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白銀の聖霊騎士  作者: 桜海冬月
第一部 
34/70

蓬菊隊の双璧 その壱

ご覧いただきありがとうございます。

有里たちがハイウルフと戦っている頃、紫馬簾慈玖が迫り来る魔獣を一刀の下に切り伏せていた。

魔人たちの活動があるといってもその大半は魔獣を使役している魔人によるものであり魔獣との戦いも大きな割合を占める。

魔獣とはいってもホーンラビットのような弱いものを討伐するのは蓬菊隊ではなく騎士団や狩人たちの仕事だ。

蓬菊隊が請け負う魔獣討伐には有里が現在新田村周辺で交戦しているハイウルフと同格もしくはそれよりも上位の魔獣が大量に出現する。

先ほど慈玖が切り伏せた魔獣も一級に相当するような魔獣であり、エイルが苦戦の末に打ち倒したウルフロード級の力を持つ。


「慈玖、そちらはどのような感じだ?」


蓬菊隊の幹である鹿島建雷が問う。


「いつも通りだ。数が多いが相手の質的にはいつもの任務よりも少し落ちている」

「それはこちらも同感だ。何体か強そうな個体もいるようだが鬼帝がいるかどうかは怪しいな。少なくとも月夜は来ていないと思う」


鬼帝とは蓬菊隊が敵対している鬼人や魔人たちのまとめ役のようなものであり、この国に対して様々な災厄をもたらしている。

月夜は長生きしている者が多いとされている鬼帝の中でも永い時を生きており、経験、実力ともに鬼頭である獅子堂恐極に次いで鬼帝たちの中でも一番と言われているほどの強者だ。

慈玖は月夜と数年前に一度相対しており、戦って唯一生き残った蓬菊隊の幹として、蓬菊隊の中心人物になるきっかけとなった。

しかし、慈玖からしてみればあの時は運が良かったから止めを刺されずに済んだものの、自分の全力を尽くしても相手に全力を出させることも出来ずに負けてしまった苦い経験でもある。

今は当時は取得していなかった溶滅斬(メルト)を使うことが出来るようになったといってもまだ勝てるかは五分五分でしかないと慈玖は考えている。


「そうだろうな。月夜が居たとしたらもっと規律のとれた動きをされて苦戦をしていたはずだ」


月夜が確認される場所での戦いは本来慈玖や建雷にとってそこまで脅威ではない魔獣や魔人でも侮れない動きで翻弄されて感覚的には相手は一段階強さが上昇している。


「そんなことよりも早く終わらないのか?東に行きたいのだが」


そう呟く慈玖に対して、建雷は驚きの表情を見せる。

建雷だけでなく蓬菊隊内外のほとんどの人からの慈玖の評価は真面目で優しいというものであるから、そのようなことを聞いたという人は一人もいないが、建雷はその言葉の理由に思い至る。


「そんなに天草有里とやらの事が心配なのか?」


建雷は数日前に南海地方の任務に行った千里を見送りに行ったときに、慈玖の実質的な弟子であり嗣弟子候補と言われている有里についての話を聞いていた。

ここに来る途中にも陽菜から同じように話を聞いている。

嗣弟子どころか弟子をとっていなかった慈玖が気に入るのも理解できるほどの才能を秘めているそうで、もし自分が先に会っていたら自分の弟子にしていた確信が建雷にはある。

だが、それは慈玖が帰りたいと思う理由には繋がらなかった。

慈玖と建雷、陽菜たちが任務に出ているように有里自身も今はハイウルフ討伐任務に出ているのだと聞いている。

二級隊士である有里に対して、B級以上のハイウルフの群れでは荷が重いような気もするが、有里にはエイルという中位精霊が付いているそうなのでなんとかなるような気が建雷にはしている。

それに、騎士団からも()()()()()こと一色憲実が派遣されたそうだからなおさら心配要素は少ないはずだ。


「よくわからないが胸騒ぎがするんだ。なにか不吉なことが起こるような」

「帰してやりたい気持ちもなくはないが今は難しいな。ここにはお前にしかできないこともある」


建雷は前方の集団を見て言った。

その集団の魔物たちは生きているとはとても思えないほどの雰囲気を漂わせる魔物、つまりアンデッドであった。

そう、慈玖にしかできないこととはアンデッド系モンスターへの対処である。

アンデッドは物理攻撃では死ぬことがなく、討伐するには聖属性魔法もしくは聖浄化魔法を使えなければいけない。

とても稀少な聖浄化魔法はもちろん使える人がここにはいないが、聖属性魔法も蓬菊隊で使える人は慈玖や有里を始め10人程度しかいない。

そのほとんどが治癒系の能力のみを持つ人であり、現時点で攻撃系の聖属性魔法を使うことができるのは慈玖ただ一人だ。

アンデッド系モンスターは鬼帝の支配を受けないのかこのような場ではほとんど出てくることがなく、発生しても少数であることがほとんどであるため、騎士団所属の魔術師や帝国やフォーンバーズ王国などといった他国からの救援を要請して対処してもらうこともできる。

しかしながら、任務に直接的に影響の出る形で発生しているアンデッドは滅多になくそのような場合には慈玖が対応するのが基本であった。


「今回は運が悪かったな」


建雷がこう言ったのには理由がある。

実は厳密に言えばもう一人、聖属性魔法を使用できるわけではないが特殊な燁幽術を持っていてアンデッド系を討伐することのできる蓬菊隊隊士は存在している。

名を川藤七瀬(せんどうななせ)言って、慈玖たちと同じく蓬菊隊の幹の一人だ。

しかし、建雷が言った通り今回はたまたま南海地方でもアンデッド系が発生しており、千里ともう一人の幹、桜田いちごと共に行ってしまっている。

時期的に七瀬が向かったタイミングを見計らったかのような新たなアンデッド系の発生であることも慈玖の胸騒ぎの原因のひとつとなっている。

幹もしくは元幹の中の誰かを有里の補助役としてつけてもらえるように調整をしようとしたのだが生憎、山瀬は北山地方へその他の候補者も同時多発的に起こっている魔人の活動活発化の対応に追われている。

普段は梅島及びその周辺の守護を請け負うための半独立部隊の梅島守護団の団員も動員されてしまってはいくら蓬菊隊での発言力が大きい慈玖でも口を挟むことはできなかった。

慈玖も現状が余裕があるわけではないと理解しているので、「わかっている」とだけ呟いた。


「少しでも、早く向かえるようにがんばるか」

「そうだな。広範囲浄化(カタルシスフィールド)


次の瞬間、前方に広がっていたアンデッドの大半が浄化されるか動きを止めた。

広範囲浄化(カタルシスフィールド)はその名の通り広範囲のアンデッド系を浄化する魔法で効率的に考えるならば慈玖の持ち得る魔法の中でも一番アンデッド系の浄化に向いている魔法ではあるがひとつだけ大きな問題を抱えている。

それはとても現実的なもので、霊力の消費量が異常に多いということだ。

本来、浄化魔法や治癒魔法は聖霊力魔法に分類されている。

だが、聖霊力を持つ人は数が少なく、ましてやこれほどの魔法を行使できるほどの聖霊力量を持っている人となればとても希少だ。

ちなみに慈玖の近くには自分を含めて聖霊力量が多い人が何人もいたため周囲の人よりも稀少さの感覚が薄い。

とにかく聖霊力はとても稀少なため、多くの魔法研究者たちが彼らの頭脳の髄を集めて魔力と霊力で聖霊力を代替するために魔法術式の変更や霊力及び魔力による治癒魔法等の発明を試みた。

その結果産み出された魔法は聖霊力での魔法発動の数倍から数十倍の量の霊力での治癒魔法と対単体に限る浄化魔法だ。

しかしながら、聖霊力でも高度な聖霊力魔法の消費量は多いので、余程霊力が多くない限り治癒魔法の行使もできない。

慈玖は一人の聖霊力では一回分の広範囲浄化(カタルシスフィールド)が限界であるため、一度目は豊富にある霊力で先に魔法を行使した。

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