入隊についての話
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高校に戻ると校長先生や甘利先生、光希さんが待っていて出迎えてくれた。特に甘利先生はわたしがあの場にいたことを聞いてひどく心配してくれていたようだ。
「校長先生と光希にはこの後大事な話があるから残ってくれ。甘利先生は込み入った話をするので席を外していてほしい」
「そうですか。では、有里の無事も確認できたことですし私は帰るとしましょうか」
慈玖さんが蓬菊隊だということは聞いていたのか、とくに反論をしたりすることもなく、また休日出勤だったこともあったからなのか早々と片付けを済ませて帰っていった。光希さんが教えてくれたところによると甘利先生は既に帰っていたはずだったのだがわたしが危険かもしれないと聞いて待っていてくれたらしい。
「それでは今日の出来事について情報の擦り合わせを行いませんか?私はこの事について把握していることが少ないので」
光希さんの提案に二人も頷いて今日あったことの大体を説明する。わたしからは上級魔法のライトニングの発動を失敗して、霊力を吸いとられて光る狼が制御できない状態で生まれてしまったことを話した。校長先生と慈玖さんは光る狼のある程度の強さを説明していた。
「ライトニングにそのような特性があったとは私も知りませんでした。使用にはより強い制限をかけておく必要が有りますね。とくに霊力が強い人は危険が大きいですしね」
「ああ、そうじゃな。泉家からも蓬菊隊に提言をせんといけんな。禁忌魔法に指定することも考えてな」
「そうですね。上級魔法をよく練習した人しか使わなかったので分かりませんでしたが魔獣のようなものを作れるとなれば危険極まりないですしね」
三人はライトニングの使用に制限をかけることに賛成しているようだ。わたしは錬度が低かったお陰で元々の完成度がそこまで高くなかったので霊力だけは持っていたけど動きが読みやすく、エイルの演算能力を用いた攪乱戦で持ちこたえられたがより錬度の高い人が制御を失った場合甚大な被害が起きる可能性もある。
「ただ、使いようによっては素晴らしい魔法でもあるのですよね」
光希さんは困ったというような表情で言った。実際戦ってみてわたしたちが動くよりも能力は上がっていたし、制御できていれば安全性も確保した状態で戦うことができるだろう。慈玖さんによると蓬菊隊は他国に軍事的な支援に赴くこともあるそうだ。そのため、使役をして戦うということはとても都合がいいらしい。
「使う場所を制限してしまえばいいんじゃない?」
「それがいいな」
エイルの発言に慈玖さんが食いつく。慈玖さんの妻の実家がある国では実際に召喚系の魔法は使用場所が制限されていて闘技場や騎士団の訓練場などの一部でしか使えないそうだ。
「そちらの方が訓練も出来るし、何より隠れて訓練しようとして暴発させる者もでないじゃろう」
「そうですね。禁止して隠れて行われるよりは監視が出来るところで許可を出した方がいいと思います」
わたしも授業で、禁止されたものがあったときに密貿易などで高値で売りさばかれることがあったと聞いたことがある。魔法でも同じようなものらしく、禁忌魔法の類いは必ずと言っていいほど好奇心や邪悪な思いなどから使ってみようとして大事になるような事案が魔法が生活に密接に関わる他国では時々起こるらしい。その対策としてある程度以上の危険がない、もしくは監視下でならば対処可能と思われる魔法については特例的に使用できる場所が用意されているそうだ。
「ではこの案で陣定に奏上するということでよろしいですか?」
「九条殿と一色のお嬢から奏上するのじゃろう?ワシが六条殿への根回しもしておこう」
「校長、その前に隊の中での会議をしないと行けませんよ」
「そうじゃったな」
笑っている校長先生に対して、光希さんが呆れたように言った。取り敢えずライトニングについての話はまとまったようだ。ここからはわたしの話になる。
「まず、有里は私が弟子とすることにした」
校長先生は驚く。慈玖さんは慈玖さんの父親と違って弟子を持たないことで有名だったそうで他の幹部ならば世代交代に対して考え始めて弟子を育成しているのが普通なのにまだ弟子をとろうとしたことさえないらしい。
「だが私は頻繁にこの神楽坂を離れるため引き続き光希たちには主に魔法面で指導を行ってほしい。燁幽術と基礎は私と山瀬師匠で行うつもりだ」
「もともとそのつもりでしたし、いいですよ。山瀬さんもこの頃は鍛えがいのある人が居ないと嘆いていましたから喜んで引き受けてくれるでしょうね」
わたしは先程の会話で気になったことを聞いてみる。
「あの、燁幽術とはなんのことでしょうか?」
「蓬菊隊に入ることになるならば、もう教えても宜しいでしょう。燁幽術とは―――」
光希さんが簡単に説明をしてくれた。まず、蓬菊隊は現在は国の第一騎士団の中にある特殊部隊の一つとされているが発祥は降魔琉冂という梅島にある結境神社の宮司が人を害している鬼人や魔人から島を護るために現在の燁幽術の原型である幽術を持っていた三人の禰宜や巫女と共に創設した集まりであるそうだ。その後は幽術を使える人たちを集めて梅島を護っていた。この時代は人数が少なく、また自分の本職を持っていて兼業だったため活動範囲もそこまで大きくなかった。これが蓬菊隊の黎明期の話だ。
この活動は長い時間をかけて都にも広がって行き、少しずつではあるが確実に点々と活動範囲は広がっていく。
そして、天皇家に繋がる上級貴族の庶子が幽術の才能があることがわかり分家して梅島に来た。その家こそが紫馬簾家である。偶然か必然か貴族には幽術の才能を持つ人が一定数いて、その中でも都での出世を諦めた人たちが蓬菊隊に参加し始める。その後は何代にも渡って梅島に定住した貴族たちが中心に自分達の祖である貴族家の援助を受けるようになって専業になり出す人も現れてきた。これが起点となって一気に活動範囲が広がり、今までは才能がありながら仕事や貧困を理由に諦めていた人たちが参加して組織は急拡大した。
次に大きな転換点となるのは、紫馬簾家から出た紫馬簾常瓊である。彼は歴代最高の隊士と言われていて幽術の才能に加えて剣技の才能も卓越していた。彼の活躍によってその活動範囲は膨大になり国中に蓬菊隊の名前が知れわたることになる。それだけではない。彼は今まで才能がもっとも重要視されていた幽術を改良してさらに身体能力や剣技を融合することによって、燁幽術という新たな体系を生み出した。これは才能だけでなく努力でも燁幽術を習得できるというもので、この発明は一気に隊士を増やすことに繋がり、常瓊亡き後も安定して国中で活動できる人員の余裕ができる。そして、人に対して害を為す鬼人や魔人の存在が広まったことにより、桜陽天皇の時代についに国の正式な軍隊の一部として認識されて活動の支障になっていた権力に負けないようになった。以降は他国にも傭兵として活動範囲を広げていき今に至るというわけだ。今では幽術を使う人も千里さんを始めとして少ないながらいるのだが大部分は燁幽術を使用しているそうだ。
清治(有利のお父さん)は他国の貴族の御用達だっただけあってお菓子の腕と種類は豊富なので町の人たちに人気のお菓子屋なので稼ぎは結構よかったりします。しかも、煙草や博打のようにお金のかかるものもあまり興味を持ってませんし。清治の興味はお菓子と日和と有里に向いています。
ところで皆さんは好きなお菓子は何ですか?
では、また。お元気で。




