浄化任務 後編
わたしたちは森のなかでも[蒼爆封殺陣]を受けてガラス化が一番ひどいところにやって来た。
「これはひどい。完全にガラス化しちゃってるじゃない。普通ここまでいかないわよ」
「蒼獄がただ魔力が多くて昔の人から恐れられたわけではないと言うことだろう。ここまで影響を及ぼす並の術師の為せる技ではない」
魔法で起こされる火はそれ以外の力でついた火と違って、自然に直接影響を与えるわけではなく対象以外への影響は対象に比べて低くなる。
土がガラス化するほどの温度となれば最低でも600度は超えていただろう。
この世界では到底無理な話だがこの600度を火起こしをしたとき、つまり魔法以外の力で発火させたときの温度で考えると数千度に到達していることになる。
実際に使ったことはないのでわからないが炎属性系の最上位魔法[インフェルノ]を使ったとしても、よほど高度な術者でない限りは木のように可燃性の物質が燃えて火事になることはあっても燃えた地面が大きくガラス化しているなんてことはそうそうないらしい。
「魔法を使う前に大きな固まりになっているガラスを砕いてくれ」
それぞれが小さくなっている方が表面積が大きくなるので魔法の影響を受けやすくなると言うことで、わたしと陽菜は足に身体強化をかけてから動き回ってガラスを潰す。
永康さんはわたしたちの靴に簡単な祝福をかけて砕きやすいように棘をつけてくれている。
これは永康さんが術を掛けている間だけ効果があるものなので、棘が靴に定着する恐れはない。
慈玖さんはわたしたちによって大まかに潰されたガラスをさらに細かくするために岩属性の魔法で大量の石つぶてを作り出して地面に打ち付けている。
それも適当に落としているのではなくガラスがある地点を狙い撃ちしていて、慈玖さんの認識能力の高さと魔法操作の熟練度に脱帽する。
「ここのガラスはほとんど砕いたな。この森のなかで他に蒼獄が炎属性魔法を連発もしくはここのように強大な魔法を使った地点はあるか?」
「ガラス化しているかはわからないですけど、蒼獄が封印されていた場所の近くは火球による攻撃を何度も受けています」
実際のところ、そこまで強い攻撃ではなかったのでガラス化していない確率の方が大きいけど、慈玖さんは念のため確認することにしたようだ。
「有里と陽菜は俺についてきなさい。永康殿はガラス化が確認されない土部分に祝福を始めておいてください。陽菜、爆炎を呼んでもらっていいか?」
「わかりました」
陽菜が呼び掛けると爆炎が仲間の魔人を二人ほど引き連れてやってくる。
初対面の魔人だけでは敵認識される可能性もあったので、わたしはエイルと連絡をとって爆炎の補助をしてもらう。
最初からエイルに頼んでおけばいいと思うかもしれないが、契約統合のおかげで離れていても連絡はとれるがあまりに離れていると簡単な連絡しか出来ないので状況の説明ができないのだ。
「爆炎、作業が行われているのはここから左に行って少し登ったところです。エイルには爆炎たちが来ることは伝えているので着いたら状況の説明をしてから、エイルにこちらにやって来るように言ってください」
「了解いたしました」
爆炎たちはわたしが教えた方向に走って行き、わたしたちは封印場所に向かった。
そこでは予想通りほとんどガラス化していなかったが一部ガラス化している場所があったので先程と同じように粉々にした。
なぜか戦ったはずのない道中でガラス化している地点があったのには驚かされたが封印が解けた後の腕試しを兼ねて放たれた魔法によって溶けたのだろうと仮説をたててそこまで深くは考えなかった。
「有里ー、来たよ。帰りはここに来たときとは違ってあっちの道を通って戻ってよ」
「もしかして、ガラス化した地面があるのか?」
エイルはうなずく。他にも復旧作業中に見つけたガラスがいくつもあるそうで、慈玖さんの判断によってわたしたちはエイルの示したポイントを経由して別行動をしながらガラスを砕いて、永康さんと別れた位置まで戻ることになった。
わたしはエイルが一緒にいるので、いくつかあったガラス化したうちでも知らなければ見つけにくい場所に行くことになった。
「こっちの方だよ」
エイルに着いていくと木々に囲まれた中にガラスが点在している場所があった。
「どこにも焼けた形跡がないのに、どうしてこんなところにガラスが?」
思わず発した言葉には理由がある。
この周辺でガラス化した場所は木々に囲まれているのでガラス化するほどの炎属性魔法を放ったとしたら、周囲も巻き込まれて、最低でも焦げ付きが木々に見られるはずだ。
ピンポイントに攻撃を命中させてなおかつ大きな火力をもつ攻撃は、極論を言ってしまえばただ魔力が大きければ使える上位魔法よりも高い錬度と制御が必要とされる。
わたしの知りうる限り蓬菊隊の中でも、千里さんが全精神力を集めてなんとか使えるくらいのものだ。
蒼獄には悪いと思うけど、蒼獄には錬度も魔力も十分以上にあったけど制御の部分ではこれほどの正確性をもつだけの力を持っていたとは到底思えない。
「理由はよく分からないけど、蒼獄の復活に関わった人が何かしらの目的をもって炎属性魔法を使ったんじゃない?例えば、蒼獄の封印を解くためのトリガーとなるものがここ一体にあったとか、外からの認識阻害の魔法陣の痕跡を消すためとか。······とりあえずその話は後にしてから仕事を終わらせてしまおうよ」
「そうだね、わたしたちは探偵をするために来た訳じゃないし」
エイルの木属性魔法やわたしの光属性魔法[アルブム]などを使って周囲に点在しているガラスは苦労することなく粗方片付いた。
後は点在するガラスの固まりたちの中央部にあるガラス塊だけなのだがこれがまた怪しすぎて、厄介だ。
どういうわけか厚すぎて、とても壊しにくいのだ。
「地上に突き出ている部分だけじゃなくて地下部分にも長く刺さっているみたいだよ。とても今までのやり方じゃ壊しきれない」
「そういえばこれって地下深い部分まで壊しておく必要はないんじゃない?」
通行人や村人が怪我をしないようにするためにガラス化した部分を壊してから魔法で再生させるのだ。
少し掘り返したくらいではガラスが剥き出しにならない深さまで壊して再生できれば問題ないだろう。
「そうだね。でもどうやって壊す?有里の[アルブム]も使えないよ」
予想されるガラスの強度を[アルブム]の力では越えられない、つまり壊すことはできないと思う。試しに一度放ってみたがわずかに最上部を壊しただけでこのまま中部まで壊そうとしたなら途方もない時間がかかるだろう。
そしてエイルの魔法も対地上の魔法が多いので、地下に根を張ったようになっているガラスを壊すには向いていない。
でもわたしにはガラスを少なくとも中部くらいまでは壊す自信がある。校長先生から教わった魔法だ。
「わたしに任せてよ。ダウルプルーワ」
光っている弓矢が出来てわたしはエイルに蔦で作られた土台に乗って、ガラスの真上に立った。あとは力強く弓を引いてから真下に向けて矢を放つだけだ。
「ガラスが壊れたと思ったら水流の魔法でガラスの欠片を上に押し上げて!いくよ!」
矢を放った。燁幽術:光の補助を受けて加速している矢は[アルブム]の時とは違ってガラス塊の中まで進んでいく。
粉々に砕いているわけではないが確実にガラス塊を割っていてガラスが刺さる穴との間に隙間ができる。
これなら水流の力で押し上げることができるはず。
「フラスタリルマ」
水流の勢いによってガラスが押し上げられて、それがまた落ちる前にエイルが回収する。
「あとはそれぞれ砕いていくだけでいいよね」
「そうだね。ところで有里がさっき使った魔法って何?僕も知らない魔法だよ」
エイルは知の精霊なので余程珍しい魔法でもない限りはほとんどを知っている。
「これは校長先生のオリジナル魔法だよ。現役時代に校長先生の燁幽術を活かした戦い方を模索していたときに考え付いたらしいよ」
オリジナル魔法とは産み出される魔法のうち、他者には扱いにくいものや発明者がその魔法を広めることがなく知られていない魔法のことだ。
[ダウルプルーワ]は力強く引く必要があって長い溜めが必要になるので、防御がない状態の短距離、中距離ではもちろん役に立たないが、射程距離もそこまで長くはできないので遠距離からの狙撃にも向いていないどころか使い物にならない。
その代わりに貫通力が矢のように軌道を描く他の魔法に比べて格段に高く、衝撃を与えて貫通した物体を内部から崩すことができる。
ただし、この内部から崩壊させる能力は術者の霊力の性質や燁幽術の能力に左右されるためみんながみんな使えるわけではない。
それだけではなく[ダウルプルーワ]は防御を同時にできる人でないと扱えないため、使えるならば教えるというわけにはいかない。
実際に校長先生も条件をすべて満たした上で教えた人数は15人くらいだと言っていた。
「でもこれのおかげで時間を短縮できたでしょ?神楽坂に戻ったら校長先生に感謝の気持ちを込めて父さんのお菓子を持っていきましょう」
「他にも魔法があるならボクも教えてもらおうかな。あとは取り出したガラスを砕いて細かくしておくだけだね。······やっぱりこのガラスだけは持って帰ろうか。性質が今までのガラスとは違う。もっと前から炎属性以外の力によって丁寧に作られたみたいだよ」
「確かにここだけこんなに長くて怪しかったよね。光希さんに確認してもらおう。下にあるガラスも回収した方がいいかな?」
エイルの推測が正しかった場合は残したままにすれば慈玖さんの魔法に何らかの影響を与えてしまうかもしれない。慈玖さんか陽菜を呼んで取り出しを手伝ってもらった方がいいだろうか。
「それは外部に流すわけにはいかない。こちらに渡してもらおうか」
言葉が発せられた方を振り向くと甘い雰囲気を纏っている紅い目の男性がいた。




