精霊について
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あれから数年の時が経ち、わたしは神楽坂学院という教育機関に入った。
扉を開くとかららんと扉につけてある鈴の音が鳴り、甘利先生がこちらを振り向いた。
既に甘利先生は来ていたようで、こちらに座るように手招きする。わたしは会釈をしてから先生に勧められた席に座り前を向く。
「相談事があるそうだな。悩みでもあるのか?」
わたしはここ最近の謎の声のことと一人の所でも聞こえていることを話す。
「実はここ最近、人もいないのに耳元で声がすることがあるんです」
特によく声が聞こえているのは図書館にいるときや勉強をしているときで、集中が途切れてしまう。
それに、見えていないから返答しようにもどこを向いたらいいのかわからないし、第一返ってくるかわからない。
先生は「なるほど」と呟いたあと、記憶の中を探るように考え込み、一分ほどたったあとにいくつか近いものを挙げてくれたがどれも少し違う気がした。
そのあとも平行線のまま話が続き、諦めかける。
「これも違うのか。他にあるとしたら、相手に幻覚を見せる魔獣?どこら辺でその現象になったんだ?」
「図書館の中とか家の中とかですね」
現象に遭う一ヶ月前までに町を出たか聞かれたが出ていないと答えた。
「なら、魔獣ではないな。魔獣は町の結界に弾かれるからな」
わたしもよくわかっていないのだが、この町には魔獣避けの結界が張ってある。そのため、町の中で生きた魔獣を見たことはほとんどないし、町の中で幻覚系の魔法にかかることもない。
割と自信があったようだった魔獣説が否定されたことでお手上げ状態になっているようだった。
「先生でも分からないのですか。まあ、特に被害があるわけではないので大丈夫ですよ」
これ以上悩ませるのはちょっと悪いかなと思いつつ席を立ち、扉を開いて退出しようとしたとき、
「ああ、ちょっと待ってくれ。もう一つあった気がしているんだ。もう少し考えさせてくれ」
甘利先生はもう一つあるかもしれないといった。
わたしは特にこの後予定もなかったので、頷く。
ほかにもいくつか話すことがあったようで先生は他の例を探しながら、前回の中間テストの話やこの前一緒に行った山の話をしたりして待つ。
「精霊では?精霊ならば姿をみせないこともでき、一人の所で声が聞こえることも全く不思議ではない」
甘利先生はやっと思い出せたという表情で少し早口になりつつも精霊の可能性を指摘した。
「先生、精霊とはどういうものなのでしょうか?」
わたしが精霊について知らないことを忘れていたのかすこし驚き、「まぁ、今では知らない人の方が多いのかもしれないな」と小さく呟き精霊について説明する。
その説明によると、精霊とはヒト族が生まれる遥か昔から存在していて、気まぐれで人を始めとしたこの世界の生き物を助ける不思議な生命体で有名な古木や神聖とされるものはほとんどが精霊が依り代としているものらしい。
ただし、それは上位存在のみで基本的には世界中にいて気に入った人間やエルフなどの知恵ある種族と契約して力を与えるそうだ。
「親族に精霊と仲が良い人がいたりするか?」
親族に精霊に近い人がいるということはわたしも精霊に好かれやすい体質の可能性があるというわけであり、さらにその親族の精霊がわたしに話しかけている可能性もあるらしい。
「そういえば、前に母親が精霊と契約していると聞いたことがあるような気がします。まあ、もう居ないんですけど」
そう、わたしの母親はいない。
離婚したりして居なくなったのか、もう死んでしまったのかは父さんやおばあちゃんたちに聞いても誰も教えてくれなかったけど、母方の祖父母や親族と父方の親族が今も仲がいいからそういうことなんだと思っている。
「そうか。悪いことを聞いたな」
甘利先生は心底申し訳なさそうな顔で謝る。
「別に大丈夫ですよ。それよりも精霊についての情報ありがとうございました」
「精霊については俺もそこまで博識ではないからな。俺も調べておこう。気を付けて帰るように」
そうして、扉を閉めて家に帰った。
夕食を終えて、わたしとおばあちゃんと父さんは向かい合っていた。
「で、話とはなんだ?有里」
精霊のことが気になったわたしは父や祖母に聞いてみることにした。
「あのね、お母さんってどんな人だったの?」
途端にみんなの顔が曇る。やはりあまり話したくないことなのだろう。
「ひより、お前のお母さんは優しい人だった。例えるならばもし誰か死にそうな人が居るときに、自分の命を引き換えに助けてやると言われれば迷わずに命を差し出す。それくらい優しくて、仕事に関しても他国の貴族に気に入られて指名されてお菓子を作りに行くような優秀な人だった」
初めて母のことを知った気がする。
父さん、おばあちゃんもお母さんのことを悪く思ったりしている様子は全くなくむしろ大好きなようで、最初は重かった口も話が進むに連れて軽く、昔懐かしむような感情が漏れだしていた。
「じゃあ、そんなに優しかったお母さんがどうして居なくなったの?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「それは言えん。教えて貰えなかった。何でもひよりとの最後の約束なんだそうだ」
父さんはお母さんの今については何度聞いても頑なに教えてくれず、知っている人が誰なのかも教えて貰えなかった。
おばあちゃん達も知っているのかは分からなかったけれど、知っていても教えてくれなさそうなのだけは分かった。
「お母さんは精霊と何か関係があったの?」
一番気になっていることを聞いてみると、みんなが驚いたように口を開けて少し固まる。
「有里、お前何故それを知っているんだ?」
父さんが逆に質問を投げ掛けたので、わたしは最近周りで人もいないのに話しかけられることが続いていること、それを先生に相談したところ、近い親族の誰かに精霊と関係が深い人が居るのではないかと言われて、お母さんが精霊と仲が良かったといつか聞いていた気がすることを思い出したことを話した。
「そういうことか。それは確かに精霊の可能性が高いな。にしても学校の教師が精霊についてそこまで知っているのは珍しいな。ああ、その通りだ。ひよりは精霊に愛されていた。そして、有里。お前もひより曰く、精霊に愛されているそうだ」
「じゃあ、お母さんと仲が良かった精霊が今もわたしのところにいて、話してきているの?」
「いいや、それは違うと思う。ひよりと契約していた精霊はひよりが居なくなってから姿を消していて行方知れずだからな」
「行方知れず?」
「この件に深入りしてはいけない。だが、お前が話しかけられているのは別の精霊だろう。悪意があるものではないだろうから安心するといい」
お母さんが行方知れずと聞いて、わたしは問い詰めようとしたがおばあちゃんに制止される。
「もう遅い時間だから寝ましょうか」
「そうだな、明日も学校があるだろう」
時計を見ると、すでに時計の針は二本とも下り始めていた。でも、それよりも大事なことがある。お母さんがいない理由がわかりそうな気がする。
「有里に夢の神の御加護がありますように」
父さんが一瞬光った気がして、心地よい眠気が襲ってきた。
「おやすみなさい、父さん」
「おやすみなさい」
雪で遊ぶ少女と雪を降らせている精霊の夢を見た。少女が誰なのかわからないけれど愛すべき人のような気がした。
次の朝目覚めたときには昨日父さんに聞いた話の内容がよく思い出せなくなっていた。
有里の父の清治は誰も居なくなったリビングでお酒を飲んでいる。飲んでいるのは、昔ひよりとよく飲んでいた果実酒だ。
「いるんだろ、そこに」
清治はずっとそこにいることに気づいていた。そう、仕方なかったとはいえ、娘に清治が嘘を話すことになった原因である精霊に。
「よく気づいたね。あたりだよ、清治」
「ひよりと出逢ってから10年以上ずっと一緒に居たんだから気付かないわけがないだろ。なぁ、銀華」
銀華はひよりと契約している精霊でひよりの初めてにして一番の友達である。
銀華はひよりの願いを聞いて、影でひよりがここに居られなくなった理由から有里を守っていたのだ。
「有里はお前に気付いていたようだが、まだ姿を現す気はないのか?」
「いいや、それは僕じゃない別の精霊さ。第一、清治は有里に対して身を隠して影から守っている僕がわざわざ声に出したりするようなヘマすると思っているの?もしそうだとしたら心外だなぁ」
それを聞いて清治は納得する。
······確かにこいつがわざわざそんな馬鹿みたいなことをするとは思えない。
「では、その精霊も有里に害をなすことはないか?」
「もちろん。今のところはそのような雰囲気はないし、一応殺傷魔法の妨害魔法陣も仕掛けてあるからね。それに有里が彼との契約に至るまでは目を離すつもりはないよ」
「フッ、契約しようがしまいがどうせ目を離すつもりなど毛頭ないのだろう?」
清治はこのような言い方をしたのだが、本心としては精霊の一生で何人も契約しているはずの銀華が数ある中の一契約者でしかないひよりとそもそも契約すらしておらず、いくら懇願されたとしてもやめようと思えばいつでもやめて良いはずの有里の安全維持をずっとしてくれていることにとても感謝しているのだ。清治は口下手であった。
「俺の大切な人たちをずっと守ってくれてありがとう。······ミスト、お前には感謝している」
それを知っている銀華は不意に清治が人間であれば聞こえないほどの小さな声で呟いた言葉に気付きつつも知らないふりをする。
これがもしひよりだったならば笑顔で「どういたしまして」と返していたのだろう。
二度と聞くことの出来ないだろうその声
二人とも思い出してしまったのだろう。重い空気が流れている。二人ともあの場に居ることが出来ていたとしても何もできなかったことはわかっている。どうしようもなかった。
圧倒的な力の差があったのだ。
「ではもう寝るぞ。じゃあな」
気を紛らわすようにして清治は残っていた果実酒を飲み干して、手を振りながら自室に戻っていく。
「ボクはもう泣かないからね、ひより。そのために力を求めたんだよ。次は君の大切な人を必ず守ってあげる。だからいつか帰ってきてね。何十年後、いや何百年後でもいいから」
銀華は契約者であり大切な親友の形見を守るためにまた闇夜に紛れるのだった。
ご覧いただきありがとうございます。わたしが投稿している短歌を読んでくださっている方以外は初めましてですね。
この作品は元々読みたいと思えるものに出会えなかったときに頭の中で創作して楽しんでいたものを文字起こししたものです。語彙力がまだまだ未熟なため上手く言葉に表しきれていませんが、勉強も平行して進めていきたいと思います。頭の中で考えている期間が長かったのでこの後の流れだけはかなり先行して進んでいます。頑張って本文も進めていこうと思っていますので応援よろしくお願いします。
第二話は明日の正午に投稿する予定です。