ー#7 光の学園の功労者 2
「二人とも、授業遅れるわよ」
シイナのその言葉にハルが返す。
「あぁ、今行くよ。シイナは先戻ってて」
ハルがそう言うとシイナはカフェテリアを出た。
俺たちも個室に荷物を取りに戻った。
「なんで、ハルはこの学園でそんなに力があるような役なのに俺にこんなに良くしてくれるの?」
「この学園に転校生が来るなんて僕が入学してからだと初めてだったからね。リスクヘッジだよ。タイガが変なことしないようにこの学園のルールを教えておこうと思って。
それと、…シイナに先に目を付けられるのも少し怖いから。『僕が見てるから大丈夫だよー』ってシイナにアピール」
俺たちは教室に戻って午後の授業を受けた。
終業のチャイムが鳴りホームルームを終えて、俺は帰りの支度をしていた。その時、JUDGEの人たちに渡された携帯電話に着信が入る。
慌てて教室の外で電話に出る。
「もしもし、」
「もしもし?どう、学校生活は?」
蘭の声だった。
「どう?って、ホームルーム中だったらどうするんだよ」
「そっちがホームルーム終わったことくらいカメラで見えてる。」
…あ。そうだった。
今日の俺の行動もすべて見られているのかと思うと急に恥ずかしくなった。
「ミモザとは今日話をしてないよね?」
「うん、できなかった。」
「今、彼女図書室にいるよ」
「…うん」
「話しかけてきて」
「え?」
「じゃあよろしく」
そういって蘭は電話を切った。
俺はため息を一つついてから荷物をまとめ階段の横にある校内案内図とにらめっこをしていた。
「どこか行きたい所でもあるの?」
声をかけたのはハルだ。
ちょうどいい。一人でミモザの元に向かうのは少しプレッシャーだった。
「図書室に行ってみたいなと思って」
「そしたら僕が案内するよ。昼休みも音楽室の整頓手伝わせちゃったせいでどこも回れなかったから」
そういうとハルは図書室まで案内してくれた。
図書館の前に着く。
重厚な扉を開くと木と紙のにおいに迎えられた。
「誰かいるのかな?」
ハルと俺で中に入ると、そこには誰もいなかった。
ただ、閲覧用の机の上に本が一冊置いてあった。
その本を手に取ってハルはあたりを見回す。
そしてぼそっと口にする。
「ミモザかな?」
本を見ただけでわかるのか?
「ミモザ?」
「うちのクラスの真野ミモザ。あの子このシリーズばっかり読んでるから」
そういうとハルは本を置くと俺の手を引いてその席から離れた。
「そう言えば、タイガは借りたい本でもあったのか?」
とてもわざとらしく、図書室にいる誰かに聞かせるような言い方だった。
「いや、特に何か借りたい本があったわけじゃないけど。いいものがあればいいかなって」
ハルは俺が話しているのにも関わらずぐんぐん手を引いて図書館中を歩き回る。
「へぇ~、そしたら僕のおすすめの本を借りるといいよ。こっちこっち」
そういいながらまた進むと、本棚の端から明るい茶色のスカートが見えた。
「やぁ!ミモザ」
ミモザはびくっと背筋を伸ばしゆっくり振り返る。
「ごきげんよう。ハル、…それと」
「今日転校してきたタイガ」
「ごきげんよう、タイガ」
「ご、ごきげんよう…」
ミモザは俺たちを振りほどくようにさっきの本が置いてあった閲覧用の席に戻る。
ハルはお構いなしにそれについていき、向かいの席に座って隣の席を俺に座らせるように引いた。
「ミモザはいつもこの時間図書館にいるの?」
「…そうね。」
「その本面白い?僕も読んでみようかな」
「…読むならシリーズの一作目から読むといいわ。」
「なるほどね~」
ミモザは俺たちに目もくれずページを一枚、また一枚とめくる。
「用件は以上かしら、『エース=フレックス』の松本ハル君?」
「…そんな、僕はフレックスの役目でここに来たわけじゃない」
ハルは訴えかけるように丸眼鏡の奥のミモザの目を見る。
「そ、そうだよ。僕が図書室に行きたいって言ったんだ」
俺がそう言うとミモザは初めて手を止め、俺の方を見た。
「あぁ、そう。…おしゃべりがしたいだけなら別の時にしてくれるかしら」
「わかったよ。タイガ、またこんどここはゆっくり案内しよう。ミモザ、気を悪くさせてしまってたら申し訳ない。僕たちは帰るよ。また明日、ごきげんよう」
「えぇ、ごきげんよう」
そう挨拶を交わして図書館を後にした。
「タイガには変なところを見せたね。」
「いや、いいよ別に」
「僕とシイナのことは昼休みに話しただろ。ミモザはずっとシイナに目を付けられてるんだ。2年生ぐらいの時からかな。」
「どうして目を付けられてしまったの?」
「ミモザの件に関しては完全にシイナの個人的な恨みだって聞いてるよ。ミモザと少しだけさっき話してわかったと思うけど、彼女勘違いされやすいタイプなんだ。強気だし、群れないし、一番成績のいいうちのSクラスでも特に優秀な生徒だから…」
校舎を出て校門までのびる大通りを二人で歩いていると横に一台の車が止まった。
「坊ちゃん」
執事のような男性が運転席から降りてくる。
「坊ちゃん?」
「…仙田。友達の前で坊ちゃんはやめてほしいって言ったじゃないか。
そうだタイガ、続きはうちで話さないか?…って迷惑か、転校してきた初日に学園の黒い部分の話なんて。」
いや、俺としてもこの機会を逃すわけにはいかないようだ。
「いや、聞くよ。俺も学園で友達ができるのは嬉しいし、もっとよく知っておくべきな気がしてきた」
俺はハルと車に乗り込み家に連れて行ってもらった。
JUDGEの人たちにもその旨を連絡した。きっと、この瞬間もカメラでとらえられているだろうけど。
ハルの家は小さな学校から少し離れた郊外にあった。
家か城かと言われたらギリギリ城と答えられるような立派な家だった。
リビングに通されると紅茶とお菓子が出された。
「タイガのご両親も、わざわざうちみたいにややこしい学園に編入させることなかったのに。
…まぁ外から見ただけじゃうちの学園のややこしさはわからないか。」
ハルはそういって学校での話をつづけた。
「僕の所にはいろんな子たちからいろんな情報が集まるんだ。フレックスってそういう役割だから。その中から正しい情報を判断してことを整理する。
ミモザがいじめを受けてから、ミモザとシイナの小学校の同級生でいつもいろんな報告をしてくれる子に少し話を聞いたんだ。あ、彼女たち二人は同じ小学校だったんだよ」
「そ、そうなんだ」
俺の返事はわざとらしくないだろうか。ここでハルに違和感を感じられると元も子もない。
「ミモザは小学生の時からいじめられてた。それは特別シイナからってわけじゃなくてクラス全体に。小学生によくあるやつだよ。中学校で二人は別々になったんだけど高校生になって二人は再会した。
ミモザは当時と変わらない強気で群れない成績優秀な生徒として、そしてシイナは『フレックス』という重すぎる冠をかぶって。
シイナは大人の都合や階級の都合で何人か学生を陥れてきたけど、ミモザをいじめている理由はあまりにも簡単だった」
「その理由って?」
「男だよ。
ついこの間までミモザがお付き合いをしていた男性はもともとシイナとミモザ、2人の家庭教師だったらしい。早い話、自分よりも格下で昔からいじめられているようなミモザに自分の好きな人を取られたから気を悪くしたって話。2年生の頃が一番ひどくてミモザが入っているトイレの個室に上から水をかけたり、机を汚したり、ロッカーにいたずらしたり、僕が少し口を出したら僕の見えそうなところではやらなくなったけど。今日も突然君が転校してきたから警戒してミモザに何か手が下されることもなかった」
俺が見ていたのは仮面をかぶった学園だったのか。
にしても『少し口を出す』ぐらいでハルはそんなことが…。
「僕は…明日が怖いよ。」
「どうして?」
「今日は君という未確認因子のおかげで学園がとても静かだった。物理的な意味じゃなくて、平穏だったって意味。僕の携帯電話も昼休みの間ならなかった。普段は報告が入るから。
みんな様子を見てたんだよ。バランスをとってるんだ。
…明日が怖いのは多分僕だけじゃないと思うけどね」
ハルがティーカップを石でできたテーブルにこつんと静かに置くと、再び俺の携帯電話が鳴った。
「いいよ、電話でな」
「ありがとう」
少し席を離れて着信に応じるとすこし慌てた蘭の声が聞こえた。
「すまんタイガ、状況が変わった。学校に戻るぞ。今松本ハルの家から一番近い駅にいる。そこまで送ってもらって」
「え?なんで」
「真野ミモザがまだ学校にいる。屋上に上がってるんだ。」
屋上に上がってる=飛び降り?
あの後ずっと学校に残ってたのか?もうすぐ暗くなるような時間だって言うのに。
蘭の電話が切れた。
息を整えてハルの方に振り向く。
「家族が、近くまで来てて駅にいるらしい。一緒に帰りたいらしいからもう出るよ。ごめん急に。」
ハルは何度も小さくうなずいた。
「…わかった。仙田、タイガを駅まで送って。僕も一緒に出るよ。」
その答えには一瞬の間があった。
こんなこと考えたくはなかったけれど、ハルの目が少し何かを察するような目に見えてしまった。
仙田さんが運転する社内。もうすぐで駅に着くようなところだった。
ずっと黙っていたハルが口を開く。
「うちの学園ってね。もともと中央政府の関係者だった子が結構いるんだよ」
「…うん」
こんな時に考える事ではないが、ハルは学園に通ってる学生のことを「~の子」とか「うちの子」みたいな言い方をする。まるで自分の兄弟や子供のような言い方だなと思った。
「ニューリドルが陥落してから階級とか学生間・家柄間のステータスがぐらぐらしてるんだよ」
「…そうなんだ」
「学校が再開してから3日ぐらいしかたってないからまだ襲撃前の原型を保ってるけど、これからどうなるんだろうってずっと考えてるんだ。もともと中央政府関係者の階級はジャックからクイーン。でも今となってはその階級だって意味わかんないだろ。」
「…確かに。そうかもしれないね」
「ここでなにか一つ事件が起きたりしたら、学園が大きく変わってしまうのかな。」
学園でも、俺と二人で話すときでもどしっとした安心感のあるハルのわずかな不安が見えた。
「せっかく僕やシイナが大人と帳尻合わせながら守ってきた学園なのに、卒業前にJUDGEにそれを崩されるかもしれないって最近思い始めてさ」
ハルにとってあの学園はどんな場所なんだろう。
「シイナやうちの学園の子たちがやってるいじめはJUDGEにはどう映ってるのかな。
例えばいじめのせいで昼休み君に話したように死人が出たら、誰かが執行されるのかな?直接手は下してないのに。」
…学園の期待や大人の都合に生まれたときから今の今まで包み込まれ続けたハルの感覚は、“普通じゃない”。
いじめは悪いし、それで人が死ぬことはよくない事。
ハルにとってそれはただ階級が、学園がシイナやその取り巻きにやらせている事。
ハルがやっている『口を出す』はそれを何事もないかのように見せるためのヴェールをかぶせるようなこと。
それが国が堕ちたことによってハルの何かに直接曝されたんだ。
「その時、執行されるとしたら…。実際にいじめを行ってたシイナの取り巻きか?それともシイナか?っシイナをそうさせた教頭か、それともそれを全部把握してひたすらそれを隠し続けてきた僕なのかな?」
車が駅のロータリーで止まった。
「坊ちゃん、つきました。」
「ありがとう、仙田。…ごめん、転校そうそうこんな話ばっかり。どうして僕はこんな話を君にしてしまうんだろう」
「俺は大丈夫。こっちこそ、わざわざ家まで招待してくれてありがとう。紅茶もおいしかった」
「じゃあ、また学校で」
「うん。また明日」
ハルを乗せた車が走り出すと、少し離れていたところにいた車が俺の前で止まった。
「別れ際に悪いけど、もう行くよ。」
俺は蘭の運転するその車に乗り込んだ。
学校までの道中、俺はどうしても高校生離れしたバランス感覚で学園を支配しているハルが弱っているように感じてしょうがなかった。




