契約の儀 後編
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放課後になり、小会議室に向かって歩きながらエイルと話をする。
「あの子、僕に気づいていたんじゃないかな」
「どうしてそう思うの」
エイルの考えにはわたしも同感だけれど、理由がわからない。
精霊はふつう姿を見せなければ見えないのだ。
「考えられるのは2つ。一つ目はあの子が多くの精霊と契約していること。精霊と長く沢山の種類とふれ合っていれば感じることが出来るようになる人もいるらしいよ。それにこの時は契約している精霊が他の精霊の存在を教えることもできるからね。二つ目は確率は結構小さいけれど、あの子が精霊である可能性かな。でもこれは多分違うよ。あの子の中には精霊系統ではない魔力や霊力も感じられるからね」
どちらにせよ、精霊があの子の周りには一体以上いることは間違いなさそうだ。
話しているうちに小会議室にたどり着くが、終鈴後直ぐに来てしまったためかまだ鍵が開いていなかった。
職員室の鍵置き場にはなかったので、先生が持っているのだと考えて、壁にもたれ掛かる。
「そういえばさ、エイルはわたしをどこで見つけたの?」
わたしは姿が見えない状態で声をかけられ始めるまでエイルを見たり、気配を感じた記憶は全くない。
「最近、有里は山に登って神社に行ったことを覚えてる?」
「あるけど······って、何でそれを知ってるの!?」
確かにわたしは一月ぐらい前に神楽坂高校近くの山にある神社に参拝しに行ったけど、あの時は特に特別なことをしたわけではなくいつも通りにお参りしただけのはずだ。
精霊に気に入られて、契約を持ちかけられるようなことは一切なかったと思う。
「あの時に僕は君を見つけたんだよ」
エイルは質問をはぐらかそうとする。わたしは遮って話を元に戻そうとする。
「だーかーら!それはわかったの!どうして気に入ったの?」
口調が激しくなりつつも、もう一度質問した。
「じゃあ、今度君をその場所につれていってあげるよ。たぶん、思い出すんじゃないかな」
「絶対だよ!いま言ったからね!」
「そろそろいいか?」
その声で甘利先生が来たことに気づいて、ハッと我に帰る。
「一週間前は不安がっていたのに、状況がかなり変わったようだな。まあ、そこまで打ち解けているならあまり深刻な話では無さそうだな」
その言葉で先生がずっと待っていたことを悟る。
「ずっと待たせてしまって、ほんっとうにすいませんでした!」
「大丈夫。むしろ、有里が不安から解放されたことを知ることができて安心したよ」
甘利先生が心底安心したという顔をする。
とても心配していてくれたことがわかって少し嬉しくなる。
「話とはそこの精霊のことかな。見たところ霊力量は上位に匹敵するが技術的な面ではまだ未熟のようだし総合的には下位精霊というところかな」
「いえ、エイルによると中位精霊だそうですよ」
その瞬間甘利先生がふらっとよろけた。
大丈夫ですかと慌てて声をかけて、駆け寄ろうとすると先生が左手を挙げて制し、震える声を上げる。
「なんだと、その若さで中位精霊だとは。とても珍しいな。推定される年齢からすれば下位精霊だとしても同年代の精霊の中では上位なのではないか?本当のことだろうか?」
「ああ、僕は中位精霊だよ。それよりも有里、契約についてその男性に話を聞き、意見を伺うのが今回の目的だろう?」
エイルは諭すようにしながらも割と真剣な目をして、わたしに契約について話題を変えるように言った。
わたしが先生に契約とはどういうものなのかを尋ねると先程までの驚いた雰囲気を抹消して、口を開く。
「契約とはいわば魂同士を繋げることだ。そうすることで精霊は体を自分の霊力だけでなく、契約者の霊力などを纏うことが可能になり、生存力が上がる。そして何よりも契約者と協力して戦ったり、契約者を守ったりすることで進化が促されるそうだ。次は契約者側の利点だ。それは精霊の持つ属性の魔法を扱いやすくなることが一つで、ほかにも精霊同様に生存力の向上が見込まれること。最後に霊力などの量の上昇だ」
メリットはたくさんあるようだ。わたしは甘利先生にデメリットがあるのかを聞く。
「デメリットはあんまり聞いたことはないな。まあ、総合的に考えれば基本的にメリットがデメリットよりも大きいと思うぞ。でも契約するかどうかはメリットやデメリットの問題以上に有里の意思が大事なんじゃないかな」
わたしはハッとされられる。
エイルがわたしと契約したいといっている以上、メリットとかじゃなくてわたしがどうしたいかを考えることが大事なんだと気付く。
わたしは初めてエイルとあった時にどこか安堵させられるような、安心させられるような気持ちになった。
エイルともっと一緒にいれたらいいと考えられるようになったし、望んでくれるならわたしも契約をしたいと今では思う。
「決意したようだな。困難もあるかもしれないが有里が決めた以上、俺は否定することはない。応援しているぞ」
甘利先生はわたしの決意を後押ししてくれた。
「では契約の儀を始めようか」
「契約の儀?」とわたしが呟くとエイルは説明してくれた。
精霊と人間種の契約でも普通ならその場でお互いが同意を示すのみでよいが、今回は契約統合を行うので霊力を同質化させて、一度一体化するという手順が必要らしい。
それに契約の儀を行うことで契約者との絆が深められて双方の霊力の質が上がるそうだ。
「俺はここから離れていよう。では······」
「先生も立ち会って頂こうかな。ただし、立ち会った者は皆この儀式の詳細を秘密にしておき、有里に致死性の攻撃を行うことが出来ないという制約を負ってもらいますが」
甘利先生はすぐにわたしに攻撃するつもりはないし、この儀式の方法を漏らすこともないと頷いた。
それからはエイルがわたしに軽く霊力の放出方法を指南した。お互いが霊力を放出するらしいのでわたしの霊力量が足りるのか不安に思い、訊ねたところ、わたしの霊力量から見れば微々たるものなので大丈夫らしい。
「精霊エイルは天草有里と契約統合することに同意し、どちらかの死せるまで解除しないことを誓う」
「わたくし、天草有里は精霊エイルと契約統合することに同意し、どちらかの死せるまで解除しないことを誓う」
エイルの言ったとおりに名前を入れ替えて契約宣誓の祝詞を復唱する。
そして、わたしはエイルと同時に霊力を全力で放出して、お互いの霊力が混じっていくのを眺める。
数分後、エイルは右手を挙げてわたしに霊力の放出を止めるように言った。
どうやら、すでに霊力は同質化したようだ。
「じゃあ、最後に契約統合の成立を確認しよう」
エイルは詠唱を始めて、終わると同時に姿を消す。
(有里、無事に統合まで成功しているようだね。気分は悪くないかい?)
不意に耳に響くというよりは、脳に直接響く感じでエイルが言葉を発する。
(うん、大丈夫。少し驚いただけよ)
わたしが返事をすると、エイルは姿を再び現す。
「では、ここに精霊エイルと有里の契約統合の成立と契約の儀の完了を宣言しよう!」
エイルが終了を宣言した瞬間、わたしは力が抜けていくような感覚を感じてその直後に床に倒れ込む。
「有里!大丈夫か!」
間一髪で甘利先生がわたしの背中を掴んでくれたことで何とか頭を打たずに済んだ。
「······先生、ありがとうございます」
「無事でよかった。一旦、保健室で休んでいなさい」
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エイルと甘利は有里を保健室に送ったあと、二人だけで話をしていた。
「有里はどうして倒れたのか君は知っているのか?」
「おそらくは霊力の放出のしすぎだと思うよ」
それでも僕の中に疑問は残る。
彼は有里の霊力量を把握した上で確実に安全な量を推測して、霊力の扱いをマスターしなくても契約の儀を行えると考えていたのだ。
そのことを甘利に伝えると「初心者があそこまで膨大な霊力を扱ったのだから、もしかすると全力で放出しすぎたのではないか?」と指摘した。
エイルもその可能性については確かに少し有里の霊力放出速度から考えてもし普通の契約者ならあり得たのだろうと思っている。
それでも先程感じた有里の霊力量はただの人としては異常とも言えるレベルであの程度で限界を迎えたとは到底思えなかった。
その瞬間、エイルの脳裏にある違和感が浮かんだ。
僕が契約の儀の完了を確認するために一体化したときに、どこかで鍵を掛けられたかのような音が響いていた。
もしそれが有里が倒れた原因であるとするならば、おそらく魔力魔法の禁忌にあたる制限魔法の一種だとエイルは考える。
そうであれば、現状では僕に解除する手段はない。
ならば、この契約の儀での霊力消費以下でいる必要がある。
それでも、僕は一線級の騎士でも一度にこれほどの霊力を消費することは少ないことを思い出し、安全な範囲を考えて掛けられた魔法であることに思い至る。
だから、術者が誰なのか気になりはしていたが、あまり深く考えることはしなかった。
僕はもう一つの気掛かりを優先する。
「ところでさ、甘利先生は誰かが盗聴していたことに気づいてた?」
「そうだったのか?」
甘利は驚き、首を横に振り、「捕まえることは出来ないのか」と言った。
「いいや、もう逃げちゃったみたいだよ。もしかしたら、そいつが有里に魔法を掛けたのかもしれないな」
僕の呟きに甘利が答えることはなかった。
数分後、甘利が連絡していた有里の父親がやって来る。
「先生、有里は大丈夫なのでしょうか?」
外面こそ普通のすこし頑固な親父という雰囲気を出している彼|(実際そうなのだろう)が問い掛ける。
「すこし体調が悪くなっていたことと状況が特殊だったのでお呼びしただけです。もう少しでいつも通り動けるようになれるでしょう」
その落ち着いた雰囲気とは裏腹に彼の眼差しはどこか怯えていて、なにかを恐れているようだった。
「ええ、もちろん······」
その言葉を僕は遮る。
「大丈夫だよ。契約の儀ですこし霊力を使いすぎただけ。魔法を受けたけど、そこまで強いものではなくて命やこれからの有里の行動にそこまでひどい影響をあたえるものじゃなかったよ」
命に別状はないと聞いた瞬間、あからさまにホッとしたようすの彼は甘利に「ありがとうございました。これで失礼します」と言うと、僕に対して「お前も有里と契約したのだろう。ならば、ついてこい」と言って、一緒に保健室にいく。
「あ、父さん。すこし······」
「事情は聞いている。動けるならば今日は帰ろう」
有里の父親はぶっきらぼうに話を終わらせて、すぐに帰ろうとする。彼は冷酷なようにも見えるがただ不器用なだけだとわかった。
面白い人だな。そう思いつつ有里と一緒に家に帰るのだった。
契約の儀が完了しました。
監視者に制限魔法の主、彼らの目的は一体何なのでしょうか?
次回は襲撃です




