#31 ダークホース
「いいよ、麻貴のタイミングで」
「…はい」
麻貴は対象に向けた右の手首に左手を添えた。
「…行きますぅ」
頼りないその返事のあと、俺はこのあと引きずってでも連れて行かなければいけないそいつの右手を見た。
…それは確かにナイフの発現だった。
サスカッチに向けた右の人差し指は一瞬で金属のように見た目を変える。
「「嘘だろ」」
俺と烈は声をそろえてそういった。
「思い切り思い切り思い切り思い切り…」
麻貴は力をためるようにそういうと、足を踏ん張った。
…まさか遠距離って。
そのまさかだった。
―――シュンッ!
と麻貴の人差し指ごとサスカッチの元に飛んでいく。
麻貴は膝から崩れ後ろに倒れこみシュウがそれを抱える。
シュウの人差し指があったところからは血が流れている。
麻貴から飛んでいったナイフはサスカッチの首元より少し下の辺りに刺さった。
「「「刺さった!」」」
本当に“刺さった”だけ。痛いのか、それとも少しかゆい位なのかもしれない。
でもゆっくりと、目の前の化け物の頭がこちらに向き始めた。
「上出来だ!!逃げるぞ!」
シュウの一言で俺たちは走り出した。
シュウが麻貴の左腕を、俺が右腕を抱えて全力で走る。
しばらくすると、待機していたメンバーが見えてきた。
その時。
―――グァハッ!!!
と化け物からダメージを受けたような音。
思わず足を止めて振り返ると、やつが足を一歩前にだし前かがみになっている。
…まさか。
「凛奈か…」
そしてその怪物が森の奥の方へ重そうな足を一歩また一歩と進んでいく。
「何してる。行くぞ」
麻貴と一緒に俺もシュウに引っ張られるように森の外へ再び走り出した。
5分くらい走っただろうか。差し込む光が強くなってきた。
「大丈夫、もう走れる。」
と麻貴は俺たちから腕を下した。
残りの数十メートルを7人で走り森を抜けた。
ちょうどその頃、凛奈の声が通信機から聞こえた。
「こちら凛奈。サスカッチ巻いたけど結構森の奥まで来ちゃった。ダンも一緒。この辺にはあの一体しかいないっぽい。」
「指令室、了解。今の位置から見てまっすぐ南に向かえばみんなが見えると思う。シュウたちはそこで待機で」
「待機了解。」
…とりあえず一安心。
それにしてもあんな5メートルを超える化け物に、体格も俺より小さい凛奈が確かに一撃を食らわせるなんて…。異能の同時発現があるにしても、度胸と判断力がすごすぎる。
「麻貴、大丈夫?」
空が尋ねた。
「うん、大丈夫。」
麻貴の手を見ると、手に血が付いているもののもう指が戻っている。
この異能は復元する力もセットみたいだ。
「まさか出発の日にサスカッチに出くわすとは」
「蘭は見たことあったのか?」
「軍の訓練の時に何度か」
言うまでもないが、ニューダイブの国境警察官になるためにサスカッチに出くわすことなんてなかった。
「おーい!みんな~!!!」
ダンの声が聞こえた。
遠くの方に小さくダンと凛奈が見えた。
ダンが大きい声をだしたから警戒したのか、凛奈がダンの口をふさいでいるように見える。
「こちらシュウ。凛奈とダンを目視、全員揃ったら一回ツインケーブに戻ってもいいよね?」
「指令室、了解。お疲れ様。気を付けて戻ってきて。」
ダンと凛奈が合流すると9人で歩いて帰った。
ツインケーブまでの道中、一つシュウに気になったことを聞いた。
「シュウ。訓練の時にサスカッチを見たって。『訓練でサスカッチを倒した』ってこと?」
「あぁ。でもさすがにあんなにデカくない。俺が見たことあったのはせいぜい3メートル弱ぐらいだ」
「…もしかして麻貴が前に出なくても逃げてこれたんじゃない?」
―――大丈夫、この会話は後ろを歩く麻貴には聞こえていない。
「まぁそうだと思う。」
「…蘭はそれをわかってて麻貴に?」
「当たり前だろ。」
「…」
何かを考えたわけでもなく、無意識に後ろにいる麻貴の方を一瞬振り返ってしまった。
「蘭のことを甘く見ない方がいい。あいつの『正義』は必ずしも『優しさ』じゃない。」
「…別に蘭の指示を否定してるわけじゃない。俺だってこういう作戦だってわかってる。」
「そうだな。黒はわかってる。いや、ここにいる人みんな分かってるって、俺はそう思うことにしてる。
…黒と流星は、蘭から俺との話聞いたんだろ?」
「…聞いた」
「あいつ…変な奴だよな」
「は?」
「え?…変だと思わないの?」
「俺は…ダリアのこととかよくわからないから、…そもそも普通がよくわからないけど」
「あぁ、そう。」
そういって、シュウはまた前を向く。
…この状況だとシュウも大概“変”に見える。
もう一つだけ、少し気になってることを聞いた。
「シュウと蘭は、友達?」
シュウは迷わずこういった。
「まぁな。そんな感じだ。」




