ギャル
「まさかこんなにも早く彼女ができるとは……那彩ちゃん、中学を卒業したばかりと言うから今は15、6歳か。ははは、法律が変わってでもいない限り犯罪だな」
その後、受講に向かう那彩を見送り、大君は一人ベンチに背を預けていた。
「まあ、俺も今や10歳じゃあ仕方ないのかもな」
そこでふと何か思い出したかのように表情を固めた。
「ところで、さっき会話中に何か引っ掛かったな……記憶? そうだ、俺の記憶のことだ。……どうして俺は死ぬ直前までの記憶が残っているんだろう? 確か目覚めた時、昴流は記憶を司る海馬に障害が生じていると言ったはずだ。脳の機能を補うとは一体どういうことなんだ? 記憶をデータ化して機械媒体に保存してあるとでも言うのか? であれば、どこかのタイミングで俺の記憶を読み取っているはず。仮に脳の電気信号を読み取るにしても、先程の宙光の講義を聞く限り身体が死んでしまえば活動電位は発生しない。死ぬ直前までの記憶があると言うのは辻褄が合わなくないか……?」
暫く考えても答えは導き出せなかった。
「ま、悩んでも仕方ない。それより、思い返してみると俺の経歴ってなかなかにドラマだよな。講演のネタにもなるし、ちょっと整理してみようかな? あ~でも、色々と公表しちゃ不味い内容もあるからそこは誤魔化すとして……」
などと呟きつつ大君はフラフラと宙光の研究室前まで歩いていた。
「ん? 宙光は講義中のはずだが、誰か中にいるのかな?」
ドアが開いているのに気付いた大君はそっと中を覗いた。
「あっれ~? センセ、早くな~い!?」
そう元気な声を発して振り返ったのは髪色の明るい垢抜けた若い女性だった。
「あれ? センセじゃないし。ハローこんちわー。どうしたのボク?」
「あ、いや俺は……」
「あー! 解った! さては君、ヒージィじゃん?」
「ヒージィ?」
「あれ違ったウケるし。……でもセンセの子ってもっと小っちゃいはずじゃなかったかな~? それに確か女の子だった気が?」
「あ、多分ヒージィで合ってます、喜屋武大君です」
「あーねー、やっぱり。センセから聞いてるよ~。どーぞ入って入って~って、ここアタシん家じゃないんだけど~、たはは」
底抜けに明るい女性に大君は面食らったように立ち尽くした。
「あ、アタシ? アタシは目茶川瑛奈。センセの愛人2号だよ」
「えっ?」
「うっそ~! 本当は3号でした~」
「……」
「れれ? 滑ったしウケる~。本当はゼミメンバーだよ~! これでも3年セ」
「は、はあ」
「専攻は~、心理学イェイ! ヒー君の心理面も研究したり、カウンセリングもしていくから、よろしくね~!」
「ヒ、ヒー君?」
「そ。ヒージィだからヒー君、みたいな。アタシのことは気楽にエーナちゃんって呼んでね!」
「エ、エーナちゃん」
「たはは、ヒー君意外とノリいいじゃん?」
「それはどうも」
「それよりもホラ、そんなとこ立ってないで入んなよ~」
「あ、それもそうですね」
「いやいや、敬語とか要らんし~」
「そ、そう?」
「そうだよ~! それよりホラ、座った座った」
瑛奈は大君をソファに座らせると自身もその隣に座った。
「エ、エーナちゃん、ちょっと近くない?」
「ん? 近くに座ったよ?」
「いや、そうじゃなくて前も空いてるのに」
「だって、隣に座った方が仲良くなれるじゃん?」
「それは心理学的に?」
「たはは、そんなのただのジョーシキだよ~」
瑛奈は屈託なく笑った。
「あ。今、アタシのことホントにセンセのゼミに入れたのかなって疑ったっしょ?」
「いやいや、そんなことは無いそんなことは無い」
「2回言ったっしょ」
「そんなことは無い」
「ヒー君ウッケる~! じゃあ、こいつメッチャ可っ愛いな~、って思ったんしょ?」
「それは、まあ」
「たっは~! ヒー君正直者だな~。いいよ~、アタシもメッチャ好き、正直な人」
「それは、どうも」
「てか、ヒー君メッチャ可愛いよね? 10歳?」
「うん、まあ。中身は38年生きてるけど」
「聞いた聞いた~。今の可愛い見た目に似合わぬソーゼツなジンセー。なのに何でこんなにホンワカしてんの~? なにそれメッチャ強っ!」
「一時は死のうとしたけどね」
「カウンセリングとか、しなかったん?」
「……そう言えば、受けたことないな」
「まさかの直行ウっケる~! 心理学意味ねーなー。ヒー君てさ、何にでも直球なん?」
「まあ……変に飾らないで正直にいるのが一番楽だと思ってるから、かな?」
「そっか~、カッコイイね~」
「あの、これもカウンセリングなの?」
「ん~ん? アタシの興味だよ? それよかカウンセリングする?」
「いや別に。特に必要性は感じていないけど……もしかして研究に役立つ?」
「立つ立つ」
「じゃあ……折角だし、お願いしようかな」
「ホイ来た! じゃあ奥の部屋でね~」
瑛奈の目がキラリと光った。






