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#19 少年だった二人



それから二人は一時間ずっと話をした。



蘭は自分がセンターコアの官僚の息子であること、高校に進学してからこのような貧しい現状を知ったこと、それがきっかけで父親と絶縁したことを伝えた。


そして、高校でひどいいじめに遭っている事も話した。



シュウは同情もせず、自分の意見も言うことなく、目の色も表情も変えないまま


ただ「そうなんだ」とうなずきながら話を聞いていた。



シュウは蘭に、自分が捨て子であること、生まれたときからこの施設で過ごし15歳になったその日から仕事をしていることを教えた。


結局、この時は蘭に自分が何の仕事をしているかを教えることはなかった。


それと、この施設がどんなところかを話した。



「パーソナルキーシステム上ではここで住んでるやつらはみんな家族ってことになってる。管理人を親とみなして、みんな養子っていうカウント。それがどういうことかわかるか?」



シュウは少しだけ皮肉っぽく続けた。



「パーソナルキーシステム様のおかげで俺が稼いだ金も申請一つで『家族・家』という名のここのやつら、この施設にプールされるってこと。

 だから下は0歳から上は18までを養ってる。15歳になるまではこの施設のお荷物、15歳になったらそれを返済していくって感じ。だから14までのやつがチビの面倒を見るんだ。俺も面倒を見てもらってたから、俺の稼いだ金が流れたって別に文句を言おうとも思わないけど」


「高校を卒業したらどうするの?」


「家を見つけて一人暮らしをするか、仕事先の寮に入ったりもする」


「シュウはどうするつもりなんだ?」


「軍隊に入るつもり。とにかくこの街を離れたい。今の仕事も長くはできないだろししたくないし。」


「国境戦線で戦わされるかもしれないんだよ」


「それでも住む場所と着る物と飯が用意されるんだったらそれでいい。若いうちに戦死するとしてもそれはそれ。15になったその瞬間から学校に行きながら働きづめてるんだ。周りにはもう体壊してるやつは山ほどいるし、このままいても俺なんかどうせ長く生きないよ」



蘭には返す言葉が見つからなかった。



「蘭こそ、高校卒業したらどうするんだ。…ていうか今の高校にずっと通い続けられるのか?」

「高校を変えても状況は変わらないと思う」

「…センターコアの人間にもそういう苦労があるんだな」



シュウはいつも見るどこのものかわからない制服に着替え始めた。



「軍隊か…考えたことなかった。」

「…お前も俺と一緒に軍に入るか?高卒の資格さえあればあんなん誰でも採ってくれるだろうし、ここでくたばってるよりはお前の目指すものに近づくような気はするけど。」



この時、蘭は最後に父からぶつけられた言葉を思い出していた。

そしてこれからの自分の可能性を何パターンも考えた。


このままメトロポリタンの端で何もできずに貧民の一人として国を変えられなかった自分を悔やむか、それともセンターコアに戻って父親と和解するか。

軍に入って国境付近で戦いながら一人で生き抜くか、別の仕事をさがすか。

高校でのいじめに耐え続けられるのか。



…そうだ。河田蘭は幼い頃からエリート教育を受けていたのだ。



「…軍隊って年齢制限はないのか?」

「センターコアの人間は軍の入り方もあまり知らないんだな。」



この時のシュウのいい方は言葉と裏腹に皮肉っぽさはみじんもなかった。



「普通の仕事と同じだよ。15になった瞬間から働くことはできる。高卒資格さえあればな」



蘭がこの先の身の置き場を決めた瞬間だった。



「さぁ、そろそろ出るぞ。」



シュウは鞄に荷物をつめる。

蘭も立ち上がった。



「この時間は間違えなく管理人もいるし、チビたちも飯の準備をしてるやつらがいる。立ち止まるとロクなことがない。俺のあとを走ってついてこい」



シュウは部屋のドアノブに手をかけた。


「いくぞ」



シュウは扉を開け一気に走り出した。


蘭も後を続く。




「誰?」「新入り?」「見たことない奴いる!!」

と声が挙がり始める。


階段を一つ降りると出口に管理人らしき人がいた。



「蘭!そいつは?」

一瞬見えた管理人らしき人の顔は案外優しそうな雰囲気だったらしい。



『友達だよ!』



シュウはそう答えて蘭の腕を引き、管理人の腕をひょいっとよける。



「道路に出たら左の道をまっすぐすすめ。チャリで追いつく」



そういって蘭は一度建物の裏を回った。


言われた通りにまっすぐ走っているとすぐに後ろからシュウが追い付いた。


シュウに導かれて入った路地で息を整える。



「病み上がりなのに走らせて悪いな。」



別れの時間だった。



「いいか、今回はお前が死にそうだったから声をかけたけど、…次どんな状態で俺を見かけてもかまうな。俺もお前をかまわない。この町ではそういうルールだ」


「…わかった。本当にありがとう。助かった」


「じゃあ、俺は時間だから」



そういって、シュウはなんのためらいもなく自転車に飛び乗って蘭の元を後にした。


二人はそのあと蘭が高校を退学する3月まで、本当に一度も話を交わすことはなかった。

蘭が生活をする場所をかえたからだ。



翌日から蘭はいつも通り高校にかよい、いじめられる日々に戻っていった。

熱のせいもあってか、その一日の出来事はまるで今ここに立っている自分とは違う自分が体験したような気分だった。



だが、孤児院から二人で走って抜け出したときにシュウが蘭のことを「友達」と言った、あの瞬間だけは鮮明に蘭の脳裏に焼き付いていた。



一か月くらいしてから様子が気になっていつもの時間にあの道に行くと、やっぱり蘭は同じ服を着て自転車を押しながら、あの孤児院の方向に向かってゆっくりゆっくり歩いていたらしい。




この後、二人が再び出会ったのはダリア国軍に入ってから。蘭は翌年、シュウは蘭が入隊した次の年に入隊した。




シュウは再会した蘭は一年先輩だったことにとても驚いていたらしい。

でも、やはり表情は一つも変わらなかったそうだ。







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