ホワイトデイ、無垢なる想い。今日ここで誓う。永遠に君を愛する、と。
一か月前。
僕は生まれて初めて女の子からチョコをもらった。
僕にチョコをくれたあの娘の水津千歳、僕にとっては物心がついた頃からのつき合いで初恋の少女。
いつか告白したいとは思っていたけれどまだ出来ない。
そんな鬱屈した日常に投げられた突然の出来事、バレンタインチョコの先制攻撃。
その日から彼女に会う度に意識してしまって夜も寝られない。
来る日も来る日も、普通の態度を装って返事を先延ばしにしているだけ。
ああ、僕はどうしたらいいんだ?
「チンチンはセックスの為についているんじゃない。オシッコをする為についているんだ」
男らしい声。その魂の籠った言葉を聞いて僕は思わず耳を疑ってしまう。
今の時代、こんな当たり前の事を言ってしまえるなんて。
「すいません。待ってください‼」
「誰だね、君は?」
僕は太ったハゲデブ中年という言葉の体現者を呼び止める。
ぶるん、ぶるん、ぶるるんっ‼
これが美少女のオッパイならアソコをガチガチにして喜びたいところだが、気持ち悪いハゲデブ中年の胸と腹だから喜べない。
「今の言葉は本当ですか⁉僕はてっきりチンチンはオナニーをする為の道具だと思っていました‼」
僕は歯嚙みしながら俯く。さあ、僕を否定してくれ。
「そうか。君の年齢ならそう考えてしまうのも無理からぬ事だろう。オナニーの為にオチンチンがついている。それはある意味、宇宙の真理だ」
男の腹と胸の揺れが止まった。
「だがキミはそれで満足していいのか⁉人間の人生は長く生きても百年と少しだ。大事なオチンチンをオナニーの為に毎日シコシコするだけで可能性を潰して、いや削っているだけだ‼目を覚ませ、チンコビンタ‼」
バキンッ‼
男の人は僕の、親にさえ殴られた事のない頬をオチンチンで叩いた。
バキンッ‼しかも往復して二回ッ‼
何て硬さだ…。
これが人体の一部だなんて若い僕には信じられない出来事だった。
「痛い。学校の先生だって、両親にだって殴られた事が無いのに…。こんな事をするなんて貴方は鬼だ、悪魔だ‼」
そして微かなアンモニア臭が僕の鼻腔を刺激する。
叩いた時に尿が漏れてしまったのか。
「痛いだと‼それは良かったな‼お前が痛いのは生きている証拠だ‼」
ガガーンッ‼僕の脳天に雷鳴が落ちる。
「そうだ、その通りだ。痛みは生の証。僕はこんな大切な事を今まで忘れていたのか…」
僕の頬を熱い涙と温い尿が流れる。
ジョジョジョジョ…。
気がつくと気持ち悪いハゲデブ中年は僕に向けて黄金色の温水をかけていた。
「今は泣け、少年。そして来たるべき歓喜の日に備えろ。これは私からの餞だ」
ジョジョジョジョジョジョ…。
今の僕なら彼女の気持ちがわかる。
バレンタインデーのあの日、彼女がどれほどの勇気を振り絞ってチョコをプレゼントしてくれたのか。
温かくて、すっごく臭い。こんな気持ちだったのか。
もしかするとチョコを受け取ってもらえない可能性を考えながら、僕の前に現れて「これ本命だから」なんて飾り気の無い言葉を添えて渡されたチョコレート。
あれが彼女の愛そのものだったんだ。
それを僕は返事を先延ばしにして逃げ回るばかり。ああ、許してくれ。僕の初恋の人、千歳ちゃん。
ホワイトデーにはきっと僕の方から君に告白するから。
ジョジョジョジョジョジョ…。
「目が覚めたか、少年?」
男は巨大なオチンチンの先を振りながら微笑む。
ガメラの頭から金色の雫が飛び散った。
「ええ。目が覚めてしまいましたよ。僕の為すべき事、それは戸惑う事じゃない。僕の最愛の女性水津千歳ちゃんに告白する事だったんだってね」
男は目元を綻ばせたかと思うと僕の頭にタオルをかけた。
「おいおい。何でビショビショなんだよ。それじゃあ泣いているみたいなじゃないか」
そしてタオルの上に手を乗せてゴシゴシと僕の頭を拭いてくれる。
何て優しい人なんだ。これが大人の男性の余裕というものか。
僕は彼の不器用な優しさに甘えてしまう。
「俺の名前はふじわらしのぶ、職業は旅人だ。お前さえ良ければ恋の悩みを聞いてやってもいいんだぜ?」
特大サイズの苦瓜のような形をしたペニスケーズにビッグガンを収納する。
何て大きさだ。男としてのスケールの違いを思い知らされてしまった。
「僕の名前は海原宗太です。私立バナナ学園に通う高校一年生です」
にぎっ。僕は親愛の証にしのぶさんのビッグガンを握った。
しのぶさんは一瞬驚いた顔になったがすぐに冷静さを取り戻す。大人だ。
「やれやれ。最近の若者は遠慮という物を知らないな。それはそうとさっき女の子に告白がどうとか言っていたが、彼女とはもうセックスしたのか?」
しのぶさんは僕の手首にチョップをしてビッグガンを解放する。
ビッグガンには握った後がついていたが、しのぶさんは全然気にしていない。
やはり彼は大人だ。
「セックスって、学生の分際でセックスなんてしていいんですか?」
僕の考え方は古すぎるのかもしれないけど、学生時代はセックスをするべきじゃないと思う。
責任とか色々あるだろうけど千歳ちゃんとはまだ清い交際をしたい。
しのぶさんは大きなため息をつく。
「はあ、話にならないな。じゃあ聞くが、君はセックスしたくない相手に告白をするつもりなのかい?むしろ千歳ちゃんとセックスしたいから告白するんだろう。だったら学生がどうとかじゃなくて、まずセックスをするべきだ。セックスの後で告白するのが道理というものだろう」
「だから僕は彼女と清い交際を…うわっ‼」
びちゃっ‼
次の瞬間、顔に何か液体のような物がぶっかけられた。
生臭くて、温かい。これは一体、何なんだ?
「つくづく君は卑怯な嘘つきだな。本当はチンチンが擦り切れるまでセックスしたいくせに見栄を張って自分だけを綺麗に見せようとしている。失望した。…宗太君、君は最低だよ」
僕は顔についた粘着いて白い液体を拭う。これは湯葉だ。
しのぶさんは鍋に御出汁を張って豆乳鍋を作っていたのだ。
「これは湯葉ですね。無調整豆乳ですか?」
僕は湯葉を食べた。味はない。しかし強いて言うならば少しだけ苦かった。
「人は困難にぶつかった時に真価を試される。どうやら君にはまだやり直せる可能性があるようだ」
しのぶさんは僕に小箱を渡す。
箱の表には「コンドーム」と書かれていた。
「そのコンドームは二十七年前、私が本屋さんの前にあった自販機で買った物だ」
「これを、使えという事ですか?」
すごい。ふじわらしのぶさんは本当に凄い人だ。
出会ったばかりの僕に未使用のコンドームを勧めるなんて並の人間には決して出来ない。
しのぶさんはポケットから水風船と書かれた小さなビニール袋を取り出した。
そして袋を破いてから僕にオレンジ色の水風船を見せてくれた。
「普段は避妊具としてコレを使っている」
何も答えられない。天才の発想とはこれほどまで常人とかけ離れているのか。
「嘘ですよね?嘘と言ってくださいよ!仮に水風船の中で発射したら漏れて大変な事になりますよ?」
「それは可能性の話だ。君は”かもしれない…”とか”もしかしたら…”でセックスを諦めてしまうのか?君は本当に自分のオチンチンの声を聞いた事があるのか⁉」
オチンチンの声…ッッ‼
その強烈な言霊に僕の五感は揺さぶられる。
”さあ、聞いてみなさい。君のオチンチンが本当は何をしたいのかを…。”
偽りの天の囁き…、それは明らかにふじわらしのぶさんの裏声だった。
「僕のオチンチン…、オチンチン…。君は本当はどうしたいんだ?千歳ちゃんとセックスがしたいのか⁉擦って擦って、昇りつめて、気持ち良くなって…それで本当にいいのか‼」
「宗太。俺このままじゃ駄目になっちまう。毎日オシッコするばっかりで”真・尿道”なんてあだ名がついちまった。たまにはオシッコ以外の事をさせてくれよ」
宗太はしのぶを見た。口を動かしてはいない。しのぶは沈黙を守りながら宗太の股間を指さす。
気がつくと宗太のズボンに三角テントが出来上がっていたのだ。
「宗太、もう我慢する必要はないんだ。お前の本心は千歳とセックスがしたい」
しのぶは右手を前に出した。
するとしのぶの後ろに控えた地上最強の生物”範馬勇次郎”が背中を向けて例のポーズをとっていた。
「調子こかせてもらうぜ~」
悪魔から授かった筋肉で思い切りぶん殴る。ただそれだけの事。
勇次郎の背中に宿る鬼神が微笑んだ。
「下がってな、宗太」
どんっ。
僕は大きな手によって後ろに突き飛ばされる。
今の低くて渋い安元洋貴ボイス(アズラエルバレンタインバージョン)はもしかして…千歳ちゃん⁉
「ブラックホーク…スティンガー‼」
ぶつかり合う最強の拳ッッ‼
「星矢…。そういえば最強の矛と盾がぶつかり合うとどうなるんだっけ?」
ドラゴン座の聖闘士紫龍が問う。
紫龍は心臓が停止したショックで当時の出来事を忘れていた。
「ええと…。どうだったっけ?」
星矢もその後の紫龍の心臓を背中側からパンチした時に神経を使い過ぎて記憶があやふやになっていた。
氷河と瞬も覚えていなかったので自然に距離を取る。
そこでしっかりと覚えていた狼座の男、那智が答えてくれた。
「両方破壊されるんだ」
衝撃のあまり星矢と紫龍の目が点になる。
「えっ…?」
「マジ⁉」
その後、星矢は紫龍の心臓を停止させてしまった事を、紫龍は星矢にかなり無茶な頼みをしてしまった事を思い出して気まずくなり二人は互いに声がかけづらくなってしまった。
「やるじゃねえか、小娘。俺の最強の拳を止めるとは…」
勇次郎は自分の拳を撫でながら後退する。
千歳の拳が当たった場所が変形していた。
千歳はオーガ最強の拳とぶつかってしまった時に妙な方向に折れ曲がってしまった指を宗太に治してもらっている。これもまた愛の形だろう。
「千歳ちゃん。こんな無茶をして…」
「宗太。アタイはアンタの為なら隕石だって破壊するよ…」
千歳と宗太は見つめ合い、すっかり二人の世界に入っていた。
「オーガ、いい仕事をしたな。これは俺からの細やかなお礼のつもりだ」
しのぶはそう言ってオーガに業務用スーパーで買った冷凍マンゴーを渡した。
「おっ!コイツは冷凍マンゴーじゃねえか!俺はコイツを食べながら檸檬チューハイを一杯やるのが好きなんだ。感謝するぜ、しのぶ」
勇次郎はマイバッグに冷凍マンゴーを四袋くらい詰めて家に帰った。
(ちゃんと刃牙とジャックに分けてくれるといいな…)
しのぶは業務用スーパーで買ったビスケットをマイバッグに入れると宗太と千歳に別れの挨拶を告げた。
「宗太、千歳。俺はそろそろ家に帰るぜ。仕事以外では五時までに家に帰らないと怒られるんだ」
宗太と千歳はしのぶの思わぬ発言に目を丸くする。
しのぶの家ではしのぶの自由行動は仕事以外では午後五時までとされている。
約束を破った場合は特典として月二万のお小遣いが一万七千円になってしまうのだ。
(こんな凄い人でも悩みや苦労があるんだ。人生はまだまだ僕の知らない事でいっぱいだ…)
宗太はしのぶの雄々しい背中を見つめながら彼の抱える常人には耐えられないであろう過酷な使命を感じ取った。
千歳は宗太の肩に手を置く。
「帰ろうか、宗ちゃん」
「そうだね」
その日、僕は千歳ちゃんと一緒に手を繋いで家に帰った。
もしかするとこんな事をしたのは幼稚園児に通っていた頃以来かもしれない。
「千歳ちゃん、あの夕焼けに誓うよ。僕は君を幸せにしてみせる」
僕は真心からそう思った。