閑話 山瀬玖楼義信 後編
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「それならばワシは山をおりた方がいいのか?」
「いいえ、有里は神楽坂にすんでいるのでこちらに居てもらって結構です。ですが一応神楽坂の城下町に訓練を行えるくらいの敷地は準備しておこうと思いますので、そこにも生活できるほどの家具類などは準備していようと思います」
「一応で城下町の敷地を購入する其方は本当に金持ちよな」
「父上の遺産とシャトレ家からの援助、リアステル、シルトリーゼからの収入がありますからね。それにミリヤたちが師匠に会いやすいように元々場所の検討はしていました」
慈玖はミリヤと子どもたちを山瀬に会わせたがっていたのだが山までは距離的にはそこまでないものの傾斜がかなりきついため、成人であるミリヤはともかく子どもたちを連れていくことは難しく、会わせることができなかったのだ。
「わかった。しかし、教えるならば山をおりた方が都合がいいな。その家にワシは住もうと思うのだがいいか?」
「もちろんです、師匠。では家具類はより実用的なものを····」
慈玖が喜色を滲ませながらいいかけた言葉を山瀬は遮った。
「家具類は都にあるワシの家から運び出したものを使おうと思っている。搬入を頼んでもいいだろうか?」
「では、一色家に頼んでおきますね。彼処ならば他の中級貴族の横槍が入ることはありませんし、今度当主自らが九条家と共にやって来る用事がありますから」
それだけではなく、一色家は蓬菊隊を後援する上級貴族の中で最も若い頃にお世話になっていた家だ。
「一色の当主と言えば入道様がいらっしゃるのか?」
「師匠が隠居している間に一色家は当主が交代しています。今は入道の御令嬢が当主です」
山瀬が隠居を始めた時期と同じくして、一色入道は隠居して娘にその地位を譲っていた。現当主の一色さやねは入道が五十過ぎの時に生まれた初めての子どもであり、山瀬も会ったことがある。山瀬には子どもがいなかったので、さやねのことは妻と共に第二の親のごとく可愛がっていた。山瀬は昔のことを懐かしみ、どのように立派になっているのかを楽しみにしていた。しかし、ひとつだけ引っ掛かることがあった。
「一色家に九条家が出向く用事とは一体どのようなものだ?」
一色家も九条家も貴族の中で最上位にあたる大臣や京都守護を勤めている家柄だ。それに紫馬簾家は上級貴族と同じだけの権力を持っているので国内での大抵のことは紫馬簾家の単独で片付けられる。ましてやこの三家が一度に、しかもこの神楽坂に集まって対応する事案など起こり得ない。そう、国内では。
「他国が関わっている事案か。ミリヤ様の故郷か?」
「その通りです。何でもシャトレ家があるフォーンバーズ王国がこの国に興味を示しているらしく、正式に国交を樹立して貿易を行うための交渉をする使節を送ってくるそうです」
今までは正式な国交はなく、あくまでシャトレ家とその親戚であるエーレンベルク公爵家と紫馬簾家の間での私貿易という形を採っていたが、両国の国主が相手国からもたらされる品物に強い興味を示して国交の樹立のための事前交渉が行われるようになったのだ。
「その使節の代表はニコラウス・シャトレ準公爵、副官はハイデマリー・ラルエット伯爵にフェイズ・デムラン男爵兼副外務卿です」
「伯爵に副外務卿か。どう考えても事前の打ち合わせの陣容ではないな」
山瀬も面識があり馴染み深いニコラウスが代表であることは王都の最有力者であるルベルティ公爵家の嫡流であることに加えて準公爵という本人の立場やこれまでの交易の経験から考えても相応しい人選であると言えよう。しかし、副官にハイデマリー・ラルエット伯爵とフェイズ・デムラン副外務卿がいることが山瀬には気にかかる。慈玖とミリヤに聞いたところによるとフォーンバーズ王国の外務卿は王国の北方の国々や西方の国々への対応を主に行う。そのため、それ以外の国への窓口の最上席者は基本的に副外務卿なのだ。
「ハイデマリーは私やミリヤとも親しかったことやフォーンバーズ王国の第一王女の筆頭護衛騎士という部分からニコラウスに見劣りしない、フォーンバーズ王国がこの交渉をこれだけ重要視しているという形式的なものでの派遣でしょう。それに私達が帰郷する際にお土産として送っていたものに深い興味を示していたので、どうせ立候補して強引に使節に加わろうとして上手い大義名分でも立てて王を動かしたのでしょう。ハイデマリーは騎士ではありますが魔法研究者としても優秀ですから作ろうと思えばいくらでも派遣される理由を作れます。そして、そのハイデマリーを押さえるため、また王女の筆頭護衛騎士に釣り合ってなおかつあまり家格が高すぎない人物を探したらフェイズに白羽の矢がたったという感じでしょう。フェイズならば王の側近で外交手腕も文句なしですから」
国王たるアラドレード・フォーンバーズの側近は公爵や侯爵とその一族が多い。そのため条件に当てはまる人物は少ないが文官となると二人しかいない。そしてそのうちの一人は特殊任務を行っているため必然的にフェイズしか残らないのだ。
「お主の推測通りだとするとさらに厄介になった気がするが直接関わっていた其方の意見ゆえ大方あっているのじゃろう」
そこまで言うと山瀬は考えることをやめた。一色家の話からこの話になったが山瀬は既に引退しているのだから考えたところで意味がない。
「そうですね。閑話休題と致しましょう。では師匠の都の家から家財道具を運び出しておきますから、終了したらまた呼びに来ましょうか?それとも、紫馬簾家に滞在しますか?」
「お主の子どもたちにも会いたいし、梅島に滞在するとしよう」
山瀬が考えていそうなことを読んだ慈玖は話を切り上げて本題に戻す。山瀬は慈玖のもとに滞在することを決めると早々と片付けを済ませる。そして梅島に戻るのだった。




