ー#2 訪問者
「いいですよ…ごゆっくり」
その青年はゆっくりと店内を見回す。
誰であろうと久しぶりのお客さんは嬉しい。
さぁ、接客だ。明るく明るく。
「お客さん、なんの楽器をやってるんですか?」
「ギターを…。そろそろ弦を交換したいと思ってたんですけどこんなことになっちゃって。とりあえず見に来るだけ見に来たいなって。いつもは地元の楽器屋さんで買ってるんですけどそこがおばあちゃんが一人でやってるお店でいま開けてないんですよ」
お客さんが来てくれるのは嬉しいが、こんな事態になってまで見に来るなんて…すこし不思議な人だと思った。
―――「やっぱりお客さん来てるんだ!いらっしゃいっ」
ドアのベルで来客に気づいた菜都が下りてきた。
「ギターやってるんだって」
「何も買ったりできないんですけど…すみません」
「いえいえ!すごい暇してたからお話だけでもうれしいです。よかったら試しにいろいろ弾いていったらどうですか?…こんな状況で息詰まっちゃって嫌ですよね。」
菜都がマシンガンのように話を進めて、あれやこれやと店中の楽器を見せて回った。
「お二人は兄弟なんですか?」
「そうです。俺が南泰雅」
「私が菜都です。」
「河田蘭って言います。」
「蘭はなんの仕事してるの?ミュージシャン?」
「そんな…僕が楽器やってるのは趣味ですよ。今大学に通ってて」
「大学生か!菜都も大学に通ってるんだよ」
ニューリドルには大学は首都のユーロとその周りの市しかない。ここから少し距離がある。
菜都が通ってるのはユーロ音楽大学。
公機関の一つであるの大学ではものすごいスピードで新体制の準備が進められているらしく、菜都も明日から大学が再開する。
「蘭も明日から大学に通うのか?」
「あぁ。何とか準備が間に合ったみたい。」
「蘭は今何年生なの?」
「2年生だよ」
「え!同い年じゃん!」
蘭は菜都よりも大分落ち着いている雰囲気でまさか二人が同い年だなんて思わなかった。
それからしばらく三人で話をしているとすぐに日が暮れてしまった。
「そろそろ帰るよ」
「遊びに来るだけでもいいからまた来てよ」
「いいの?」
「もちろん!」
「大学通ってたらまた会うかもしれないわね」
「そうだね」
思いがけず、こんなタイミングで新しい友達ができた。
「それじゃあ」と蘭は店を出ていった。
蘭は控えめでいい人そうな感じだった。
大学生なら家が少しお金持ちなのだろう。父さんも母さんも直接は言わなかったが、俺が音大に行かずに店を手伝うと言った時は少しほっとした表情をした。大学は少し余裕のある人が行く場所だ。
菜都の方が音楽の才能があるし、俺はミュージシャンになりたいわけでもないし、何よりもこの町からあまり離れたくなかったからこの選択を誇りに思っている。
「ねぇお兄ちゃん!」
蘭を見送って店を少しかたずけてると菜都が嬉々として俺に話しかけてきた。
「蘭、…ちょっとカッコよかったよね??」
「は?」
「私の大学あんなかっこいい人いないよ!みんな楽器が恋人みたいな顔してさ~!」
確かにきれいな顔をしてると思ったが…菜都のやつ…。
「どこの大学なんだろう…ユーロの大学だったらまた会えるかな?…ねぇ、どう思う?」
「さぁな」
「え~冷たくない?明日から電車乗る時きょろきょろしちゃうよ。」
店がちょうど片付け終わったころ雄馬が帰ってきた。
「ただいま。夕方のラジオ聴いた?」
「聞いてない。さっきまでお客さんいて」
「お客さん来てたの!?久々じゃない?」
「そうなの!私と同じ大学生でね、ギターやってるんだって〜。おまけにイケメン」
「イケメンなんだ…笑」
「そう、それも結構なイケメン」
「さっきはちょっとって言ってたじゃん」
「なに?泰雅妬いてるの?だっさ」
「別に妬いてないよ!」
菜都が大学に通うようになってから話す男友達の名前を1人も忘れてないことは雄馬には言えない。
「……で?ラジオがどうかしたの?」
「昨日の夜、またJUDGEの執行があったって。それも隣の市だよ。」
JUDGEという組織は、ニューリドルが陥落してから本当にすぐに動き出した。
ニューリドルの国民はそれをラジオで知った。
この不安定な事態にニューリドルの主要なラジオ局の社長が放送を止めずに毎日3回、ニューリドル・ニューダイブの一帯にラジオを流してくれているのだ。
貨幣交換所の案内やどこの商店が空いているか、何が足りなかったらどこにいけばいいのか、そしてJUDGEの執行がどこで行われたかが流れはじめた。
1番はじめは首都のユーロ市で一件、その後は一晩で数件ずつ、どんどん首都から広がって来るように執行が行われてついに国境付近のウル市の隣まできたのだ。
「でもやっぱり執行対象者は刑務所から開放された人っぽいよ」
と雄馬が言った。
ラジオでは国民がJUDGEのメンバーを詮索しないようにするためか、あまり詳しい情報は流されなかったが、元々刑務所にいた人ばかりが殺されているらしくその情報には俺たちも少しホッとしているところがあった。
それを見据えて国民に伝える情報を選んでいたのだと思う。
「今のところ殺されてるのは元殺人犯ばかりだ、しばらくは安心してもいいかもしれない。
…あ、これうちから持ってきたよ。売れそうなのはこれで最後かな」
雄馬が持つダンボールの中には洋服や食器などが詰められていた。
雄馬が完全に南家に居候することが決まったのて、雄馬の前の家にあるものを売って家計の足しにすることになったのだ。
―――――
次の日、俺と雄馬がダンボールの中身をいろんな店に売って回って余ったものを持って店に戻ると菜都が大学から戻ってきていた。
「あ!おかえり〜」
そこには昨日店に来た蘭の姿もあった。
「誰?菜都の友達?」
「昨日言ってたお客さん。大学生なんだって」
「蘭、ユーロの駅で乗り換えて大学行ってるんだって!駅で会ったから一緒に来ちゃった」
「来ちゃったって…蘭、他に予定とかなかったのか?無理やり誘ったみたいで悪いな」
「全然大丈夫だよ。むしろありがたい。会ったばっかりなのに仲良くしてくれて。…隣の方は?」
「幼馴染の雄馬だよ。今はここで一緒に住んでる」
蘭は一瞬不思議そうな顔をしてたが、雄馬が一緒に住んでる理由は聞いてはこなかった。
雄馬と蘭が握手をする。
「よろしく。雄馬ブラウンだ。」
「河田蘭です」
「俺、段ボールの中身家に置いて来るわ」
そう言って雄馬は店の奥に向かった。
「ここに住んでるんだ」
「そう。この建物の2階が家だよ」
「お兄ちゃん、ちょっとこっち」
菜都が急に立ち上がり俺の腕を持って店の奥に引きずり込む。
「なんだよ急に…!」
「蘭と2人で話したいから…ねっ!」
「…え?」
「も〜ぅ、気が利かないなぁ。店は私が見ておくからお兄ちゃん上にあがっててってことよ」
「は?」
「いいからっ!」
そういうと菜都は俺を店の奥に押し込んだ。
渋々上に上がると今度は、雄馬が腕を引っ張って俺の部屋までいき鍵を閉める。
「なんだよ、雄馬まで…!」
「なぁ、あの人本当に大丈夫か??」
「大丈夫って何が!?」
「菜都と急にあんなに親しくなって」
「は?…だから妬いてなんか」
「そうじゃなくて!」
雄馬は部屋の外に聞こえないように小声で
「こんな時期に楽器なんて不自然だろ。昨日の今日で普通あんなに距離縮まるか?…JUDGEのメンバーだったらどうする?」
「…んなわけないだろ。大学生だぞ。俺らと歳の変わらないやつが夜中人を殺して歩いてるっていうのか?」
「JUDGEはまだ目撃情報が浮かんでないんだぞ。警戒するに越したことはない。もし知り合いがJUDGEだったなんてことがあれば、こっちから調べなくたって何かの拍子で知る可能性が高くなる。…不用意に新たな人と仲良くならない方がいいと思うけどな」
―――ガチャ
突然部屋が開いた。菜都だ。
「びっ…くりしたぁ」
「なに二人で話してんの?」
「ノックしてから開けろって」
「蘭が一緒にお夕飯食べるって」
雄馬が俺の背中をつついて首を振る。
「父さんと母さんは?」
「お母さんが一緒に食べない?って蘭にいったの!」
少し怒ったように菜都が言った。
「…わかった。俺たちもすぐ行くよ」
「もうすぐできるからね!」
ばたんと勢いよくドアが閉まった。
「菜都はああなるともう俺にはどうにもできないぞ」
「俺だって小さい時からずっと一緒なんだからそれくらいわかるよ…。俺は警戒心を持てって言いたかっただけ」
雄馬はむすっとして部屋を出て行ってしまった。
…今日の夕食はとても憂鬱だ。
運がいいのか悪いのか売れ残った雄馬の家にあった食器のおかげで蘭が南家の食卓に付けた。
「すみません。こんなことまでしていただいて。」
「いいえ。ご飯ぐらい食べていきな。その代わりじゃないけどお家が落ち着いたら家で買い物してくれると嬉しいわ」
雄馬の両親が無くなった時も「ご飯ぐらい食べていきな」と母さんは言っていた。
「その手袋は?ずっとつけてるの?」
雄馬の蘭に対する言葉はやけに高圧的だ。
父さんも蘭が手袋を付けたままご飯を食べようとしていることに気づく。
「そうだな。飯の時ぐらい外したらどうだ」
「…」
蘭は黙って左手の親指でぎゅっと右の掌を押さえた。
きっと見せたくないぐらいひどい傷か何かがあるに違いない…!
頼む。…雄馬、ここは見逃せっっっ!!!
「…失礼じゃない?ごはん食べさせてもらってるのに」
この時、俺はすべてが穏便に済みおいしく夕食を食べきることだけを願った。
「そうですよね。皆さんが不快じゃなければ僕も手袋外したいんですけど…」
「いいわよ。何も気にすることないわ」
母さんがそう言うと蘭はゆっくりと手袋を外した。




