藤ノ原の襲撃 前編
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今日はエイルが前にいっていたわたしと始めて出会った場所に連れていってくれるらしい。今日はおばあちゃんが友人たちと一緒に旅行に行っていて父さんが朝ごはんを作っていた。普段はお菓子作りの下準備をしていて作ることはあまりないのだけれどお菓子職人で料理人修行も一時期していたらしく作ろうと思えば作れるらしい。仕事も今日はあるはずだからわたしが作ると言ってみたけれど頑なにお父さんが作るから任せなさいと言って聞かなかった。
「朝ごはん出来たぞ。降りてきなさい」
わたしははーいと返事をして、降りていく。朝ごはんはお米に味噌汁、さばの味噌煮と普通のものだったがさすが料理人修行をしていた人だ、と思わせるほど美味しかった。食事を終えると、父さんは大きな弁当箱を持ってきた。
「父さん、どうしたのこれ?」
一人分の弁当ならともかくどうしてこんなに大きな弁当を作ったのか尋ねる。
「友達と一緒に行くんだろう?」
「確かにそうだけど、なんで知ってるの?わたし言ってなかったと思うんだけど」
そもそも遊びに行くことすら話してなかったのだしわたしからしてみれば当然の質問をする。
そこに急にエイルが飛び出してきた。
「僕が昨日、清治に話したんだよ」
エイルが言ったことをまとめると、昨日父さんにわたしがどうして少し浮かれていたのか聞かれたらしい。
『わたし、そんなに浮かれていたんだ』
そして、エイルはわたしとエイルが始めて出会った場所に友達と一緒に行くことを教えたらしい。そしたら、父さんが急にやる気を出し始めたらしい。
朝ごはんを作ろうとしていたのもわたしに内緒で弁当を作って驚かせたかったからだそうだ。
「ありがとうね、父さん」
お礼を言うといつものように照れ隠しをしながら、わたしに早く行くように急かす。
荷物はそこまで多くないのでかばんに弁当を入れるときに時間を掛けることもなく準備を終える。
「行ってきます」
そういってわたしは家を飛び出した。
広場に着くともう既に集まっているようで口々におはようという声が聞こえる。けれど、集まっているのはロンとさくら、そうまだけではなくもう少し多いようだ。
(えっと、陽菜ちゃんともう一人は学校で見たことがあるから学生?にしては少し大人っぽすぎる気がするな。エイルは誰か知ってたりする?)
(有里がよく行ってる図書館に時々司書の先生のお手伝いをしている人だよ)
わたしは彼女が図書館で本を整理していたことを思い出した。ついでに生徒と話しているところや文化祭で焼きそばを作っていたところも。
「えへへー、驚いた有里?」
さくらが笑顔で聞いてくる。どうやらこのことはさくらが裏で取り仕切っていたようだ。
「ごめんな、俺にはどうしようもなかったんだ」
ロンがものすごく申し訳なさそうな顔で謝る。どうやら、陽菜ちゃんと図書館の人(村田千里さんさんと言うらしい)がさくらとロンが話しているのを聞いて参加を申し出てきたのが始まりでロンはわたしに伝えようとしたがさくらが驚かせたいと言って聞かず、従うしかなかったらしい。そして、そうまは当日まで全く知らずに知ったあともさくらの「どうせ、もうすぐ知ることになるんだし今言っても何も変わらないよ」という言葉に反論できなかったらしい。
「来てしまったものは仕方ないし、わたしも嫌がっているわけじゃないし、大丈夫ですよ」
有里はあっさりと了承する。
(あの二人、最初から有里が許可を出すことに気づいていたんじゃないかな)
実際、千里さんは先生たちから調査した学校での有里の様子から渋られはしてもおそらく許可されると考えていた。
実際に、千里は隠密行動をとることも可能だと考えて一度後をつけていたのだが、なぜか有里が気づいた気配はなかったのに追跡を阻害されていたのだ。
そのため、無理に隠れて調べることは諦めて、事前に教職員の世間話としてそれとなく甘利先生から聞き出した。始めは少し気になっているという感じだったがあの膨大な霊力量に加えて中位精霊の存在は脅威にもなりうる。
それに最近発見されるようになった氷雪の魔女の分かっている特徴を当てはめる限り有里はかなり一致しているのだ。もし、有里が氷雪の魔女だったなら神楽坂は一気に非常事態に陥る危険性もある。
有里は身体能力にも長じていることを千里は知っていたのでそれが余計に千里からの疑いの目を受けることに繋がっていた。
そんなことを有里とエイルは知るよしもなかった。
みんなと合流してから歩き始めて一時間すると、エイルが前に話していた神社の近くにたどり着く。
(ここが僕たちが出会った場所だよ)
そういって、蔦がたくさん絡んだ木を指差した。エイル曰く、この木がエイルの最初の依り代であり、つい最近までこの中にいたらしい。
「ここがあなたの精霊の元依り代なのですか?」
陽菜がわたしに問いかける。
「はい、ここがエイルの···っ!」
「これ、ここら辺で採れる美味しい木の実なんだよ。有里、あげるよ」
みんなに説明しようとしたとき、口に木の実を含まされる。その張本人であるエイルの目付きから察するにからわたしが説明するといろいろな情報を漏らしてしまうので黙っていろということらしい。
「僕が答えよう。その通りだよ」
陽菜や千里さんが興味深そうにしているが、ロンたちは精霊について知らないのか何のことだろうという視線を投げ掛けてくる。
「あのー、精霊とはなんでしょう?」
さくらが質問をすると、千里さんが簡単に説明をする。以前に聞いた内容と大差はなかったので、わたしはエイルと脳内で会話する。
(どうしたのエイル?)
(絶対に余計な情報を話さないでね。あの二人味方か分からないからね)
どうしてかエイルはあの二人を警戒しているようだ。でも、わたしにはあまり危険な人だとは思えない。
(敵視はされていないようだけどこちらを探っているから、油断しないほうがいいと思うよ。多分あの二人、特に大人の方はその気になれば今の君と僕をすぐに殺されるんじゃないかな)
その言葉にわたしは目を剥く。当然だ、二人とも全くそんな風には見えないのだ。しかも、わたしだけならばともかくエイルもすぐに殺してしまえるということはかなりの手練れだと少なくともエイルは考えているということになる。
(精霊関係の質問は全部僕が受け答えをするから、有里は不必要に警戒心を出さずに大人しくしててね)
(はいっ!任せます!)
わたしは迷うこともなく即答する。さすがにまだ死にたくはないのだ。
エイルとわたしが脳内会話している間に千里さんは説明を終えていたらしい。
「それにしてもどうしたらあなたのような異常なまでに若い中位精霊が生まれたのだろうね?」
千里さんが軽くするが、わたしは不可解な点に気づく。私たちは千里さんたちにこのようなことを説明
したことは一度もない。ということは誰かがその情報を漏らしたか、それとも…
(あのときに聞き耳をたてていて、僕たちを調べようとしているかだね)
エイルの呟きが聞こえた気がした。
「それは簡単さ。僕を劇的に成長させる何かがあったということだろうね。それが敵だったか味方だったかは想像に任せるけどね」
私たちと話をしていた陽菜の下に謎の人が現れる。
「お嬢様、包囲されました」
陽菜とそれを聞いていた千里さんの顔が驚きに変わる。そして、次の瞬間には二人の手には刀が握られていた。
((どうやら、敵じゃなかったみたいだね))
わたしとエイルの呟きが重なった。
「私がここは受け持ちます。千里さんはみんなを連れて退避してください」
陽菜が先程の人から双剣をもらい、戦闘態勢にはいる。そして、おそらく敵がいるのであろう方向に飛び出した。
「まさか本当に現れるとは思いませんでした。とにかく、陽菜が時間を稼いでいる間に私たちは早く避難をしましょう。エイルさん、ここら辺に安全だと思われる場所はありますか?あるのでしたら案内してください」
「だったら御神木の近くがいいと思うよ。あそこは精霊に守られているんだ。大精霊と互角に張り合える相手なら通用しないけどそんなに強い相手じゃなさそうだし」
エイルは先程の木からそこまで距離がない、御神木と呼ばれていて信仰対象にもなっている木を指した。
「感謝します」
千里さんはそう言うとすぐにわたしたちを守りながら、移動を開始する。
「見つけたぞ、お前だな?あのお方が気にされていたのは」
急に後ろの方から声が届く。振り返るとあのお方が誰なのかは分からないがわたしを迷うことなく見ながらその人は言った。
「お前は誰だ?」
千里さんが敵意を剥き出しにしながら質問をしているが返答は期待していないのだろう。仕込み刀を引いて、切り伏せる準備をしている。
「我が名はイジー・ルワンである。あのお方の直命を受けてそこの小娘を殺しに来た。他のものを殺すつもりはない。ゆえに他のものはこの場から退くがよい」
狙いは本当にわたしだけなのだろう。他のものを殺すのが面倒陽菜かそれとも大量殺人が気が引けるのかは分からないが、さくら達は逃げれば敵対するつもりはないそうだ。
「ふざけるな!殺されると解っているものを捨て置いて逃げ出すのはわたしの蓬菊隊員としての矜持が許さんのだ。それにそなたくらい切り伏せることなど雑作もない!」
「それはどうかな」
千里さんの徹底抗戦の意志に対して、不適な笑みを浮かべてまるで自分の思い通りになることがわかっている化のような発言をするイジー・ルワン。
どことなく不安になるのを抑えられない。
その時、背後の雰囲気がおかしいことに気づいた。
後編は明日投稿します。
では、お元気で




