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#17 河田蘭という男



それから、蘭は自分の話を始めた。


ここからは、蘭の口から直接聞いた彼の半生である。


―――――


河田こうだらん。19歳。ダリア出身。



彼はダリアのメトロポリタンの中でもさらに中心部である『センターコア』という建物の近くで生まれた。

センターコアはダリアのメトロポリタンの都市機能を司る部分だ。パーソナルキーシステムもそこで管理しているらしい。



なぜ、彼がセンターコアの近くで生まれ育ったか。

それは彼の父がセンターコア内部で働く官僚だったから。


センターコアでの仕事は代々世襲制で蘭自身も幼い頃から高いレベルの教育を受けていた。


彼の兄や同年代の官僚娘息子たちと比べても特に高い知能と能力があった蘭は周りからとても期待されていたらしい。彼自身もセンターコアで将来働くつもりで勉強を続けていた。




彼の人生を大きく変化したのは高校生の時。

兄はセンターコア関係者が多く進学する中心部の高校に進学したが

彼は自分で望んでセンターコアから離れた地域にある高校に進学した。


周りからは相当反対されたらしいが、センターコア周辺のことしか知らなかった蘭は

メトロポリタンを管理するものとして視野を広げたいという想いがあったと言う。






15歳の蘭を待ち受けていたのはひどい『いじめ』だった。



蘭はこの時のことを「当たり前の出来事」だと言っていた。


パーソナルキーシステムが適用されているメトロポリタンの内側は生活するためにとてもお金がかかるらしい。そのシステムを作ったのが200年前の富裕層だからだ。


全ての建物・施設の入出や一人一人の行動を把握することができるパーソナルキーシステムのおかげで200年前から犯罪率はどんどん下がっていったが、

「地図にした時メトロポリタンの内側に住んでいただけ」の貧困層との格差はどんどん広がっていったらしい。


おまけにダリアの技術力によって人が働かなくても機械ができる仕事が沢山あり、働くこともできなくなる人が増え始め、パーソナルキーシステムによってメトロポリタンが閉じられてしまったことも相まって200年前は貧困層ではなかった層まで世代を経てどんどん貧しくなっていったらしい。




蘭が進学した高校がある地域はその現象が如実に出ていた地域だったらしい。




「センターコアで働く人に良いイメージを持っている人はここに全くいない」


蘭は明確にそう思ったという。


それまでセンターコアの周辺のことしか知らなかった蘭はいじめに苦しみながらも、ダリアという国の問題を深刻にとらえていた。




―――そして、これを変えるべきだと声を挙げた。




それを彼の父に伝えた。

センターコアで働く蘭の父親からの返答は蘭にとって衝撃的なものだった。





 「 … … … だから?」






センターコア周辺は安心安全。何不自由のない世界。

小さな子供が迷子になっても、財布を落としたとしても必ず帰ってくる世界。



 「お前は何のためにメトロポリタンの“隅”を変えたいんだ?」


蘭の父は蘭にそう尋ねた。

蘭は答える。



 「何のためということ以前に、助けなければいけないと思わないのか。」



蘭の父はため息をついて、腕を組んで、まるで何も間違っていないかのように続けたという。



 「お前は、それを『正義』のようなものだと思っているのかもしれない。だけどダリアの総人口はおよそ700万人と言われていて、そのうちメトロポリタンの内側に住んでいる人は650万人、さらにその中でも400万人がセンターコア周辺で暮らしている。メトロポリタンの外側には言葉の違う戦闘民族もいるし隣接国の攻撃は有史以来止まったことはない。



 …俺が何を言いたいかわかるか、蘭。




 ダリアが、ダリアのメトロポリタンがやっていることは『線引き』だ。

 これは必要なことだよ。良心だ。

 線を引いたおかげで650万人が『安全』に暮らしている。」


 「父さんは、650万人の『安全』を平和だというのか。システムの“おかげ”でその内の250万人は生きることに対して必死だというのに」



 「俺は今が平和だなんて一言も言ってないぞ…(笑)。


 技術が飽和し続けてるせいで資源は足りてないし、そのために戦争だってしてる。今のダリアが平和だなんてセンターコアの人間は一人も思ってない。

 だけど、ダリアの国境を守っている軍隊にいる人の半分近くはメトロポリタンの端で職を失った人たちだ。

 相応の給料を出してる。その給料はセンターコア周辺の富裕層が回しているお金から出てるんだ。


 あのなぁ、蘭。250万人は生きることに必死だと言うが、犯罪を犯さず、俺たちに迷惑をかけずに生きてるじゃないか。これはパーソナルキーシステムの恩恵だろ。


 頭を冷やせ。200年のシステムの歴史に15年しか生きてないお前が『いちゃもん』を付けてかなうはずがないだろ。


 それともあれか?お前が目指すのは『平等』か?『公平』か?

 『世界平和』とでもいうのか?(笑)」




蘭の父の態度はまさに『嘲笑』だった。

蘭はほんの数年前まで、立派な仕事をしている人として尊敬していた父にここで明確な殺意を覚えたという。




そして、彼が家族のもとから逃げ出す前最後に聞いた父のセリフがこれだそうだ。





「センターコアの関係者がメトロポリタンの端に進学するなんて例がなかったからな。

 貧民にいじめられたか?服も汚れてるぞ。


 自分がいじめられてもなお、国民のことを想って同情までしていることに酔ってるんだろう。

 …『自分こそがダリアを変える人間だ』とでも思ったか。


 確かにお前は兄貴よりも優秀だ、勘もいい。人と違う能力があると父さんも思ってるよ。

 辺境の高校に進学すると言い出した時も何か自分の考えがあるのだとは思ってたがこういう事とはな(笑)

 いじめが辛くてセンターコアの高校に編入したいなら父さんが何とかするから。

 考え直してからもう一度父さんの所に来なさい。」






この後、蘭は有金をすべて現金に換え、通っていた高校の近くで路上生活を送りながら高校一年生の間だけはいじめに耐えながらその高校に通い続けたらしい。


その間、一度だけ高校卒業資格を取るためにセンターコアに戻り一発で試験を通過したのち、3月で高校を退学しダリア国軍に入隊した。



これが大陸歴2703年、河田蘭が16歳になる年の出来事だ。



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