交際
その後、宙光が次の講義の準備を始めたため大君と那彩は研究室を後にした。自動販売機で飲み物を購入して近場のベンチに並んで座った。
「那彩ちゃん講義は?」
「次の講義までまだ少し時間があるかな」
「じゃあノンビリお話でもしてよっか」
「そうだね」
二人で揃って空を見上げた。
「大君くんは……本当は、大人なんだよね?」
「うん? まあ、一応38年間は生きてきた記憶があるよ。時代としては那彩ちゃんのお祖母さんと同じくらいの時代を生きてきたんだ」
「そう……なんだ」
「色々あったよ。結婚して、昴流が生まれて、不倫されて、離婚して。……それから元妻には昴流に会うことを拒絶され、絶望し、死ぬことを選んだ」
「重い重い! もう良いよ」
「あははゴメンゴメン。そうだよね、こんな話。でもね、そこからは楽しかったんだよ。君のお祖母さん、寿満子さんと出会ってね。楽にしてもらおうと思ったら、実はそれがコールドスリープというやつでさ、それから昴流に起こしてもらうまで35年間も眠っていたんだ」
「それで一度目覚めたの?」
「7年前にね。その時はまだ人間として目覚めた。何もかもが変わっていて驚いたよ。何せ息子の昴流は俺より年上になっているし、孫の宙光は成人しているし。おまけに二人とも仲が悪くてさ」
「あ、その辺りはお祖母様から聞いたことがあるかな」
「そっか。……ちょっとした擦れ違いで二人が大喧嘩になっちゃってね。昴流が瀕死の重傷を負ってしまったんだ」
「それで、大君くん。自分の臓器を全部差し出すなんて言ったの?」
「うん」
「でも、生きている人から臓器を全部移植するだなんてお祖母様が引き受けるはずがない」
「確かに断られた。だから俺は……」
「お祖母様の目の前で、自らの命を絶ってみせた。自分自身を、ただの移植可能な臓器に置き換えるために」
「そうするしかなかった」
「……折角、新しく目覚めた時代で生きていく決意をしたところだったんでしょう?」
「でも、俺にはもっと大切なものがあった、それだけのこと」
那彩は暫く口を閉ざした。
「お祖母様から聞いたとおりだった……」
「そうなの? 逆にどんな話を聞いたんだか気になるな」
「とても真っ直ぐで、気持ちの良い方だと……聞いてるよ」
「それは買被り過ぎかな。これでも離婚してからは自暴自棄になって、関係のない女性までをも恨んで……何人も弄んだことがあるくらいだ」
「それ程までの絶望、私には想像も及ばないよ」
「ま、生きていると色々あるよね」
大君は軽く笑って手に持ったジュースを上げて見せた。
「でも見て、今はもう完全に子供。毎日飲んでたコーヒーも苦くて飲めなくなっちゃって、今はこんな甘いジュース飲んでる」
「可愛い」
と、那彩は小さく笑った後、また直ぐに表情を戻して続けた。
「でも、そう言うの、子供って言わないよ? だって、全部飲み込んだんでしょ?」
「……うん。もう俺の中では決着はついてる」
「それで今の大君くんがいるなら、それはとっても素敵なこと」
「そうかな」
「そうだよ」
二人は互いに視線を逸らして空に投げた。
「ねえ大君くん。一つ、変なことを言っても良いかな?」
「ん、いいよ」
「じゃあ遠慮なく」
そう言って那彩は体を大君に向け、正面からしっかりと見た。
「私たち、付き合ってみない?」
暫く時間が止まったかのように二人は視線を合わせた。
「それって、どういう?」
「その、男女のお付き合いの申し込み、です」
「……さっき初めて会ったばかりなのに?」
「でも、お互いにメリットは多いと思うよ? 実は私、大学に入学してからまだ少ししか経っていないのに、もう何人もの男の人から交際を申し込まれてしまって……」
「そりゃあそれだけ可愛くて、優秀で、家柄も良ければなあ」
「困る! でも、大君くんだって多くの人と接するようになればすぐに解るよ? だって狙ってる子は絶対多いから」
「ああ、そういう目的は困るなあ」
「でしょ? それに私達、公の立場から見ても相性が良いし」
「確かに」
「ね? 良い案だと思わない? ……あ。もちろん仮のお話で、積極的に公言しなくても良いし、大君くんに好きな子が出来ればそれまでで良いから」
「う~ん……。仮、かあ」
「解るよ? 今までの話を聞いてれば大君くん、そう言うの好きじゃないんでしょ? でもメリットも考えてみて。この話は私にとっても助かるの、割り切って考えてみよ?」
「うーん……。確かに。でも、例えば君のご両親とかにはどう説明するの?」
「大丈夫。むしろ、うちの親なら本当に付き合っちゃえば良いのにとか言うに決まっているから。娘に変な虫が寄って来るよりよっぽど安心だと思うし」
「うーん……。そこまで言われると」
「本当!?」
「悪い話じゃないよね……」
「そうだよ」
「じゃあ……お言葉に甘えようかな」
途端に花が咲いたように那彩は笑顔になった。
「ありがとう! 大君くん! これからよろしくね!」
「こちらこそよろしく……それにしても、嬉しそうに笑うなあ」
「だって、仮だけど、彼氏とか初めてだから」
「これは幻滅されないように頑張らないとなあ……」
こうして二人はあくまで仮として、互いのメリットのために交際を始めた。






