#3 少年と師と
「 …子供?」
流星はじっと足音がした方向を見ている。
「黒、出て来い」
「だから、爆発したら…」
「あそこにいる子供、首にチョーカーついているぞ」
俺は恐る恐る格子をあけ、2週間ぶりに牢の外に出た。
流星の視線の先にはまだ小さな子供。
流星が声をかける。
「僕、名前は?」
「島原 朱里」
「そっちにいっていいかい?」
朱里と名乗るその男の子はちいさくうなずいた。
「いくぞ黒。この建物、もしかしたら結構人がのこってるかもしれない」
流星とその少年の元に歩み寄った。
「…その手」
朱里の右手にはべったりと血が付いていた。
俺は、思わず背の小さい彼に目線を合わせて汚れた右手をとった。
「君もあの煙を」
「うん」
「痛くない?」
「今は痛くない」
「そうか…」
「朱里君は上の階から降りてきたのかな?」
「そう。僕がいたフロアにまだ人がいる。その人が床を叩いて知らせてた。下に人がいるから合流するといいって」
「聞いたよ」
「君と一緒にいた人はおそらく僕たちの上司だ」
「君は…ニューダイブの出身?」
「ニューリドルだよ」
ニューリドルはニューダイブの隣国だ。
「そっか、…そうか。聞きたいことはたくさんあるけど、とりあえず、ここにいる人をなるべく把握した方がいいな」
「朱里が上から降りてこれたってことは上下の移動も大丈夫って事か」
「そうだな。とりあえず、ダイブの警官がいるなら上に上がろう。いろいろ聞けるかもしれない」
俺たち3人はフロアの端にある階段から上の階に上がった。
そして、俺たちは広がった光景に絶句する。
「なんだここ…」
―――――まるで怪物が暴れまわった後のような光景だった。
「きっとこのフロアも俺たちがいたところみたいに薄い壁のしきりと格子があったんだな」
格子だったパイプと壁だったはずの木材がそこら中に散乱している。
そして部屋の奥に、見覚えのある人物の変わり果てた姿を見た。
「グレイ隊長…!?」
俺がいた隊の隊長、グレイ・フレッド・翠隊長だ。
ボロボロになった隊服、項垂れて座り込む姿。二週間前からは想像ができない姿だった。
「黒の上司か?」
「俺がいた北西支部の国境警察隊隊長だよ。…よかった、生きてた」
俺はグレイ隊長の元に駆け付けた。
「グレイ隊長!」
「俺に近づくな!!」
―――――…!
あまりの鋭い声に立ち尽くしてしまう。
「人を…殺したんだ…。国境警察である俺が、ニューダイブの人間を殺したんだ」
「人を…殺した?」
「ここで、何があったんですか?」
流星が訪ねた。
「今から一週間位前、このフロアのやつがいきなり暴れだした。手から出たナイフを振り回して、それだけじゃないすさまじい力でこのフロアの壁も何もかも壊していった。何事かと思ってよく見たら、俺の同期のやつだったんだ。俺は止めようとした。でももう自我も無くなってた。」
変わり果てた姿のフレッド隊長は必死に冷静を保つように俺たちに話した。
「どんどん、そいつに殺されて行って最後、その子と俺だけ残った。なんとかその子だけ守ろうと思ってその同期のやつを押さえようと思ったら…」
「…そいつが落ち着くまで俺が押さえられればいいと思ってたんだ。むしろ、自我を失ったあいつに俺が殺されると思ってた、でも…」
「俺も、あいつと同じだったんだ…。押さえつけようと思ったら…。もう、思い出したくもない…すまん」
グレイ隊長は背を向けて立ち上がって俺たちから、また距離をとった。
「この建物はまだ上に続く、他に人もいる。俺はもうどうでもいいから黒たちそいつらと合流しろ。」
「隊長は…」
「お前らにもついてるだろ、これ」
グレイ隊長は自分のチョーカーを指さした。
「俺は、もうこの力が怖い。ここで生きるにしろ、なにか手立てがあってここから抜け出すにしろ、もうにどとあんな思いはしたくない。首を飛ばされた方がましだ。」
あの、グレイ隊長が「首を飛ばされた方がまし」なんて言うと思わなかった。
グレイ隊長の力強い目の説得力に俺たちは黙ってしまった。
動きようがないこの状況に、流星が口を開いた。
「じゃあ、俺たちは上に向かいます。あなたがここに居たいなら、ここにいてください」
「おい、流星」
「でも、状況を見て、必ずもういちどあなたの所に来ます。今は何もわからなすぎる。あなたの力が必要なら協力をすがるかもしれないし、この状況が俺たちにとってどうしようもない状態ならその旨を伝えに来ます。僕は隊は違いますが国境警察というところではあなたの部下です。その役目は果たさせてください」
そういってグレイ隊長に背を向け階段の方へ向かった流星に朱里も後ろ髪をひかれながら続く。
「黒、お前もいけ。俺は、今は動かない」
先に行った流星が振り返る。
「黒」
俺は隊長に敬礼をし、流星に続いた。