藤ノ原の襲撃 後編
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気が付いて後ろを振り返るとさくらが少し影の薄い男につかまれていた。いわゆる人質というものだろう。
(動いちゃいけないよ。動いたらさくらがより危険にさらされるよ)
エイルの言葉にわたしは踏み出しかけた足を踏みとどめる。
「たす··けて···!」
「さくら!大丈夫か!」
苦しそうに振り絞った声にわたしは反応しかけるのを何とか押しとどめる。ロンは動いてはいけないとわかっているので代わりに叫んで、イジー・ルワンを睨む。いまにも飛び掛かりそうな雰囲気にロンがもし千里さんが動き出したら止めるために近くに静かによる。
「その小娘が一人でここに残るならば解放してしんぜよう」
千里さんもルワンに気をとられて反応できなかったようで、歯を食い縛っている。
(エイル、わたしが残れば本当に解放されると思う?)
(ああ、もちろんさ。おそらく、あの敵は千里さんが自分よりも強いことを見抜いた上で判断しているようだ。だから、約束を破って自分が殺されることになる愚かな決断はしないと思うよ)
ならば、わたしが一人で残るのも判断として加えることが出来るだろう。解放さえして貰えれば、千里さんを倒せる敵はいないはずだから。何よりも親友が殺されるのを黙って見ているわけにはいかない。
ーそれがたとえ自分の死につながるとしてもー
その行動はまるであの日の日よりの行動に酷似していた。
「わかりました。代わりに絶対にみんなを攻撃することは許しません。そして、距離を取るまでお互いに手を出さないようにしましょう」
「よかろう。しかし、その女が戦闘に参加することも禁止することも誓っていただこう」
ルワンはわたしにならば負けるつもりなど毛頭ないようだが千里さんの介入があれば勝てないと判断したのだろう。介入を防ぐことを条件に加えた。先ほどロンに近づいた時の華麗な身のこなしが仇になってしまったようだ。千里さんはすぐに参戦するつもりだったようで苦虫を噛み潰したように悔しがるもわたしに視線を向けて申し訳なさそうにしてからうなずく。まあ、わたしが簡単に勝てる相手だとも思ってはいないけれど、エイルがいる限り一方的に負けるつもりはない。
「では、契約成立ですね」
わたしは宣誓の結びを行う。これでただの口頭での約束ではなくなり、破ると自分に天罰が下る強制力を持つ契約となった。つまり、私がここに一人で残る限りさくらたちに害が及ぶことはなくなった。
「有里、あなたはここに残っても大丈夫なのですか?」
確信が持てなかったので沈黙していたが、それが答えになったのだろう。
「そうですか、では御武運を」
わたしたちは千里さん達が御神木の下に避難するのを待った。
千里さん達が避難したことと人質を解放したことを示すようにさくらを捕まえていたものが戻ってくる。
「では、始めようか。其方の名はなんというのだ」
「わたしの名前は有里、天草有里です。あのお方が誰陽菜かも知りませんし、あなたに簡単に勝てるとは思っておりませんが負けるつもりもありません。全力で参らせていただきます」
ルワンは大きな笑い声を上げて戦いの構えをとる。沈黙が流れている。
(有里、僕の指示通りに動いてね)
元々、そのつもりだ。なにしろ、わたしはこれが初めての実戦というだけでなく、そもそも訓練ですらしたことがないのだから。
(それなら、僕が代わりに君の体を使って戦おうか?)
(ありがとう、任せる)
それは本当にありがたいので、否定する理由は何一つないので、肯定する。
エイルの応答が来る前にルワンが拳で攻撃を仕掛けてくる。それをエイルが精霊魔法で作った蔦を絡めた盾で防御する。そして、その蔦を操ってルワンに攻撃を仕掛ける。ルワンが拳でエイルの防御を破ろうと試みて、エイルが蔦をぶつけたり、葉っぱを高速でぶつけたりするのをルワンが力の塊のようなもの(魔力障壁というらしい)で防御する。まさに、一進一退の攻防でエイルによるとこのままなら、霊力量で押し切れるそうだ。
「ハハハッ!思ったよりも手強いな。本気を出すまでもないと思っていたが使うしかないようだな」
ルワンはそういいながらも余裕そうな表情で今までとは一味違う魔力弾を放つ。
(有里!これもしかしたらヤバイかも。あいつ、多分炎属性だと思う。そうしたら、僕が対応していると危ないかも。いま、変わっても大丈夫?魔法は補助するから)
エイルではなくわたしが表に出ていれば属性がわたしに準じたものとなるので戦いやすくなり、エイルが影で精霊魔法を行使することが出来るのでとても戦いやすくなるらしい。
(僕たちが時間を稼げば、陽菜が戻ってきて戦いに参加できると言っていたよ。千里さんは戦いを禁じられてしまったけれど陽菜は契約に参加していない。だから、勝つことは一切考えなくていい。最優先は生き延びることだよ)
あの大群相手に簡単に勝てるとは思えなかったが、あの状況で発言するということは陽菜も高い実力をもっているのだろう。
というか、この切迫した状況の中で話し込んでも大丈夫なのだろうか?
そんな疑問が浮かんだがエイルによると、統合した状態ならば脳内会話はかなり加速されて行われているらしいので、経過時間は一瞬らしい。そして、幸いにもルワンはスピード型の戦闘を得意としていないらしく攻撃に対して指示を行えるらしい。
(よし、それなら任せて)
(まずは、あの魔力弾に対して君の光属性の霊力障壁を展開して、そのあとは隙があれば霊力弾を放って)
エイルは指令を出したあとに詠唱の文言を教えてくれる。それに倣って詠唱を行い、霊力障壁を展開する。長く時間がかかったように感じているが脳内会話の加速されている世界の中なので魔力弾の衝突にはなんとか間に合ったようだ。炎がわたしの周りを囲むが、触れることはなく、直前で止まった。
「ほぅ、霊力障壁か。この若さで防御系の上位魔法を使用できるとは末恐ろしい。やはり、あのお方の懸念は間違いではなかったようだ。ここで息の根を止めてやる」
そういって、もう一度さっきよりも大きな魔力弾を放ち、障壁を突破するのは簡単ではないと気づいたのか、拳を打ち付けようとする。エイルから聞いたところによると、今展開しているのは魔力攻撃用で物理系攻撃を防ぐことは出来ない。その事に気づいたのかは知らないけど、不幸にも、ルワンの拳は今までと違って魔力は纏ってはいない。もう、どうしようもないとわたしは目を瞑る。
「反転障壁!」
エイルの声が響いた瞬間にルワンを包む壁ができる。それと同時にルワンの動きが止まる。魔力弾を大量に放っているようだが壊れはしていない。
「どういうことだ!炎属性攻撃が全く通用しない。お前は木属性だった。それに結界に入れないことはあっても出られないことはないはずだ!」
ルワンは大声をあげているが、反対にエイルはものすごく楽しそうである。
「そうだよ。でも、属性はひとつとは限らないし霊力の質が今までとは全く違うからね。説明してあげるよ。これはギャスロッド、すなわち反転さ。結界内が結界外で結界外が結界内ということだよ。これで意味がわかったかい」
ルワンはエイルの霊力に質でも量でも勝らないといけないことに気づいたようだ。なんとか脱出しようと何度もオーラをまとわせた拳を打ち付けているがエイルの障壁が壊されることはない。
「我はこの様なところで死ぬわけにはいかんのだ!」
大声で叫び、拳で破ることを諦めたルワンは魔法の詠唱を行う。わたしは咄嗟に身構えるがエイルは余裕綽々の表情で気に留めるようすもない。
「これで終わりだ。食らえ!すべてを焼き尽くす地獄の業火 インフェルノ」
「無駄だよ。君じゃ僕の障壁は破れない」
「過信は其方の身を滅ぼすことになるだろう。この魔法の前にはその程度の結界などなきに等しい」
ルワンが言う通り加速度的に広がっていく火球はあと数秒もすれば結界を飲み込みそうな勢いだ。エイルの補助で張っている結界に力を込める。防げるとは思えないがある程度の相殺は可能だろう。
「確かに僕が全力を出したとしても相手が生命の存続を賭けて放つインフェルノを防ぐのは万全な状態でも簡単じゃない。それがもし発動したらね」
「どういうことだ?」
「簡単な話さ。君は僕と戦うときに魔力を使い続けて、結界を破るための拳撃もすべて魔力を使っていた。そして君の魔力はどうあがいてもインフェルノ一回分に足るかどうか。そんな君が何分間も魔力を大量に使い続けたんだ。さて、君はインフェルノを発動できるでしょうか?」
ルワンは計算するまでもなくその結果に行き着いたようだ。声を震わせて答える。
「·····できない。·····だが、それならばこの炎はなんだと説明するのだ?」
「君の最後の魔力の固まりさ」
笑顔のエイルとは対照的にどんどん顔を青ざめさせていくルワン。それもそれだろう。
(あとはもう待っているだけで充分だよ。一応、霊力障壁は起動させておいてね)
陽菜が勝利するまでに破られる心配は無さそうだった。なぜなら、エイルの声に落ち着きがあったこともあるが、何よりも陽菜が戦っているはずの方角にはもう何もいない。しかしそれは、=陽菜が負けているということではない。
(本当に強いみたいだね。最初の戦闘開始地点にもうすぐ戻ってくるみたいだよ)
最初にエイルが言っていた言葉は嘘ではなかったと今深く実感している。低級ではあるらしいが少なくとも百体以上に包囲されていたそうだ。それが今では十体残っているかどうかというところらしい。
「「渦めく炎」」
次の瞬間、ルワンは炎に包まれた。