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ー#6 光の学園の功労者



 「タイガ・ワトソンさんですね。ようこそ、第一アリアケ高等学園へ。」


タイガ・ワトソン。それがここでの俺の名前だ。

名前を呼ばれたときに反応できた方がいいと蘭が勝手に決めた。



―――――



「タイガ・ワトソンです。よろしくお願いします。」


俺が編入したことになった教室は3年S組。対象のシイナとミモザと同じクラス。


教室の雰囲気は一言で言うなら『高貴』。

俺の挨拶に静かな拍手で応えてくれた。


 「タイガ君は一番後ろの席に。委員長、昼休みにでも校内を案内してあげて」


 「分かりました!」


返事をしたのは俺の席の隣のさわやかな青年だった。


席に着くなり、

 「このクラスのクラス委員長の松本ハルだ。よろしく」

と手を差し出された。


そのあと始まった高校の授業は長時間机に座っている事すら久しぶりな21歳にはあまりにもハードだった。


だが昼休み前の4限の音楽の授業に心を救われた。

この日の授業は定期的に行われる学内発表会に向けたアンサンブルの練習だった。


運がいいのか悪いのか、それとも何かの力が働いたのか、

俺のチームにはシイナが居た。


 「タイガさんは何か楽器とか弾けたりするのかしら?いきなりアンサンブルの練習に参加させられても大変よね?」


シイナの口調はいかにもお嬢様であの何十ものカメラでモニタリングされコンピューターにレベルを付けられてるなんて思えないものだった。

その事前情報のせいで身構えてしまう。



「……楽器なら、ピアノとか、ギターとか、あと管楽器もいくつか音を出すことは、できると思います。」



チームメイトの表情に俺に対する興味が読めた。

…楽器屋の息子で良かった。



良い家の娘息子ばかりが通うこの学校では半分くらいの学生が楽器を弾けて、上手ではなくても幼少期にならっていた人まで含むとその割合は8割くらいになっているようだった。


結局、俺はもともとピアノのパートを受け持っていたハルと連弾アレンジにしてアンサンブルに参加することになった。


授業が終わるころにはチームメイトとも打ち解け、楽しく話をするところまでできるようになった。

ミッションはおそらく順調に進んでいる。



チャイムが鳴り、昼休みになると、教室に戻ろうとした俺をハルが引き留めた。


 「タイガ、一緒に音楽室の整頓を手伝ってくれ。それと…」


ハルは銀の装飾が施されたカードを俺に見せた。


 「この学園のカフェテリアで使える『ウェルカムカード』だよ。今日は何でも食べれる。ここの食事はとてもおいしい。専属料理人が家にいる僕が保証するよ。

 僕が君の面倒を見る代わりに二人で使っていいって担任の先生に渡していただいたんだ。」


俺とハルは音楽室の整頓を終えてカフェテリアに向かった。



それはまるでホテルのレストランの様だった。勉強をするための校舎とは離れていて壁がガラス張りになっている。ハルがウェルカムカードを見せるとVIP室と呼ばれる部屋に通された。部屋は高級感があり、豪勢だけどごちゃごちゃしていない。そして、そこで出てくる料理も高校生が日々の昼食で食べれるようなレベルではなかった。


食べたことのない位柔らかい牛のステーキと甘い麦の香りがするバケット、素材を生かしたスープ。

最後には紅茶とデザートまで。


作法を気にしてしまうくらいの食事だ。緊張で満腹かもわからないまま紅茶を飲んでいると、ハルがこう言いだした。



 「この学校は、良いところのお坊ちゃんやお嬢様が通うところだ。…僕たちが一番ここで学ばなきゃいけないことは何だと思う?」


…これは俺が試されているのか?雄馬のように警戒心が高ければ俺だって怪しい転校生なのかもしれない。


「マナー…とか?」


精いっぱい考えてそう答えるとハルはははっと笑い声をあげた。


 「タイガは面白いね。さすが音楽家の息子」


音楽家の息子というのは俺が昨日の夜からずっと考えて有綺さんにOKをもらったタイガ・ワトソンの設定だ。新政府軍統治によって一時的に仕事が無くなり故郷に戻ったアリアケ出身の音楽家の息子が俺…ということになっている。


 「僕たちがここで学ばなきゃいけないのは『世渡り』だよ。…まぁ公職の立場がリセットされた今、それがどこまで意味を成すかちょっとわからなくなってしまったけど。来てみな」



ハルはそういうとVIP室の外に出た。


VIP室はカフェテリアの2階部分にあたる。広い建物の両サイドに赤いカーペットが敷かれた階段がありそれぞれのフロアに一室ずつVIP室がある構造だ。吹き抜けになっているため二階からレストランと向かいにあるもう一つのVIP室のフロアまで丸見えだ。


まるでホテルのバルコニーから外を眺めるように、ハルは俺たちがいる西側のVIPフロアの手すりに寄りかかり一階の方を覗いて俺を手招く。


 「この学校には目には見えないカーストが存在する。このカフェテリアを見てもよくわかる。例えば一階フロア。入口に近いところに座っている子たちよりも入口から遠いところに座っている子たちの方が階級が高い。一番奥の革張りの椅子の席は旧王族の末裔の子たちとかが所属してる『キング』っていうランク専用。」



ニューリドルは今は公国だけど昔は王国だった。その名残がこんなところに現れているなんて思わなかった。


 「階級はそこから下に『クイーン』『ジャック』。争いが生まれないように階級が付いている学生は全体の半分になるように調整しているんだ。

 前首長が言ってたでしょ、『平穏』にって。このカーストはしょうがないものとしてみんな認識してる。だからキングの子とジャックの子だって仲良くできるし、何だったら階級が無い子だって仲良くする。


 …ただ、何かあった時に無条件で強い立場になるのは階級が上の人たち。」



「何かあった時って?」



うーん、とハルは口をとがらせて考えている。



 「5割は親同士のいざこざ。残りの5割が学生同士の私怨ってところかな」


シイナのいじめの原因はそのどちらか?



「じゃあハルはその階級だとキングなの?」


王族の末裔たちを上のフロアから見下ろせるくらいだ。きっと王族の中でもより王様に近い人の末裔とかなんだろう。


ハルはこっちを向いてニコッと笑った。


 「いや、僕はキングじゃないよ。どこの階級にも属さない、別の役職と言った方がいいかな。

 ここには生まれつき『偉くなっちゃった』人ばっかり通ってるんだ。マウントと自己主張が学園中に充満してる。

 そんな環境で争いが起きないわけだと、タイガも思うだろ?」


「あ…あぁ」


 「僕はそんな環境で何十何百っていう学生を支配して、統治する『エース=フレックス』。もちろん僕の親だってこの学校に通うためにいくらかは寄付してるけどキングの子たちの家に比べたらほんのちょっとだと思うよ。この学園には連携してる中等学園がいくつかあって毎年〈二人〉、そこから統治力や支配力に優れた学生がこの『フレックス』として教頭からの推薦で入学するんだ。その役職のまま3年に上がると『エース=フレックス』となる。この二つのVIPフロアはその二人のためのフロア」


「2人って、ハルとあと一人は?」


 「そろそろ昼休み終わるし出てくるんじゃない?」


とハルは向かい側のVIPフロアの方を指さした。

…そこから出てきたのは。



 「3年S組、シイナ・フォークナー。」


ハルは向かいのシイナに向かって大きく手を振った。

するとシイナは軽く口を押えて上品に笑う。


ハルは手を振りながら言った。



 「彼女は確かに優秀だけど…僕はあまりやり方が好きじゃないんだよね。」


俺は協力者のミッションとして年齢を偽ってまでここに来てるんだ。

ここでこれを聞かない訳にはいかない。



「…やり方が好きじゃないって?」


ハルは大きく振っていた手をおろして小さく息を吐いた。



 「彼女、中等学園でどうやら一人死なせてるみたいなんだ。」


ハルの目は恐怖でも軽蔑でもなく、彼女を心配しているようだった。

階段を下りていく彼女を目で追っている。


 「でもそのやり方で教頭に推薦されちゃったからここでも同じやり方をしてる。やりたくてやってるのか、やらされてるのかも僕には聞けない。

 ここで死人が出るのは時間の問題かもって僕は入学したときから思ってる。もちろん今もね」


話をしている間にもう誰もいなくなったカフェテリアの入り口で、シイナ・フォークナーは立ち止まってこちらを向いた。



 「二人とも、授業に遅れるわよ」


雲に隠れていた太陽が顔を出したのか、ガラス張りの壁から光が差しこみ彼女の柔らかい笑顔を照らした。











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