⑰クラスの状況
この学園に来てから一週間が経過した。
入学式で不審者の話を聞いた時には、心当たりがありすぎてどうなるかと思ったが、入学前に俺が潜入していた事はバレていないようだ。
そして現在も不審者が目撃されているようで、どうやら本当に俺ではないらしい。
まあ、普通に考えて、「影」仕込みの俺のスニーキングは伊達じゃないし、誰かにバレるはずはないのだが、その時は少し動揺して、自分のことだと思ってしまった。
まだまだ精神的に未熟だな、俺は。
そんな俺は、現在クラスメイト全員と良好な関係を築きつつ、情報収集を進めている。クラスメイトは皆、学園生活にも慣れてきて、いくつかのグループが出来始めているようだ。色々な人間関係を見ることが出来てなかなか面白い。
「おいジャック、飲み物買ってこい。」
「は、はい...買ってきます...」
いや、この関係だけは面白くないな。
ニックが、ジャックをパシリのように扱っている。
貴族階級や、ジャックのオドオドした態度を見ていて、この展開になる予想はしていたが、その通りになってしまった。
未然に防ぐことは出来たし、今から止めることも出来るが、不用意に目立つ事は避けたいから、俺は何もしていない。ニックがかなりの上級貴族だから、このクラスで止めに入れるのは、東侯爵の娘のリリか、貴族階級に関係の無い商人の娘のアイナくらいだろう。
もっとも、後者は止めに入ることが出来ると言うだけで、ニックが素直に言うことを聞くとは思えないが。
リリなら性格的に、気付いたら直ぐに注意するだろうが、ニックが派手な事はしていないのと、リリの鈍感さが上手く噛み合って、今のところバレてはいない。
さて、どうしたものか...
午前の授業が終わり、俺は学園食堂を目指すため、席を立ち上がると、今日もアイナに声をかけられた。
「さ、お昼食べに行くわよゼルノ。」
入学初日のお昼、学園食堂で声をかけられてから、この一週間毎日昼食を共にしている。断るのも不自然だし、同じ商家出身ということで違和感もないから厄介だ。
「うん、行こうか。」
本音を言うと、俺は情報集めのためにリリとお昼をご一緒したい。
しかし彼女はクラスメイトに人気で、いつも数人の女子が周りを囲っているため、そんな願いは叶いそうもない。そんなわけで、今日も仕方なくアイナと食堂に向かっている。
「....アンタ、なんか失礼なこと考えてない?」
「え?そんなこと考えてないよ。今日は何を食べようか、考えてただけだよ。」
「そ?ならいいんだけど。アタシは、今日はスペシャルハンバーグ定食にするわ!」
1週間も付き合っていると、さすがに彼女の大食いっぷりには慣れた。
「僕は、山菜定食にしようかな。」
「相変わらず少食ね。」
「君が沢山食べるだけだと思うけど...」
学園食堂に到着し、そんなことを言いながら列に並んでいると、俺たちの番が回ってきた。
「スペシャルハンバーグ定食お願いします!」
「おう、今日も来たか!ご飯、特盛にしといたよ!」
「おっちゃんありがと!」
毎日ご飯を特盛にしていたから、アイナは食堂のおっちゃんに顔を覚えられている。
「僕は山菜定食お願いします。」
「はいお待ち!」
そしてアイナの影響で、俺の定食のご飯まで何故かいつも大盛りになっている。まあ、別に構わないんだけど。
空いてるテーブルを見つけて、向かい合わせに着席し、俺たちはご飯を食べ始めた。
「ん!美味しぃ〜!!ハンバーグもやっぱり最高だわ!」
「確かに美味しそうなハンバーグだね。」
「あげないわよ。」
ただ見た目の感想を言っただけなのに、彼女は警戒しながらジト目でそう言った。
「フフ、貰うつもりなんかないよ。全部自分で食べたらいいさ。」
その言葉で納得したのか、彼女は警戒を解いて再び食べ始める。
「で、アンタはどう思ってんの?」
主語のないあやふやなその質問に、いくつかの内容が思い浮かんだが、あえて分からない振りをする。
「ん?なんのこと?」
「ニックよ。ジャックの事を良いように利用してるじゃない。」
「その事か。アイナはどう思ってるんだい?」
「アタシは、そうね、気分のいいものじゃない、って感じかな。」
「助けて、あげないのかい?」
貴族階級に囚われていないアイナには、それが出来る。
「...第三者が直接手を貸したところで、何も解決はしないわ。いつもアタシがその場にいるわけじゃない。」
アイナは、想像以上に高い思考能力を持っているようだ。俺は彼女の評価を少し改める。
「じゃあ、このままでいいのかい?」
「いいわけないから、アンタにこうやって話を振ってるんだけど。まあ、解決出来るなんて期待はしてないし、雑談よ、雑談。」
「当事者のどちらか、もしくは両方が変わらなければ、現状は続いていくだろうね。」
「そうね、まったく、大事なご飯時に話す話題じゃなかったわ。この話はここまで。」
それからは何気ない雑談をしながら昼食を食べ終えた後に解散し、午後の授業までの残り時間は各自で過ごした。