#34 他人殺し、
ケイのナイフが見えないところまで延び、その方向から悲鳴が二つ聞こえた。
俺と烈は思わず手で口を覆う。
「まだだ。…人の気配が増えてる」
シュウがそういって辺りを見回した。
「ケイ」
シュウの呼びかけでちらっとケイがシュウの方を見る。
「ベルを守れ」
ベルのことを指さしながらシュウはケイにそう言う。
今度はケイがシュウに伝えるかのようにしっかりと。
「分かった」
と言った。
「黒、烈、自分の正面だけ見てろ。相手はざっと20人以上ぐらいか。俺らの隙を伺ってる。」
シュウがぐるっと首を大きく回してこう言った。
「こちらシュウ。戦闘民族とぶつかった。…とりあえずこっちで応戦する。輸送機の方にだけ人が流れないようにするけど、気を付けて」
「…了解」
蘭の返答と同時にトン、トン、トンと三回シュウが軽くジャンプしてこう言った。
「この場は殺さないと殺されるからな」
―――――…来る!
俺でもわかった。
明かな殺気が一気に近づいてくる。
俺の方にも一人、鉈のようなものを振り下ろして襲い掛かってきた。男か女かもわからない。
何とかナイフで攻撃を受ける。
そこかしこで金属の刃が交わる音がする。
ダメだ…本当に殺さないとこっちが殺される。
俺と刃を合わせている戦闘民族は俺よりも小柄だけどパワーが強い。
「うわっ!」
背中が湿った。… … …血だ。
ケイが俺たちの背後からとびかかってくる人を次々に倒していく。
そしてシュウも俺の目の前の人を刺した。
「まだ来るからな」
シュウは俺を心配したんじゃない。「覚悟を決めろ」と、そう伝えたんだ。
「黒さん…、これ、本気で…」
…あぁ。“一線”を超えなきゃいけないかもしれない。
ここで荷物になるわけにはいかない。ここで死ぬわけにはいかない。
《生の執着》だ。
また一人、俺に向かって刃を振り下ろしてきた。
ここだ。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
上から鉈を振り下ろすその人を交わすようにかがみ、腹のど真ん中を刺した。
ナイフはその人の腹部を貫通して背中から突き出る。
…俺の手から伸びたナイフで人を刺した。
俺の掌に自分のもの以外の血が付く。嫌に生温かい。
俺がさしたその人はぐったりと俺の上に倒れこむ。
うまく動けない。
戦闘民族と応戦しながらシュウが動けない俺に言った。
「黒!いったんそれ握れ。」
言われた通りに自分の手から伸びるそれを握るとシュウがぐったりと上に乗っかった人ごと、横にけ飛ばした。
俺たちのナイフは横からの衝撃に弱い。
俺のナイフはその人に刺さったまま折れた。
「黒さんっ!!シュウさんっ!!」
近くにいた烈はまだ相手を倒せずに攻撃を受けて流してを繰り返している。
「わぁっ!!」
「烈!!」
弱腰になっている烈を戦闘民族の一人が一気に押し倒す。
倒された烈の顔すれすれまで相手の鉈が迫っている。
このままじゃ烈が…
―――その一歩目は案外軽かった。
烈に乗っかっている奴をけ飛ばすと、相手の武器が手から離れた。
そいつに馬乗りになる。
烈に乗っかるやつをけ飛ばしてからここまで、一瞬の出来事だったはずだ。
でも、それはとても長い時間だったような気がする。
俺はさっき折ったばかりの掌を相手の心臓に向けた。
何故か自分の周りで聞こえる刃が交わる音も、血が飛び散る音もこの瞬間だけは聞こえなかった。
…何故か、視界が少しぼやけた。
―――――気が付くと俺の下にいたやつの心臓にナイフが刺さっていた。




