捕まったんじゃね?」






