過去との共存
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わたしが13歳のときに柊冬花だったときの記憶を完全に思い出した。
厳密に言えばセレーナのことは覚えているけど、そのときに話していた内容はあまり覚えていなかったり一部不完全なところはあるけど人間、すべてを覚えていられるわけがないし、曖昧だった人間関係や詳細がほとんど繋がったのでこの辺りがわたしの覚えていられる範囲なのだろう。
それまでも断片的に記憶を思い出してはいたけれど、物事の大筋を思い出しても人の名前や詳細な状況までは分かっていなくて、どっちもわたしの記憶なはずなのに二人が混じったような心地になってよく気持ち悪くなっていた。
そのたびに体調も崩して寝込んでしまってこっちの世界の父さんにも心配させてしまっていたため、10歳くらいの頃に父さんにはわたしが異世界からの転生者だと打ち明けた。
気味悪がられるかなとも思ったけど、父さんは不思議に思うほどにすんなりと受け入れてくれた。
流石に自然すぎたので一度、どうして疑ったり驚いたりしないの?と聞いたことがある。
すると父さんは「君がたとえ前世の記憶を持っていたとしても、有里が有里であることに、私の娘であることに変わりはないだろう?」と温かく言ってくれた。
そのときは本当に嬉しくて、父さんの娘でよかったと思った。
あとで教えてくれた話によると、父さんがわたしの言ったことをすんなりと受け入れられたのにはもう一つ理由があったらしい。
父さんはお菓子職人をしていて、若い頃に一人前になるための修業をするため、フォーンバーズ王国という海を渡った先の国に滞在して、その地で有名な職人のもとで学んでいたことがあるそうなのだが、実は父さんが修業していたお店の親方が転生者だったそうだ。
その親方は周囲に自分が転生者だと言い触らしていたわけではなく、父さんを特に弟子として気に入ってくれていたそうなので教えてもらう機会があったそうだが、そのときに親方から他にも転生者がいるはずだと言われていたらしい。
そのため、わたしが記憶が断片的に戻っていたときに発していた父さんにとっては意味が分からない言葉を聞いて、もしかしたら、と予測をしていたそうだ。
なんにせよ、受け入れてもらえてとても安堵したものである。
過去の回想を終わらせてから今の状況に戻ろう。
わたしは数日前に件の記憶復活のときに倒れてから三日間ほど寝込んでしまっている。
父さんには記憶の状況やセレーナとの話で唯一覚えていた記憶復活の予想年齢から次に寝込むときで記憶が完全に戻るかもしれないということと、それに伴ってもしかしたら長くなるかもしれないということも伝えている。
そして今は、報告のために父さんと相対している。
「父さん、わたしの前世の記憶が完全に戻ったみたいだよ。まだ不完全な部分もありはするけど、曖昧だった他人との繋がりもはっきりと思い出してたからこれ以上は思い出せない気がする」
「······そうか」
お父さんがどこか寂しそうに見える。
「どうしたの?」
わたしが聞くと父さんはわずかに重くなったように見える口を開いた。
「有里は戻りたいとは思わないのか?」
「どこに?」
わたしは父さんの言葉の意味がわからずに思わず問い返した。
「君がもといた、異世界の家族や友人のもとに、だ」
補足の説明を聞いてやっとわたしは意味を理解した。
父さんはわたしが完全に記憶を取り戻したことで、わたしが故郷の日本に戻りたくなっているのではないかと心配しているらしい。
「思わないよ」
わたしの言葉を聞いた父さんは鳩が豆鉄砲を食らったような表情で今までわたしに見せたことがないくらいに大きく驚きを見せた。
「確かに会えるなら会いたいとは思うけどそれは父さんと二度と会えなくなっても会いに行くほどじゃないよ。だってわたしは今は柊冬花じゃなくて天草有里だもん」
そもそもわたしが転生してくる前はわたしには両親がいなかった。
正確には生まれる前からいなかったのは事故で死んでしまったお父さんの方でお母さんはわたしが二歳になる直前くらいに白血病で亡くなった、と教えられた。
それからは伯父さんに引き取られて暮らしていた。
もし、育ての親というべき人がいるとしたらこの人とお母さんの後輩だろう。
お母さんの後輩は名前を菜緒さんといって、お母さんのことが大好きでとても尊敬していたそうだ。
そのため、わたしが一人になったときは老齢もしくは二十歳を過ぎたばかりの人が多かった親族よりも率先して(菜緒さんはそれよりも若い19歳だったわけだが)引き取ろうとしていたらしい。
流石に成人もしていない人に任せるのは収入的にもその他の面でも厳しいという意見と親族で伯父さんが引き取り人として手を挙げたことで叶わなかったが、伯父さんに引き取られてからも毎日のようにお世話をしに来てくれた。
というか、あれはもう住み着いていたといっても過言ではないくらいだ。
わたしもお母さんのように感じていたが菜緒さんは絶対にわたしが菜緒さんのことをお母さんと呼ぶことを許可しなかった。
いつの間にか伯父さんと結婚して戸籍上は親子関係ができてからもだ。
菜緒さんがお母さんのことをずっとわたしに教えて褒めていたことからも分かるように、尊敬しているお母さんのことを忘れてほしくなかったのだろう。
二人は本当の親のように大切にしてくれたから会いたいという気持ちはもちろんあるし、もっと一緒に暮らしていたかった。
伯父さんともっと高い山に登ってみたかったし、菜緒さんともっとたくさん買い物に行ったり、二人で恋の話をしたりもしてみたかった。
三人で一緒にキャンプに出掛けたり、菜緒さんが大好きな水族館にももっと行きたかった。
「わたしたちは先輩と月彦さんの五人で家族だよ。どこに行ったとしてもずっとそれは揺るがない。だから、どこに行っても幸せに生きること。これだけはみんなで約束していよう!」
不意に菜緒さんの言葉が脳裏によみがえる。
これはわたしと伯父さん、菜緒さんの三人の間でずっと約束していることだ。
「会えなくても、わたしたちの心のなかに先輩も月彦さんもいるし、同じように春樹さん、そして冬花もわたしの心のなかにいるんだよ。もちろん、冬花たちのなかにもね」
そうだよ。ずっとわたしたちは家族なんだ。
会えなくなったとしてもそれは変わらないし、心にはみんながいる。
······いつか会いに行くよ!だから、歩みを止めないでね。五人でいつか、また一緒に会うときに語り合って、笑い会おうよ。
どんなときでも底抜けに明るくてわたしを幸せにしてくれた菜緒さんの声が聞こえたような気がした。
「ありがとう」
「そうだな、冬花を育ててくれたみんなには感謝してもしきれない。代わりにこれからは俺が冬花も有里も守って生きていこう」
そうして、わたしたちは自然と抱き締め合った。
わたしの涙をぬぐいながら、父さんは誰かに誓いをたてているようだった。
その思いの先に誰がいるのかは、わたしにはまだわからない。
この日、一人の心のなかにわかれて存在していた柊冬花と天草有里は名実ともに一人になることができたのだった。
第一部を終わらせたあとにでも菜緒たち、残された側の人の話の話を作ろうと思います。