#23 それぞれの罪
「僕たちが憎いか?…あぁそうだろうな。だが、俺たちの憎しみはネイヴの人たちも信じている神を冒涜し、封じ、自分自身の保身と発展に走ったセンターコアの人間たちだ。
憎むならそいつらを憎むんだな!!」
レッダのその言葉は叫びに近かった。
リブちゃんはそばにいたケイの袖をぎゅっとつかんだ。
「ちょっと、子供もいるのよ…」
ヒートアップした部屋を瑛愛さんが抑える。
レッダは大きく息を吸って、また大きく息を吐いた。
そして、ふっと頭をあげてニコッと笑う。
「すまないすまない。ちょっと取り乱しただけだ。君たちは一緒に旅をする仲間だというのに。…どこまで話したっけ?」
レッダは机の上のホログラムを再びダリアの地図に戻した。
「あぁぁぁあ…あぁそうそう、ポートの話ね。」
小さな機械のスイッチを押すと地図の複数の箇所が光る。
レッダは一つ咳払いをして何事もなかったように話を続けた。
「そのポートはここから1キロくらいのところに一つ存在してね。ダリアのメトロポリタン内のポートから僕たちはここに飛ばされた。ボスの命令通りにツインケーブを作って、そのあとゲリラ隊がニューリドルやニューダイブやダリアで拘束した君たちのことを送ってきて、君たちを亜人にした。」
―――君たちを亜人にしたって…
まるで工場でのマニュアルを説明するような口調に、腹が立った。
「その白い煙で、ウイルスで、人が死んでるんだぞ。」
俺と一緒に拘束された西部支所の仲間も流星の仲間も、他の人だって…
ここにいる人たちは確かに仲間を何人も失っている人たちだ。
「あぁ、そうだな。…ほかに何か言うことはあるか?」
レッダが言った。
「俺たちは勝手に故郷から引き離されて…」
「あぁ」
「家族とも離れ離れになって」
「それで?」
「…リブちゃんや朱里はまだ子供だって言うのに」
「そうだな」
「こんなことが許されると思うのか…?」
俺が何を言っても心のない返答しか帰って来ない。
「じゃあ逆に聞くが、お前らはどうして自国民を守れなかった?それが、お前の、お前らの仕事じゃないのか?」
…俺だけじゃない、フレッドも流星も有綺さんも烈も思いもよらないところをつかれて、突然水を掛けられたみたいだった。
「それはお前らが『弱い』から。いや、元をたどるなら『神』とかいう得体のしれない、実体のないものを恐れ“争いが起こらないように”“技術を伸ばさないように”を続けてきたからだ。
ポートからなくなったものがどこに行ったのか調べなかったのか?
なぜ消えたのかを調べなかったのか?
灰の海峡に実際に向かって調べようとした人間はいたのか?
もしネイヴの人間が一人でもそれを調べようとしていたら、灰の海峡の向こうの人間が侵入してくる可能性を考えていれば。…そう思わないのか。
思わないよなぁ。2707年間争いの少ない場所でのうのうと過ごしていれば『平和ボケ』もするだろう。
ダリアの人間から言わせてもらうと、全く“贅沢”な考えだ」
…平和ボケ。ダリアの造語か?やけに皮肉じみた言い方だった。
「いいか、実に『270年』だ」
「270年?」
「ネイヴとフジ、その中でも随一の技術国ダリアの技術の差だ。
ネイヴの人たちが使っている技術はダリアの『270年前』の技術と変わらない。
この世界は弱肉強食。体の大きいライオンが兎を食べることが罪になるのか?ならないだろう。
『攻撃されたから被害者です』って考えはおかしいと思わないのか。
あまりにもぬるい。ぬるすぎる。
動物の中でとびぬけて発達した脳をもって、それを武器として与えられた人間が
その技術を振りかざして何が悪い。
たしかに僕たち新政府軍がお前たちを襲ったのは大罪だ。
それくらい辛い思いをさせていることは理解している。
でも、だとしたら
『神を信じて疑わず、わずかにでも与えられた智であらゆる事象に対して探求を怠った』
そのことがネイヴの罪だ。
それに対して被害者面することは、僕が新政府軍の名をもって絶対に許さない。
新政府軍は『神はいる』という答えを技術を極めることによって出すことができた。
神がどんな事をしているかもわかってきた。
これが、ネイヴの人たちが『智の国』と信じた僕たちダリアの現在地だ。
ネイヴ出身の君たちと直接話をして
僕たちが、いや『新政府軍』がやらなくてはいけないことがまた鮮明になったよ。
『この世界を“ならす”』
2707年前に神がかき混ぜ、財と智に分けたこの世界の間違いを正し、もう一度一つにする。
技術で神と渡り合い、そして超えるんだ。」
俺の頭ではレッダの言っていることが突飛に聞こえた。
しかし本人は、憎悪を叫んだ時に比べると、落ち着ついて前を見据えた言い方だった。
「君たちは賛同してくれるんじゃないか?
君たちが手にしたその異能も、持ち前の頭脳も、新政府軍に役に立つ。国の『公平』の為になる」
そしてダリア出身の『彼ら』もまた、落ち着いてこう答えた。
「…いいんじゃない?」
1番最初に答えたのは凛奈だ。
『そんな、勝手な!』…と口に出せないのは何故だろう。
…これがネイヴの遅れか。270年先の異次元の会話にどうにも口が挟まない。20そこらの俺たちだけじゃない、人生の先輩である一二三さんやベルさんまでもが彼らの様子を見守ることしかできていない。
「分かった、乗ろう。」
続けてシュウもレッダの問いかけに乗った。
凛奈とシュウの目線の先はセンターコアのエリートコースから逃亡した河田蘭。
俺と流星も蘭が何を言うのか、固唾をのんで見つめてしまう。
「…僕は、きっと“喜んで”ダリアのメトロポリタンに向かう作戦に向かってしまうんだ。」
という蘭の言葉を思い出していたのは流星も同じだろう。
「… … …」
蘭は俺たちと目が『合わせられない』ように見えた。
ふと、シュウが声をかける。
「蘭、」
蘭がシュウの方を向く。
「ネイヴの人たち、あとケイとダンは俺が命を懸けて守る。…これでどうだ」
「…なんでシュウがそんなことを」
「お前のでかすぎる『正義』が引っかかってるのはそこだろ」
二人にしかわからない時間が、そこで流れた。
「俺は、蘭が見たい世界を見てみたい。こいつらの提案はそこまでの近道じゃないのか?お前より頭の出来は悪いが、俺はそう思う。」
「俺だって…」
蘭が眉間を抑える。
すると、シュウが蘭に寄って耳打ちをした。
「コソコソ話はよくないなぁ」
レッダが口を挟むが、シュウは一つも気にしていないようだった。
10秒くらいだった。シュウが話し終えた時の蘭の表情は『驚き』…だろうか。それと決心のようなものも感じる。
「…話に乗ろう。でも最初に…君たちの意見を聞かなくちゃいけないだろ」
蘭がようやく俺たちと目を合わせてくれた。




