#9 自我
俺と流星、そしてBB1で合流した凛奈、下から上がってきたダン、蘭、一二三さん、そして一二三さんに担がれた少年と一緒にBB4へ戻ろうとしている時だった。
「この子、名前とかは聞いてない?」
一二三さんが凛奈に尋ねた。
「ガクって言ってた。あの時、こっちの声がちゃんと聞こえてたならそれがこの子の名前だと思う」
「声が聞こえてたならって?」
「…実は」
凛奈が何か話そうとしたときだった。
「ちょっと待って」
最後尾を歩いていた一二三さんが足を止める。
「この子、息が荒くなってる」
俺たちは一二三さんが負ぶっているその少年に近づいた。
「このフロアで一回この子を下そう。刃が飛び出すかもしれない」
凛奈が言った。
俺たちはBB3で一度ガクを下した。
まだ中学生ぐらいのその少年は明らかにさっきから息を荒げて苦しそうにしている。
「力が発現するまで近寄らない方がいい。さっき言おうと思ってたのは私たちがいたフロアのこと。あそこまでボロボロにしたのはこの子だよ」
「こんな中学生みたいな子が…!」
「3回だ、左のナイフを振り回しながら、制御できない力を発散するように暴れてあの様だ。私以外はみんなつぶされていった。」
―――――「うぅぅぅぅ……がぁ!!」
その少年は左からナイフを出した。
「離れろ!」
凛奈以外はフロアの端、階段のところまで下がった。
「3回目に暴れたとき、何とか一瞬我に返った瞬間があった。その時名前を聞いた。ガクって」
「はぁ…うぅ……あぁぁぁぁ!!」
ガクはまだかがんでナイフをひきずっているだけだ。襲って来ようとしていない。
凛奈は目の前に現れた人はすべて敵とみるような人だと思っていた。
今、ガクを助けようとしている。
「ガク!!」
凛奈がガクに向かって呼びかけた。
「下だ、地面!壊していい!!誰もいない!誰も傷つけない!」
「下には…みんなが…」
苦しそうなガクを目の前に、流星はぐっと声を押さえながらそれでも漏れ出すようにそういった。
まずい…本当にここが崩れるぞ…!
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ガクはそのままナイフが出ていない右手を地面につけた。
その瞬間を待っていたかのように凛奈がガクの元に飛び出した。
そしてガクの胴を抱え、右腕を押さえた。
それでもガクの力がフロアの端まで伝ってきた。
「…これ、凛奈が押さえてなかったら本当に崩れるぞ」
10秒ぐらい続いて、揺れが収まった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ガクの息が落ち着いてきた。一気に力が抜けていったようだった。
そしてとてもすり減った声で
「…ごめんなさい」
と聞こえた。
凛奈が力の抜けたガクの左腕を取ってナイフを折った。
「立てる?」
「うん」
少し遠目だったけど、ガクが涙を流しているように見えた。
俺たちも二人に駆け寄る。
一二三さんが訪ねる。
「大丈夫かい?」
「…ごめんなさい」
「謝ることない。…にしてもすごいな。凛奈は毎回このパワーに飛び込んでいったのかい?」
「私も1回目はガクみたいに力が完全に制御できないところまで膨れ上がってた。その時はその力を全部ぶつけることでしかガクを止められなかったけど、2回目からは何となく感覚がわかってきた」
信じられないその話に、流星がつづいた。
「にしても、あの白い煙の被害が黒みたいなナイフの発現だけのタイプとそれにプラスで莫大なパワーを放出してしまうタイプがいるなんて。」
「私はナイフは出したことないよ。でも君ほどじゃないけど力は強くなった」
ダンが言った。
「ベルさんもナイフは出さないってさっき言ってた」
と、蘭が言う。
―――――「……大丈夫っすか…?」
振り返るとBB4にいた烈や有綺さんたちが上がってきていたのだ。
そして、その中には
「グレイ隊長…?」
BB5で俺が置いてきてしまっていた師もいたのだ。