タナブゥタの伝説・上
町に到着して半月。
あたしの『運命の王子様』探しは、はかばかしくなかった。
理由のひとつは、レオン。
【起きたか、ローゼ。今日も1日良い天気になりそうだ。よし、朝の内に張り切って魔物退治へ行くぞ!】
「……あー……うん……」
朗らかなレオンの声を聞きながらあたしは宿を出て、足取りも重く町の門へと向かう。このせいで少なくとも、朝は全部潰れちゃう。下手すると昼を過ぎることだってある。
でもね、あたしが魔物倒しに行かなくちゃいけないってのは分かるわ。聖剣持ってるんだし。
それに魔物を倒さないと金も貰えないからね。この辺は仕方ないわ。
で、はかばかしくない次の理由――。
「よっ、彼女! 可愛いね! もし暇だったら、俺とお茶でも飲まない?」
「うん! 飲むわ!」
今日も魔物を倒して戻ってきたあたしを、見知らぬ男性がお茶に誘ってくれるんだけど……。
「君みたいな目立つ子、見たら絶対忘れないんだけどな。もしかして余所から来た?」
「うん。グラス村から」
「え、グラス村? あのド田舎の?」
あー。
この人も同じ返事ね。
もう続く会話も予想できちゃう。だってこの話をした人は、大半が同じこと言うんだもん。
笑顔の下でうんざりしてるあたしに気付くこともなく、目の前の彼は口元をにやりと歪める。
「じゃあ町に来てビックリしたろ? 何せ人は多いし、建物は高いし、道だってきちんと舗装されてるからな!」
ほーらやっぱり、同じこと言った。
えー、えー、ビックリしたわ。だから何なのよ、もう。
で、この後しばらく話をするんだけど、いつも楽しくないの。うちの村を馬鹿にする空気を醸し出してる人だからかな。
しかもせっかくお洒落で素敵なお店へ連れてきてくれるのに、どの店もお菓子やお茶の味はいまひとつ。アーヴィンと一緒に食べたときは美味しかったはずのお菓子だって、なんだか美味しくないの。もしかして村で食べたものは作り方が違ったのかもしれない。
だからある程度話をして「この人は『運命の王子様』じゃない」って思ったら話を切り上げて立ち去ることにしてるんだけど、その時みんな同じことを言うの。
「この後、俺が町を案内してやるよ」
あー、やっぱり。
でもね。
話しててつまんない人に町を案内してもらっても楽しくないでしょ?
だからあたしはいつも、お礼の言葉とお金を残してサヨウナラしてる。
* * *
「あの人も『運命の王子様』じゃなかったなー。でもまだ17人目だし、仕方ないか」
歩くあたしが呟くと、レオンが淡々と言葉を返す。
【今の男は52人目だ】
「もうそんなに会ってた?」
そうかー。地道に『運命の王子様』探してて、あたしエライ。
「やっぱり簡単には見つからないなぁ」
【いい加減諦めろ。こんなつまらないことを何回繰り返すんだ】
「『運命の王子様』が見つかるまで何回でもよ。この町にいないなら、次の町で探すわ!」
力強く返事をしたのに、レオンからの返事は戻らない。
やだやだ。レオンは短気なんだから。
「でも安心して、レオン。今日は必ず『運命の王子様』が見つかるから」
【……その根拠はなんだ】
「それはね。今日が『タナブゥタの日』だからよ!」
【タナボタの日?】
「ちがーう! タナブゥタ!」
昨日、共同浴場で出会った女の子に教えてもらったの。
「あのね。昔、この町に、お裁縫の得意なお嬢様がいらしたんだって」
【ほうほう?】
「お嬢様は使用人の男と恋に落ちるんだけどね、お嬢様の父親は身分違いの恋を良く思わなかったの。父親は恋人を遠くの町へ追いやり、お嬢様が恋人のために縫っていた服を町の川へ捨ててしまったんだって」
あたしは夕闇迫る空に視線を移す。今日は晴れていたから、藍色の空には星が瞬き始めている。
「父親に服を捨てられたと知ったお嬢様は川へ行って必死で探すんだけど、でもその日はあいにくの雨でね。足を滑らせたお嬢様は川に流されて亡くなってしまうの。で、お嬢様に会いたくて町へ戻ってきた恋人も、お嬢様の死を知って川に身を投げてしまったそうよ」
町の建物が切れて橋が見える。この橋の下を流れるのがお話に出てくる川、その名もタナブゥタ。
「以降はお嬢様が川に流された日になると、服を数える『1枚……2枚……』という声の後に『……ああ、服が1枚足りない……』という嘆きが聞こえるようになったんだって。だから川に服を投げてあげると、服が見つかったと喜ぶお嬢様が恋の悩みを叶えてくれるって話よ!」
【……おい。その話、途中から別の話がまざってないか?】
「え? 何もまざってないと思うけど」