転校生 前編
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今日の放課後に図書館に来るように甘利先生を通して伝えられた。
用件は慈玖さんの師匠の弟子になれるかの交渉結果のことだと思う。
慈玖さんは自信がありそうだったし特に心配はしていない。
それよりも大事なことが今起こっている。
「今日からこの学校に転入してくることになった夏目美佳さんだ。みんなも仲良くするように」
甘利先生の紹介のあとに、少女がゆっくりと教室のドアを開けて入ってくる。
美佳はキャラメルブロンドのキレイな艶のある髪色で目は瞳孔が少し赤みがかってルビーを嵌め込んだような雰囲気になっている。
顔のパーツもとても整っていてその目の色も相まって異国情緒を醸している。
わたしもアイスシルバーのようなシルバーアッシュのような髪色と二色に分かれた目のせいもあるのか異国の人だと見間違われることが多いのでどことなく親近感が湧く。
「初めまして、夏目美佳です。好きな食べ物は甘いお菓子、好きな教科は歴史です。仲良くしてくれると嬉しいです」
美佳は思ったよりも大きく明るい声ではきはきと言った。
多分これでクラスの女子の半分くらいは落ちたと思う。美しくもあるけど何よりかわいいのだ。
身長はいたって普通なのだが見せている笑顔が幼く見えるので、妹のような存在として認識されているだろう。
「では、美佳は有里のとなりの席に座るように。ほら、あの銀髪の子が有里だ」
甘利先生に促されて美佳がわたしの席のとなりにやって来る。
「こんにちは。仲良くしてくれると嬉しいな」
「こちらこそよろしくね。歴史が好きなのはわたしと一緒だね。好きな歴史人物とかいる?」
「私は桜陽皇主皇后です。あの人がいたから今のこの国があるわけだし、何よりも皇后になる前の詳細が全くわかってないミステリアスさがちょっと惹かれるんです」
「そういえば今日がちょうど皇主桜陽の治世の時代の話だったはずだよ」
わたしの言葉に美佳は喜びをあらわにするかのように今までよりももっと笑顔になる。
桜陽皇主皇后は歴史の中でも最重要人物の一人だから一時間すべてを使って話されると、いつだったか甘利先生が言っていた。この高校だけでなく都にある貴族のための学校や幾つかある高校でも同じらしい。
そして、わたしが転生者だとほぼ確信している数少ない人たちの中の一人でもある。
わたしたちは歴史の準備を済ませて甘利先生が来るのを待っていた。
桜陽皇主皇后は信者が多いというだけあっていつもとは全く違う雰囲気をまとっている人が数人見受けられる。
もしかしたら美佳が転校生としてやって来たからかもしれないけど。
甘利先生が授業開始の合図の低い音のする鐘の少しあとに教室に入ってくる。
礼をして授業開始の挨拶を済ませてから、全員が席につく。
「今日はみんなも知っているだろうが桜陽皇主皇后の話をする。いつもならば授業途中の質問を受けるように言っているが今日は質問は放課後に集めるプリントのみで受けるものとする」
本来ならば日本にいた頃とは違ってこの世界の教育機関、少なくとも神楽坂高校では生徒が主体的に学べるように先生から議論や質問を行うよう喚起される。
今日は桜陽皇主皇后の話をすると一時間で終わるかどうかギリギリなことや質問を受け入れると話が進まないため質問を受けないようだ。
甘利先生は授業を始めた。まずは皇主桜陽についてだ。
皇主桜陽は大改革を行った人物として知られている。
政治面では今までは貴族にのみ独占されていた政治に関わる資格を科挙という仕組みをつくって平民にも門戸を開いた。
この科挙のシステムは桜陽皇主皇后の入れ知恵だとも言われているので、余計転生者のにおいがする。
それだけでなく、男女の平等化を進めて貴族出身ではあるが女性を初めて大臣に登用し、聡明なる皇后を自分の秘書官として意見を柔軟に取り入れていった。
「また、皇主桜陽は優秀な薬師としても有名で植物にも造詣が深く薬草になる植物をなんと87種も発見している。特に発見した薬草の一つであるヨモギ草はポーションにはなくてはならない存在だ」
ポーションとは怪我の治癒などに使われる薬の中で特に薬師が特殊な製法を用いて調合するものだ。
薬とは違い病気の治癒に使われるものではなく、傷などに直接作用するそうだ。
ちなみに薬師を名乗るための基準は極めて高く薬師を目指す人は高校を卒業して都の薬師養成所に入るのが通例となっている。
それを国王として執務をしながら獲得するのはとても困難で皇主桜陽が皇后に支えられただけではなく自身も優秀だったことがわかるエピソードだ。
皇主桜陽の話は五分くらいで終了する。
今日のテーマは文化などなので皇主桜陽の出番はそこまで多くない。
とはいえ、税制や法律面での活躍が主だったので皇主桜陽自体はこれからも出番がたくさんある。
「次は桜陽皇主皇后だ。知っている人も多いと思うが、文学面で多大な功績を残している。桜陽皇主皇后の本名はあかね様というそうだ」
桜陽皇主皇后はさっきも話していたように皇后になる前の詳細が全くわかってない人でその豊富な知識量と聡明さから別名『賢者様の生まれ変わり』や『異世界から来た聖女』などと呼ばれている。
賢者様や異世界の人と呼ばれている理由はその偉業に端を発している。
『賢者様』とは太古の昔に別の大陸で活躍していたと言われる女性でその通り名のとおり極めて聡明だったとされている偉人だ。
「あかね様はまず文字体系を確立した。平仮名、片仮名、漢字という三種の字を組み合わせることで読みやすく分かりやすく作り替えなさった。これによって文字を読むことができる層が格段に増えて、今日の平民もほとんどが文字を読むことができる状況の基礎を御作りになられた」
それだけではなく、桜陽皇主皇后は文学作品の収集と編纂で多大な功績を残した人で編纂した作品数はなんと1700作品にものぼると言われていて、そのジャンルも恋愛ものやミステリー、伝記物、民族伝承などの多岐にわたる。
実際わたしが自分で持っている本の4割くらいは編纂者:桜陽皇主皇后あかねという印がついている。
中でも古典物や伝記物などは日本にいたときに聞いたことがある偉人の物も多い。
特に伝記物と民族伝承はそれまであまり重要視されていなかった事象の記録事業がより盛んになり、現在の文治省にあたる式部省が作られた。
文書の記録というのはかなりの作業量があったため人手が大量に必要になり公務員としてたくさんの人が採用された。これは皇主桜陽の功績の一つの平民の政治への参加権に繋がった。
その理由は民族伝承を調べるための仕事は村々の長老と呼ばれる人たちが一番知っているので彼らに聞く必要がある。
ここで、貴族なら平民を招聘して聞き取りを行うのだが長老というのはその名の通り古稀や米寿などに達していている人が大半でもれなく都までたどり着く体力を持っている人はいない。
そのため公務員の側が出向く必要があるのだが貴族は当時は下等だと見下していた平民のためにそんなことをしない。
そこで平民の公務員が必要とされたが、文字を扱える人はそこまでいなかったため、学校をつくって教えることで人材を増やそうとした。
この神楽坂高校もその流れで作られたという。
さらに学校で教える人はもちろん平民になり彼らは公務員として雇われた。
そんな感じで最初は平民のなかでも貴族に近いよほどのお金持ちにしか開かれていなかった政治への参加権は式部省の平民出身の公務員の増加にともない他の省でも開かれていった。
特に昔の式部省にあたる文治省や林業、水産業などの自然環境系、商業系の省ではほとんどが平民となっている。
「桜陽皇主皇后はその他にも調理法や衛生管理の改革を皇主桜陽に助言して、その計画を推し進める担当部署の顧問役として活動して、特に衛生管理分野では農村などでの子どもの死亡率の改善や平均寿命の伸長に貢献したと言われている」
授業はまだ続く。




