⑩邂逅
保健室がある実習棟へと戻ってきた。
もちろん後にエルレイナに近づく...もとい、リリへのお見舞いだ。
昼休みだからか、午前中にクラスメイト達が才能を披露した実習棟は、誰一人居ないかのような静けさをしている。
今回は、本当にリリの様子を見る程度にしておこう。少しずつ、信頼関係を深めていく予定だ。
そしていずれ、エルレイナに近づく。そんなことを考えながら廊下を歩いていると、保健室の前にたどり着いた。
まあ、今日のところは気張らず行こう。
そして俺は、軽い気持ちで扉を開けた。
「...っ!?」
脳が認識するよりも早く、体が室内の空気感を感じ取って鳥肌立ち、全身が警戒信号を発した。
そこには、圧倒的な存在感を持ったエルレイナが、いた。この展開は予想していなかったため、全然頭が回らない。
まずいまずいまずい。
「どうした。入らないのか。」
こちらに背を向けたままのエルレイナにそう声をかけられ、ようやく俺は再起動することが出来た。
「...失礼します。」
保健室に入った瞬間、やはり空気が違うのを感じた。彼女のまとっている空気が、この空間を支配している。このままじゃダメだ、とりあえずなにか話さないと。
「あの、リリ、リリレイルさんの様子を見に来たんですけど。大丈夫なんでしょうか。」
リリの眠っているベットの横の、椅子に腰掛けているエルレイナに、そう声をかけた。
「君は、妹のクラスメイトか?」
彼女の声はとても綺麗で、脳に染み込む。早く質問に答えなければ、気づいたらそう思っている自分がいた。これが彼女の持つカリスマ性か。
「そうです。才能を見せる実習中にリリレイルさん、倒れちゃったので、心配で見に来ました。」
震える心を押さえつけ、表面を取り繕って何とか返事をする。
「そうか。しかし生憎まだ妹は目を覚ましていなくてな。」
よし、帰ろう。
何の準備もせずに彼女と対面していると、いつボロが出てもおかしくない。ここは戦略的一時撤退だ。
「あ、そうでしたか。じゃあ僕はまた出直すことにします。」
そう言って帰る意思を示した。
「まあ待て。この後なにか予定はあるのか?」
こちらを振り向いて立ち上がり、彼女はそう言った。整った顔立ち。目力が半端ない。引き止められると思わなかった俺は、顔が引き攣りそうになるのを必死で堪える。
「よ、予定というか、午後の授業がありまして。」
「今は昼休みか。まだ時間はあるな。少し、話が聞きたい。」
なんでだ。なんでそうなる。
もう既になにか、俺はボロを出していたのだろうか。かつてないプレッシャーの中、必死に頭を回転させる。今すぐにここを飛び出してもいいが、それでは余計に怪しくなるだけだ。ここで俺が取れる選択肢はひとつ、残りの短い時間で彼女と話し、疑いを晴らすことだ。
やってやろうじゃないか。
「分かりました。それで、話とはなんでしょうか?」
乗り切ってみせる、この窮地を。
「妹は、クラスに馴染めているのか?」
は?
「は?」
不味い、あまりにも意味がわからなくて、思ったことがそのまま声に出てしまった。俺は慌てて取り繕うように続ける。
「あ!もちろんリリレイルさんは溶け込めていますよ!自己紹介でも皆の注目を集めていましたし。」
おいおいまだ入学初日だぞ。そもそも誰一人クラスになんで馴染めているわけないだろ。それに、リリは途中から保健室じゃないか。
そんなことは言えるはずもなく、嘘と真実を織り交ぜておく。
「フフ、そうか、それなら良かった。」
彼女は上品に薄く笑った。彼女に笑って貰えるだけで、良かったと思わされている自分がいる。本当に恐ろしいな、これが彼女の持つカリスマの力か。
「それで、妹の自己紹介は、どんな感じだったんだ?」
はい?
まさか、彼女は....
「ハキハキとしていてとても聞きやすく、思わず仲良くなりたくなるような自己紹介でしたよ!あ、あと、生徒会長の事も、姉だと自慢げに話していました!」
「そ、そうか、リリが...フフフ。」
上品に笑う、その顔がとても怖い。
「そろそろお昼休憩も終わるので、僕はこの辺りで失礼しますね!」
そう言って、俺は素早く保健室から脱出した。
「あ、もう少し話を...」
彼女がなにか言っているのが肩越しに少し聞こえたが、そんなことは知らない。廊下を駆けながら、俺は頭の中を整理する。入学初日にして俺は、「最後の仕事」の調査対象であるエルレイナの情報を一つ、得ることが出来た。
この情報が大きいのか小さいのか、それは分からない。
そう、彼女は....
彼女は、シスコンだ。