#18 メトロポリタンの端の端で
「実はシュウは高校に通っていた時に知り合ったんだ」
蘭は話をつづけた。
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蘭は路上生活をしている時、学校がない時間は
日が出ている間はビルとビルの隙間に、日が落ち人通りが少なくなると月の明りが当たる広い道で過ごし、朝日が昇る前にまた隠れて過ごし…をくりかえしていたという。
その時、決まった時間、朝日が出るか出ないかギリギリの時に蘭がいる道を自転車を押して通っていたのがシュウだった。
シュウはどこのものかわからない高校の制服を着て、とてもゆっくりボロボロの自転車を押して歩くからとても印象に残っていたらしい。
これは路上生活を始めてしばらくたち、季節は冬になりどんどん気温が下がってきたころの話。
ずっと冷暖房の聞いた場所でしか生活がしたことがなかった蘭は体調を崩し高熱を出してしまったことがあったのだそうだ。
その時、路上で倒れている蘭を助けて看病したのがシュウだった。
シュウはメトロポリタンの端の端の孤児院に暮らしていた。
高熱で意識を失っていた蘭はその孤児院のシュウのベッドの上で目を覚ました。
蘭は目を覚ましたのと同時に自分の鞄の中を確認したらしい。
「大丈夫、何も盗ってないよ。」
突然体を起こした蘭に激しい頭痛が襲った。
視界がゆがむ中、人の気配が方向を見ると
シュウはいつも見る制服とは違うものを着て立っていた。その制服は見たことがあるものだった。
蘭が進学した高校の隣のリーン高校のものだ。
「…にしてもなんでそんなにお金持ってるのにあんなところで暮らしてるの?体も傷だらけだし」
「…」
「…別に答えたくないなら無理に話す必要もないけど」
シュウはくすんだコップに入った水を一杯窓枠のスペースに置いた。
「君も高校卒業資格が欲しいんだろ。でも今日学校に行ったら、そのままこじらせて出席日数減らすだけだからやめた方がいい。自覚あるかわからないけど、君、まだひどい熱だよ。
この部屋には盗られて困るものもないから。気にしないでここで寝てろ。むしろ部屋の外に出ないでほしい。帰ってくるときは誰にも見られなかったからばれてはいないと思うけど、誰かに見つかると少し面倒だから。あと、一応バッグは抱えたまま寝た方がいい。この施設内には監視カメラもないから大金が取られても帰って来ないぞ」
そういってシュウは鞄を持って部屋を出た。
蘭がぼーっとした頭で必死にシュウが言ったことを反芻していると、一度シュウが戻ってきた。
「もしここの管理人に出くわしたら『ここに住んでもいい』とか『仕事をやる』とか都合のいいことを言われるかもしれないけど、その時はとにかくNoと言え。話に乗るな。金があるならここに長くいない方がいい。じゃあ。学校終わったらすぐに戻る。」
蘭はその時言われた通りまだ沢山現金が入っている鞄を抱えて布団を頭までかぶって眠りについた。
決して柔らかくはないが、きちんとした寝床で寝たのは数か月ぶりで、熱が出ていたにもかかわらずよく眠れたという。
蘭が目を覚ましたのはシュウが帰ってくる直前だった。
「起きてたんだ。」
「さっき目が覚めた。」
「体調は?」
「だいぶましになった。」
「それはよかった。そしたら俺が仕事に出るタイミングで一緒にここからでよう」
シュウがそういうと蘭は鞄を開ける。
その瞬間、シュウは眉間にしわを寄せて蘭の腕をとった。
「金ならいらないからな」
「…でも」
せめてものお礼を蘭はシュウにしたかったらしい。
「おれは稼いでるけど、お前は仕事できないだろ。あんなところ住んでるんだ。パーソナルキー使えない事情でもあるんだろ。金がそんだけあるなら大事に持ってろ。」
「…君はなんの仕事をしているの?ほぼ毎日、あの道通ってた」
この時、シュウははぐらかすように質問で返したらしい。
「……俺からすると、鞄に現金だけ詰めて路上生活している君の方がだいぶ謎がおおきいんだけど」
少しの沈黙のあと、シュウが一つの提案をしたらしい。
ここでのシュウの言葉の選択が、この二人の関係性を築くきっかけになったと蘭は言う。
「君、どうせ卒業するまでこの辺の路上で暮らすんだろ。だったら嫌でも何度も顔を合わせることになる。そのたびに君の素性を気にしてしまうのはストレスだし、それはお互いそうだろう。言える範囲でいいから少し話をしよう。俺が仕事に出る時間まで一時間くらいある。」
ベッドに腰掛けていた蘭の方に椅子を向けてシュウが腰を掛ける。
「シュウ・ワトソン。リーン高校2年。君は?」
「河田蘭。ウエストアクタ高校1年。」
蘭はすこし口ごもりながら話をつづけた。
「…僕は、…センターコアの近くからこっちに来た。…逃げてきたんだ。」
高校に入学していじめが始まってからこの町の人の前で二度と口にしていなかった『センターコア』という言葉をシュウに向けて言った。




