中二病患者
大君は疲れた顔で奥の部屋を出つつ振り返った。
「エーナちゃん、いつまで寝てんの?」
「ん~。アタシはもうちっと休憩~。疲れちった~」
瑛奈はベッドに横たわりながら手を上げて答えた。
「慣れないことするから」
「だってヒー君可愛いんだもん。だけどこうして仲良くなれたんだし、別にいいじゃん?」
「全く。宙光が戻って来る前にちゃんとしてよ」
「は~い」
大君がドアを閉めて研究室のソファに腰掛けた丁度その時、宙光が戻った。
「あ、お爺ちゃん、戻ってたんだ。目茶川さんて女性が来なかった?」
「いるよ。実はさっきまでカウンセリング受けてたもんで、奥の部屋で後片付けしてる」
「目茶川さんも仕事が早いな。で、どうだった? カウンセリング」
「え? うん、まあ……特に変な問題は無いと思うけど」
「そっか、それなら良かった。聞いたかも知れないけど、彼女にはお爺ちゃんの心理面を見てもらおうと思っていたんだ。ちょっと変わってるけど物凄く優秀なんだよ?」
「思い知ったよ……じゃなくて、親しみやすくて良い子だね、エーナちゃん」
「そう? なら良かった。後で彼女にも聞いてみよう」
反応に困る大君に気付きもせず、宙光は続けた。
「それでねお爺ちゃん。また一人、新たなゼミメンバーを紹介したいんだけど……」
宙光の背後から一人の少年が姿を現した。
「彼はね、那彩さんと同じく飛び級で今年入ったもう一人の方の男の子でね。とても優秀だから是非ウチのゼミにと誘ったんだよ」
「へえ。また凄い子が来たな。初めまして、喜屋武大君です」
「ど、ども。せ、拙者は丁嵐友親と申す者」
「拙者?」
すかさず宙光が耳打ちした。
「丁嵐君は重度の厨二病なんだ」
「あっ……そうなんだ。ま、ついこの間まで中学生だった訳だし、俺は気にしないけど」
「何を話しているでござるか?」
「いや、何でもないよ。それより、友親君と呼べば良いのかな?」
「左様に。して、拙者の方は大君殿とでも呼べば?」
「あ、うん。好きに呼んでもらっていいよ」
「承知したでござる」
戸惑う大君との間に生じる微妙な空気を払うように咳払いしてから宙光が語り出した。
「丁嵐君はちょっと特殊でね。親父の奴が将来的にFHFで採用するため是非にとウチに入学させてきたんだ」
「昴流が? それってつまり超優秀ってこと?」
「そうなるね。何せアメリカや中国から幾度と無くサイバー攻撃を受けつつも破られることの無かったFHFの最強セキュリティを、たった一人で突破してしまったのだから」
「マジか。ハッカーってやつ?」
「天才ハッカーだよ。で、ご丁寧にそのセキュリティの改善案まで提示してくれてね。それが当時まだ中学生だって言うものだから、一時は騒然としたんだよ?」
「それで昴流が目をつけたのか」
「そう。だから丁嵐君は那彩さんのように成績で順当に飛び級してきた訳じゃない。親父の奴がお膳立てをした上で強引に捻じ込んできた超天才って訳さ」
「拙者の如きを少々買い被っているようにも思われますが……成績は普通ですぞ?」
「成績が全てではないし、買い被りな訳もないだろう? なにせ、今やこの未来島の無敵のセキュリティは君が作り上げたようなものなんだから」
「我が子『天照』と『アルテミス』のことでござろうか?」
「まさしくね。正に天照大神の如く全てを白日の下に晒す最強の傍受システム『天照』により悪事を暴き、月の女神『アルテミス』は決してその裏側を見せない最強の防御システム。……この二つの組み合わせに死角はないだろうね」
「その厨二臭いネーミングを除いてはな」
「なんですと?」
「いやごめん、つい本音が」
「お爺ちゃん、割りとデリケートなところにグイグイ突っ込むよね」
「そう言う性分でな……いやしかし、友親君は本当に凄いんだなあ」
「凄いなんてもんじゃないよ! いいかいお爺ちゃん。ここ未来島は言わば常に世界中から狙われているようなものなんだ。何せ世界中がフューマンの技術を欲しているんだからね。サイバー対策は言うまでも無く最重要課題の一つ、親父が丁嵐君を抱え込もうとするのは当然だよ」
「そういうことか」
「最近では、その天照とアルテミスの圧倒的防御力を前に各国とも方針転換を余儀なくされていると見えてね。アメリカでは外交圧力からの技術提供要請、中国では資金を武器に技術者を引き抜きに。そんな様相になっているんだ」
「なんか一気に規模が大きな話になったな」
「そりゃそうだよ。だって僕らは世界を相手に戦っているんだから。知ってるかい? 最近じゃ中国産のフューマンも徐々にシェアを伸ばして来ていてね。まだまだ僕らに一日の長があるけれども、無視はできない大きな脅威になっているところなんだ」
「そうなのか。遂に同業ライバルが出てきた感じか?」
「中華フューマンは手強いよ? 機能面はまだまだ遠く及ばない。でもそのコストパフォーマンスは実に脅威だね。また、親父の考えるフューマンのコンセプトは『人間に近い存在』であることから無線機能は有さない。しかし中華フューマンは無線機能を標準で装備しているため利便性も高い。だから最近ではFHFでもその流れの影響を受けつつあるのが事実なんだ」
「フューマンのオンライン化が進むと言うことか」
「そう……つまり」
宙光が友親の背を押した。
「彼のような人材が今後ますます重要になってくるって訳さ」
「厨二病でもか」
「厨二病でもね」
「二人とも酷い言い様でござるな」
友親は少しだけ肩を落とした。
「拙者は拙者なりに人間関係を簡略化すべく考えて振舞っているからして」
「いや、でも大学生になるんだし、そろそろ直しておいた方が良いんじゃない?」
「僕も何度か言ってはみたんだけどねぇ……」
「誰が何と言おうと、拙者は己が信じた道を行くでござるよ」
その時、奥のドアが開き、三人の前に瑛奈が現れた。
「あ、センセ。おはー」
「やあ目茶川さん……って、なんだい? そのだらしない格好は」
「いや~。ちょっち激しいカウンセリングだったんで。え~と……そちらは新人君?」
「あ……あ……」
友親は瑛奈を見て口をパクパクさせた。
「やっほ~! アタシ3年の目茶川瑛奈! 気楽にエーナちゃんって呼んでね~」
瑛奈は友親に対しても変わらずの明るい自己紹介を繰り出した。
そんな瑛奈を見てやや角張った動きになりながらも友親はやっと声を絞り出した。
「オ、オレ、今年入学した脳機工学科の丁嵐友親、15歳です! 彼女はいません!」
「お! 元気良いね~、じゃあ君は今日からトモチーね。よろしくぅ~!」
「は、はいっ! エーナさん。こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますっ!」
「友親君、普通に喋れるじゃん……」
「これは本人がハッキングされちゃったねぇ……流石は心理学専攻の目茶川さんだ」
「たはは~、何か知らんけど褒められちった~」
こうしてゼミに新たなメンバー丁嵐友親が加わった。






