#35 自分殺し。
現編成での二章最終話です。
黒、よくここまで主人公になれました。
見届けていただけると幸いです。
この話で本作を知っていただいた方は是非前の話も見てやってください。
気が付くと、俺は輸送機内のベッドの上だった。
「黒さん、目を覚ましたの!」
目を開けるとリブちゃんが目の前に居た。
ゆっくり体を起こしたはずなのに立ち眩みのように頭がぐらぐら揺れる。
「…だめだ。吐きそう…」
「大丈夫か黒?」
流星が駆け付けた。
「リブちゃん。有綺さんの方に行ってて」
そういうとぱたぱたとリブちゃんが去っていく。
流星がベッドわきのカーテンを閉める。
「気持ち悪いんだったら全部吐いとけ。」
そういって流星は俺の背中をさすった。
俺は、それはそれは本当に、吐くものが身体からなくなるんじゃないかって言うくらい吐いた。
その間俺が馬乗りになって殺した戦闘民族の感触を思い出してしまった。
俺の記憶ではあの場で一人しか殺していないはずなのに、何故か数人分、違う人の感触も湧き上がってきた。
きっとその人たちのことを考えないようにすることもできた気がするが、罪悪感でそれもできなかった。
…車の揺れが嫌だ。いつまでたっても気持ち悪い。
俺は隣にいる流星に背を向けて横になった。
流星はずっと俺の背中をさすっていた。
しばらくすると
車が止まった。俺はそれと同時に眠りについた。
―――――
再び目を覚ますとカーテンの外から声が聞こえてきた。
「シュウは、前線に立つ人間をもっと絞った方がよかったと思う?」
「…思わない。」
すぐに蘭とシュウだとわかった。
「でもこれで黒が前線に立てなくなったら」
「…ほかの人間を立たせればいい。でも黒はそんな軟じゃないと思うけど」
俺はいつ、シュウにそう思わせるようなことをしたのだろう。
「蘭は今回の対人戦で黒を傷つけたと思ってるの?」
「…」
「だったらそれは違う。あそこで黒がとびかかってなかったら烈が死んでた。仲間が一人死んでたんだぞ。それよりは出会って数秒のやつの血を浴びる方がましだろ」
―――――…!
いきなりカーテンが開いた。
「やっぱり起きてたか。」
カーテンを開けたのは蘭だった。
「ごめん聞いてた?」
「聞いてたよ…。」
「気分は?」
シュウが俺に尋ねた。
「もう平気」
「よかった」
輸送機内には俺以外に蘭とシュウしかいなかった。
「みんなは?」
「この下がもうツインケーブになってる。そっちにいるよ。黒を移動させるのも可哀そうだと思って。ベッドの質はツインケーブもこっちも変わらないからね」
「もう10キロ進んだの?」
「30キロ」
「30キロ!?」
戦闘民族と戦った場所が森の入り口から7,8キロぐらいだった気がしたけど…
「あそこで戦った後、外のメンバーを絞ったんだ。俺と凛奈とダンとケイと…あと烈も外で一緒に進んだ」
「烈も?」
「この際だからメンバー絞って今日のうちに一気に進みたいから無理するなとは言ったんだけど聞かなくて。…でもちゃんとついてきてたよ。かなりハイペースだったはずなのに、チビなくせして体力はある。」
「『黒さんだけしんどい思いするなんて耐えられないっす』って言ってたよ。あの後、もう一度、戦闘民族に出くわしたんだ。黒が居たときにぶつかった集団よりは小さかったけど。
その時は烈、自分で刺してた。
隣にいたダンを守ったんだ。ダンはナイフの異能を持たないからね。
その時は致命傷にはならないものだったけど、結構必死だったんじゃないかな」
烈はまだ訓練生から警官になりたてだから16歳か…。最初の対人戦で劣勢になるのは仕方ないとして、俺のせいで何か負い目を感じてなければいいけど。
「…で、黒。明日からどうする?」
蘭が俺の心情を伺うようにそう聞いた。
シュウが続けて説明する。
「今日と同じペースで進めれば明日の夜にはもしかしたら森を抜けられるかもしれない。そこで人に当たるかどうかは正直運だ。全く当たらない可能性もあるし、今日以上の集団に出くわす可能性だってある。
正直…俺は黒に一緒に前線に居てほしいと思うよ。」
「シュウ、それは…」
蘭が口をはさむ。
「蘭だってそう思ってるだろ。
今日を超えて明らかに18人の中で一線が引かれたんだ。
蘭や俺、凛奈、そしてケイ。それに今日で黒、まぁ烈もそうか。
この6人は、人に刃を向けた。
その線は簡単に超えられないものだ。黒だって強制的に超えざるを得なかった。黒が超えられたから烈も超えようとできた。
正直…なめてたよ。この一線を超えることがこんなに大きなことなんて思ってなかった。
黒を見て、面食らったっていうか…。」
シュウが言葉に詰まるのを見るのは初めてだ。
相変わらず表情は一つも変わらないけど、その言葉には戸惑いが見えた。
「俺…あんまりわかんないんだよ。人の心っていうか、そういうの。
ずっと前からそう。小さい時からそうなんだ。…自分にないから人のものもわからない。
そのせいで何度も自分に呆れてきた、そういう意味で空しくなる。
いつも俺の感情の終着点はそこなんだ。
…森へ出発する前、ネイヴの人たちも当たり前のようにこの一線を超えるんだと思ってた。
俺が軍隊に入って初日に超えなきゃいけなかったそのラインを『普通』に今回もみんな超えるんだろうって思ってた。
今思うと軍の同期のやつももしかしたら黒みたいになってたかもしれない。
何でかはわからないけど、俺は初めて、ようやく黒を見てわかった。
この一線を超えるのはこういう事なんだって。
ただ、終着点は変わらない。
『自分はどうあがいても人間の気持ちはわからない』って呆れるんだ。
それでも今回は一歩手前で疑問に思えた。
ここにいる18人全員が線のこっち側に来てもいいのかって。
超える必要が無い人に超えさせる必要があるのかって。」
シュウの戸惑いやその“呆れ”は到底俺に理解できるものじゃない。
でも、すごく苦しそうに見えた。
「黒がもし、その必要がないと思うなら、線のこっち側の人間の役目を一緒に負って欲しいと俺は思った。俺の解釈があってるかわからないけど、きっと俺や凛奈みたいな人間だけで他の人たちを守るより、黒みたいなネイヴの人間が一人先頭にいるだけで何か違うんじゃないか?…それこそ烈みたいに自分で自分を守ろうってなる…んじゃないか?」
シュウはやけに自信なさげだった。
―――線のこっち側の人間の役目、か。
そういわれても今日は一人刺してからの記憶が抜けているし、あの一人でさえ気づいたらああなっていた。
「俺、何人殺してた?」
シュウが答える。
「…3人」
「やっぱり」
「曖昧なのか?」
「曖昧どころか全然だよ。手だけ、ギリギリ感触を覚えてる。」
あと覚えているのは烈が襲われたのを見たときに感じた恐怖と、敵に馬乗りになった時に感じた『殺さないと殺される』という思い。これは自分自身というよりも周りにいる烈やこれに巻き込まれた18人全員に対してだった。
だったら、答えは一つなんじゃないか?
―――俺の一番の恐怖が、自分が死ぬことよりも自分以外の周りの人間が死ぬことなら。
今の間は、こっち側の人間をやる方が。
「明日からまた前線に出るよ。」
蘭は一瞬だけ驚いた表情をした。シュウはうんうんとうなずいた。
この時、俺はある小説の主人公を思い出してしまった。
その物語の主人公は自分が望んでたわけではなく、人を一人殺してしまう。
それを主人公は『人殺し』という職業で償った。罪人を殺すという仕事だ。
実質、二人目以降の殺人をつづけながら主人公はそれを『自分殺し』と形容し、こう謳った。
『人を一人殺すごとに、自分の心が一つずつ死んでいくのがわかる。
…いや、それは私がそう思いたいだけなのだろう。
もしかしたら、一人目を殺したときに私の心はほとんど死んでしまったのだのかもしれない。
人を殺すという大罪に比べたら、その『数』なんてそんな微かな要素で私自身に大きな変化があってはいけないに違いない。
私が手を掛けたその一人一人は、それ以上ない変化を遂げてしまうのだから。』
この物語の結末はどうなっていたのか今は思い出せない。
確か言い伝えの一説に由来した物語だっただろうか。その表現が読んだ当時の俺には衝撃的で印象に残っている。
タイトルは何だっただろうか。
少しだけ、今この話を思い出したことを後悔してしまった。
2021.10.9
毎日更新していた本作ですが、明日から数日だけお休みします。
物語が大きく舵を切る予感です。
ここまで読み切っていただいた方、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
今日知っていただいた方も是非、それぞれのキャラクターをこれまでのお話を読み返して見ていただけると光栄ですm(__)m
是非、感想とブクマ登録よろしくお願いします!!
谷戸




