架け橋
「やあ! 世界の皆さん。実は、今日は大事なお話があるんです」
世界中のディスプレイに熟年の男が現れた。彼は壇上を10歳程の少年を伴って歩き、時に手を振って見せたりした。
「数年前から各方面の企業らと事業提携して以来、目立った成果もなく心配をかけて来ましたが、それもようやくです」
会場を大きな拍手や歓喜の声が包んだ。
「本日は間違いなく、人間とフューマンの関係性を変える日として後世に語り継がれることでしょう!」
一層大きな歓声が上がる。そしてそれらが自然にトーンダウンするタイミングを見て再び男は口を開く。
「フューマン。人が生み出した自立人型アンドロイド。チタン合金の骨格を持ち、神経や脳以外、ほとんど生体部品を使用したこの人間そっくりの存在は、今や人間の助けとしてこの世界に無くてはならない存在になっています」
伴った少年をステージの中央に残し、男は歩きながら続ける。
「フューマンと人は、寝食を共にし、ビジネスを行い、時に身体を重ね、時に笑ったり怒ったりしながら、正に人間同士のそれのようにパートナーとしての生活を送っています」
男は力強く拳を握った。
「現に僕のパートナーがフューマンであることは皆さんもご存知の通り。だから僕はこれまで、フューマンに人権ないしそれに準ずる権利を認めて貰いたいと訴えてきました」
男は首を振った。
「ですが、現実は思うようにはいきません。例えば出産が良い例でしょう。人と同じように臓器やDNAを持つフューマンですから、技術的なことを言えば数年前にはもう実装できる段階には達しておりました。ただ、それが出来ないのは……そう、倫理等の問題があるから。でも、それはいい。それはいいんです」
男は深く、大きく、一つだけ頷いた。
「敢えて言いましょう。フューマンは最早、人間です」
会場がざわめく。
「いや、それ以上の存在です。彼らはあらゆる情報を一瞬で記録、習得する賢い存在です」
会場のざわめきを上から押さえ込むように男は畳み掛ける。
「人間とフューマンの違いとは一体何でしょう? 姿も動作も表情も同じ。違うのは、機械仕掛けの脳かどうか」
ここでまた男は会場が静まるのを待った。
「僕は今日、それをブチ壊しに来た」
男はステージ中央に残した少年の所へ戻り、その肩に掌を乗せた。
「我々はついに、人間の脳を持ったフューマンの開発に成功した」
歓声か、怒号か、世界中が声を上げた。
「そう。この少年こそ世界初の脳を持ったフューマン。そして……元は僕の父さんだ」
少年は否定もせず、少しはにかんで手を上げて見せた。
「さあ、これでもまだフューマンが人間ではないと言いきれるだろうか?」
会場は息を飲むように静かになった。
「……オーケー、直ぐに腑に落とせるような話ではないのは解ります、僕にも。ただ僕は、今も相変わらずフューマンを人として扱って欲しい、そう主張しているんですよ。ですから、僕は父さんに、人間とフューマンの架け橋になって欲しいとも思っているんです。そして、その手段についてなんですが……」
男はニヤリと笑った。
「先程はフューマンに出産は出来ないと言いましたね。だから僕は逆の発想で考えてみたんです。人間が自らの意思でフューマンの子を生むのはどうなのか、と。そしてそのための機能を、男としての機能を、父さんは所有している」
少年はギョッとした目で男を見上げた。
「父さん、わがままを一つ言うよ。この歳になってなんだけど、僕は一人っ子だろ? 兄弟が欲しいんだ」
「なっ!?」
少年が素っ頓狂な声を発した。
「ちょっと待て昴流、お前こんな場所で何言ってんだ。これせか、せか、世界中が見てるんだろ!?」
その男、昴流は素早く顔を寄せて少年にしか聞こえないように言った。
「さあて、これで父さんは僕らロイヤルファミリー入りを狙う世界中の女の子からモテモテだよ」
「んなっ!?」
昴流は卑しく笑みを浮かべながら素早く離れて言った。
「それじゃ父さん、何か一言、世界中に向けて挨拶を頼むよ」
「いやいや、俺何も聞いてないって」
「良いんだよ自然なままで。いかにも機械ですみたいな挨拶じゃ意味ないんだよ。ほらカメラ回ってるよ?」
「そんな強引な……」
少年は観念したように肩を落としてからカメラを正面に見据えた。
「初めまして皆さん。訳あってこんな少年の姿をしておりますが、私はこの昴流の父親で喜屋武大君と申します。実は私、長い間眠っておりまして、目覚めたのもつい昨日のことですから、正直なところ、どうしてこんな状況になったのか未だに整理しきれていない状況です」
少年、喜屋武大君はその姿に似合わぬ堅苦しい口調で話し始めた。