修行と交渉 前編
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わたしが慈玖さんとの交渉を成立させたあと、会議は解散となる。みんなに続いて席を立ち帰ろうとすると山瀬師匠に止められる。慈玖さんと一緒に。
「お前たち、今から有里の家に行くとせんか?交渉を早いうちに済ませて御菓子作りを進めてもらわんと困るじゃろう」
確かに、外国から来る使節団を1つのお菓子屋さんだけでもてなすのは御菓子をお菓子をそこまで食べる人たちではなかったとしても大変だろう。それに今回は出されるお茶の品種に合わせて改良する仕事も残っているのだからなおさらだ。
「そうですね。まだ日も高いですから行きましょうか。有里、お父上は今日いらっしゃいますか?」
「今は明日の仕込みを行っている最中でしょうけど、いるとは思いますよ」
「ならば問題はないな。千里!お主はエイルに魔法と幽術の稽古をつけておけ。そして、陽菜は付いてこい」
「!······わかりました」
千里さんは山瀬師匠に名前を叫ばれてから一瞬ビクッとしていたがエイルに稽古をつけろ、と言われたあとはにっこり微笑んで了承する。その顔がどこか安堵していたように見えたのは間違いだろうか。
山瀬師匠は現役時代から魔法がほとんど使えなかったらしい。ただ、その身体能力と戦闘センスは超越していて燁幽術と組み合わせることで当時の最強の一角を担っていたらしい。
「慈玖よ、あの魔法を有里に使え」
「······わかりました。有里、今から体が重くなるから飲み込まれないように気を付けろ」
慈玖さんは省略詠唱を行う。終わった途端にわたしの頭を除く体全体が本物の鎧をつける体験をしたときのように重くなる。
この魔法をわたしは知っていることに気づく。確かこの魔法は身体強化魔法の反転バージョンだ。この魔法は魔法の中では結構メジャーな方で効果は弱化魔法に似ているが弱化魔法は相手を弱めるだけなのに対して身体強化魔法の反転バージョンは対象に直接ダメージを与える。
例えば、体を軽くする強化魔法ならば反転すると体が重くなる。弱化魔法ならば動きが遅くなる程度ですむのだが、反転していると魔法の力を強めれば重力が何倍にもなり最終的には押し潰されてしまう。
用途としては、果汁を絞り出してジュースを作るときやジャムを作るとき、金属を薄く広げるときなどに使われていて対物での使用に関しては以外と難易度が低く一般でも広く使われている魔法の1つだ。
ただし、自律行動するものに対する使用に関しては圧倒的に難易度が高くなってしまうため、殺人などに使用されることはないので安心してほしい。
というか、使えていれば今頃とっくに禁忌魔法に指定されて一般人は知らないか、この世から人間が全員圧死で消滅していると思う。
「有里、今お主に慈玖がかけた魔法は体の重さが二倍になる魔法だ。初めてだから少し軽めで行うがいずれもっと強くする予定だ。今日の稽古はこのままお主の家に行ってからワシがもと住んでいた山まで歩いていくことだ。余裕があるならば走ってくれても構わないが」
山瀬師匠が重さを指定した瞬間に体が一気に重くなってくる。どうやら先程までは重さを決めていなかったため少しだけ重りをつけたようになっていただけみたいだ。これで軽めとは思えないがこれが蓬菊隊のスタンダードなのだろうか?
絶対に走るなんて無理!
「いいえ、歩かせていただきます!」
「慈玖、今から有里の家に赴く者全員に反転身体強化魔法を掛けろ。陽菜は7倍で、お主はそろそろ次の段階に進んでもいいだろう。18倍じゃ。ワシには33倍で掛けるのだ」
慈玖さんが魔法をかけると同時に陽菜が下に向けて倒れる。これでは陽菜が圧死する!
わたしは慈玖さんに解除するように言ったが、慈玖さんは「問題ない、陽菜は立ち上がれる」と言った。
言葉通り、陽菜はそのあと30秒ほどかけて少しずつ立ち上がる。
「どうやって、陽菜は立ち上がったんですか?」
「身体強化魔法を使ったんだ。もちろん、私も使っている」
反転で重くなった体に身体強化をさらに足すことで、相殺するという訓練もかねているので使えるのならば自由に使っていいらしい。
この際に注意するべきなのは身体強化を足し合わせるようにすることで掛け合わせてはいけないということだ。数学の計算で表すと普通の強化はプラス符号で反転はマイナス符号だ。マイナスにプラスを掛けてもマイナスのままにしかならない。しかも、倍率が大きいとすぐに桁違いの重力を受けることになる。つまり圧死する。
「山瀬師匠も身体強化は使えるのですか?」
山瀬師匠は魔法が苦手だといっていたはずだ。
「考えない方がいい」
慈玖さんの言葉でわたしは山瀬師匠が素であれなのだと悟った。33倍の重力で平然としているなんてもはや人間ではないのではと思ったのは仕方のないことだと思う。
わたしの家に向けて、歩いていた。立っているだけの時は姿勢を保つことができていたのだが、いざ歩き始めると差し出した足にも重力が強くかかるので何度もバランスを崩してよろけた。
そのため、いつも家に帰るときの三倍は優にかかった。慈玖さんもさすがに18倍はきつかったのか途中途中休憩をとるようにしていた。
「そろそろ着きます。ハァハァ、······横にお菓子屋さんがある家がわたしの家です」
「着いたか。慈玖、一度解除していいぞ」
「ありがとうございます。解除」
重りがとれてもとの重さに戻ったがまだ重りをつけていたときの感覚が残っている。そして、少しだけ体が軽くなったような気もする。
陽菜は力尽きたのか横に倒れ込んでいる。倒れ込んだ陽菜をすかさずついてきていた爆炎が抱える。
「ありがとうね、爆炎」
「我が主を助けるのは当然のことです」
「とりあえず家の中に入りましょう」
わたしはみんなを家の中に案内する。玄関を開けるとちょうど仕事を切り上げようとしていた父さんが足音が多いことに反応してやってきた。
「おかえりなさい、父さん。居間を少し使うね」
わたしは視線で陽菜の方を指す。父さんは言葉の意味を理解したのか、お店に出していてまだ売れていないお菓子やお茶、陽菜が横になるための敷物とクッションを持ってきてくれた。
陽菜を横にすると、父さんはお茶とお菓子を堪能している慈玖さんと山瀬師匠を見据える。
「陽菜さまのことは存じ上げているのですが、あなた方はどちら様でしょうか?」
父さんはいつもは敬語を使うことはないのだが、貴族相手にお菓子を売っていたときの名残なのかお客さんや店に来た初見の人物には基本的に敬語になってしまう癖がある。
みんながあまりにも自然に対応するので忘れていたけれど慈玖さんの服装は上級貴族といっても過言ではない身だしなみをしていて、居立ち振舞いも優雅で貴族と全く同じ作法を身に付けている。そのため、余計に父さんは貴族相手の敬語を使うようにしているのだろう。
「私は紫馬簾慈玖。もしかするとあなたにはジク・ルナ・リアステルと名乗った方が良いかもしれませんね。今は有里の名目的な兄弟子、いずれは師匠となる者です。そして、こちらは私の師匠でもあり、現在、有里の名目上の師匠を務めるものです」
父さんはリアステルという名字とルナというミドルネームを聞いて少し手の位置を変えた。
最後の方ですが急に進めてしまい申し訳ございません。書いていたときに本筋がほとんど進んでいないことに気づいたので最後に一気に進めました。
次回はたぶん第一章の一番大事なところが始まると思います。
個人的な話ですがVチューバーをいつかやってみたいです。そして、お友達がほしいです。現実世界でお友達を作るのは短歌にも詠ったことがありますが苦手なので。
では、お元気で!




