蒼獄
新田山に入るとやはりかなり暴れられているのか木々からは煙のにおいが立ち込めていて、奥に行けば行くほどそのにおいは強くなってきて炭化してしまった木々もいくつかある。
そのにおいはまるで鬼人方の手に落ちた新田山がわたしたちを歓迎していないかのようにも感じられる。
「木々が炭化していて、思ったよりも酷いですね。外からはそこまで被害を受けているようには見えなかったのに」
「推測の域を出てほしくない話ですが、幻術系の認識阻害魔法がかけられていたのでしょう」
応援に来た騎士の一人の呟きを香月さんが拾った。
その言葉を聞いてより一層みんなの顔が暗くなる。
どうしてかと言うと、幻術系の魔法は魔法の中でも治癒系と同じくらい難易度が高い魔法だからだ。
ただ、幻術系の魔法はその高度さのために扱える人物は限られて、どこかでほころびが見られるため対処の仕方は簡単だ。
多方向から観察をすればどこかしらにおかしな点が見つかる。
その異常を拾い取ることが出来れば見破れる。
香月さんも幻術系の魔法が使用されている可能性を見通して、木村さんたちや他の騎士たちに外縁部の消火活動がてら新田山の状況確認をさせていた。
しかしながら、報告には誤差の範囲内ですませられるものばかりで特筆しておかしな不整合は見られていなかったそうだった。
それなのに幻術系の使用を疑われるということは生半可な魔法使いではないことが予測される。
「予想外の事態が起こっている可能性があります。念のために今のうちから退路を確保しておきましょう」
「はっ!」
今、わたしたちが通っている道から逃げられるように燃えている箇所を鎮火しながら進んでいく。
わたしは先頭で襲撃に備えながら進み、エイルは後ろの方で鎮火の手助けをしながら進む。
時々魔獣が飛び出してくるものの下位の魔獣だったので、てこずることもなく倒している。
封印を解いた鬼人を含めて鬼人は複数いると考えていて、鬼人の襲撃に途中で襲撃されると思っていたのだが、火の手が所々で上がっているのみでそれ以外は意外なほど山の中は閑散としている。
わたしたちは進み続け新田義貞を祀っている神社で封印場所とされていた所に辿り着いたがそこには小さな社がある以外は本当になにもなく生気すらも感じられない。
「もしかしたら別の場所にいっているのかも······」
そのときだった
わたしの目には何も映らなかったが殺気を感じたような気がして振り向いた。
その先に赤い塊が映ったかと思うと、騎士の一人がいる場所に着弾して大きな音をたてる。
少し遅れてわたしは魔法が放たれたのだと認識する。
魔法を受けた騎士は地面に倒れ伏したものの、エイルが咄嗟に防御陣を展開したため重傷ではあるが、死んでいるわけではないようだ。
「お前は誰だ!」
香月さんが地に降り立った相手に声を荒らげたが、大体の予想はついているだろう。
この人こそがおそらく伝説にあった····
「我が名は蒼獄」
蒼獄と名乗った鬼人は先程の騎士に止めを差そうとしたのかもう一度火球を放つ。
「範囲防御魔法!」
「魔法補助!」
周囲にいた騎士たちが魔法による防御を行ったが、元々騎士はそこまでたくさんの霊力を持つ人は少ない。
退路を確保するための水魔法とこの防御でほとんど使いきってしまったようだ。
耐えきれると思っていた防御魔法も砕けてしまい、軽傷を負ってしまった。
「あまりにも実力差が大きすぎる」
香月さんはあまりの戦力差に圧倒されて動きを止めてしまった。
他の騎士たちもそうだ。
士気も高く、蒼獄に対しても退かずに動こうとしていたが先程の魔法を見てからは立ってはいるものの、いまにも腰を抜かしそうなほどになっていて、戦意の喪失は言うまでもなく分かる。
「エイル!みんなを退却させる手伝いをして!わたしは蒼獄を引き付けておくから!」
「ちょっと、」
困惑している香月さんを置いてわたしは向かっていく。
(危険だよ!有里だけじゃ長時間の足止めはできない)
エイルが脳内会話で話しかけてくる。
(わかってる!でも、誰かが惹き付けないと他の騎士たちが逃げられない!だから、急いで退却させて戻ってきて!)
エイルはわたしがすぐに戻ってきてと言ったことで、騎士たちが退却を終えるまで護衛をしていてと言ったわけではないことをやっと理解したようで動き始める。
「小娘、お前がやってくるのか。面白い」
「キララ!」
わたしは笑う蒼獄に対して光属性魔法を放つ。
キララは名前こそかわいく見えるが、厄介な魔法で系統としては光線銃に似ている。
光線銃と違うのは光線銃がひとつの光線を受けても被害はなくたくさんの数を受けないと攻撃として成立しないのに対して、キララは弾数が少なくなっている代わりに一つ一つが凝縮されていて一つで攻撃として成立する。
ダメージは決して多いわけではないが痛みが長引き、治癒魔法も効きにくい地味に嫌な魔法だ。
慈玖さんからは苦い顔をされて必要不可欠なとき以外には使うなと言われているほどだ。
それでもこの魔法を使った効果もあって、エイルが退却の手はずを整えて逃がす時間を確保できた。
「ファイアーランス」
「氷壁」
キララから抜け出した蒼獄は騎士にはなったときよりも格段に強い火炎でわたしを攻撃するが氷壁によって防いだ。
やっぱり、魔法の格は蒼獄の方が圧倒的に上だ。
木属性の魔法ならなんとか同じくらいの格の魔法を使えるかもしれないけど属性の関係で負けてしまう。
それならば少し格が落ちる魔法でも、炎属性に対して氷属性が持つ属性的な相性の優位さを利用して戦った方が勝率は高いだろう。
そう考えたわたしは蒼獄の魔法に対しての防御に関しては少し格の落ちる氷属性防御魔法を攻撃は炎属性との間で属性の相性の関係をほとんど持たない光属性魔法を中心にしてエイルが来るまでの時間を稼ぐ。
より霊力を消費してしまうことになるが絶対に御影刀"彩月"による近接戦闘を行わなかった。
理由は近接戦闘ならば確かに霊力の消費は抑えられるかもしれないがその分相手からの不意の魔法で負けてしまう可能性も高くなるからだ。
特に蒼獄のように魔法の方に秀でていて有里よりも圧倒的に強く、近接で有里が圧倒できるわけでもない相手では魔法戦の方が時間稼ぎには優れている。
エイルが戻ってくるまでの時間を有里はなんとか堪え忍んだのだった。




