村娘と聖剣
あたしは背伸びして机の真ん中に刺さってた剣を抜く。腕よりも少し長い剣だからそれなりの重さを覚悟してたんだけど、手にした剣は想像よりずっと軽かった。
しかもとっても美しくて、天上から来たのも本当だろうなって思わせる。
――でも、それが何?
あたしは剣を床に投げ捨てる。
カシャンという音と共に「おい、この俺に何をする」という声が聞こえた。
「あんたこそ何してくれちゃってるのよ」
低い声で言うと、あたしは足を上げる。
「普通はね、剣なんて物騒なモンが落ちてきたら、みんな驚くし逃げるわ!」
そう言いながら上げた足を剣の上に落とした。ダン、という音に混じって剣の悲鳴が聞こえる。
「なのにあんたはなんて言った? 『無駄な怪我をしたもんだな』? ふっざけんじゃないわよ!」
あたしは続けて何度も剣を踏みつける。
「あんたがどこに落ちるつもりだったかなんて分かるわけないでしょ! 傷つけない位置に落ちる予定だったら落ちる前にちゃんと言いなさいよ、その場にいても平気だ、って! ――アーヴィンが痛い思いをしたのは、あんたのせいなんだからね!」
最後にグリグリ踏みにじると、剣からは悲鳴に混じって「すまん!」とか「俺が悪かった!」という声が聞こえてきた。
でもね。
あたしには分かってる。
本当は、ぼんやりしてたあたしが悪いんだって。
アーヴィンがどこかを痛めたのは、あたしに怪我させないよう庇ったから。
剣が落ちてくることにあたしが気がついて逃げていれば、アーヴィンは痛い思いなんてしなかったの。
……そんなあたし自身への苛立ちを含めて踏まれてる剣はいい迷惑かな。
なんて、ほんのちょっと良心の呵責を覚えていると、後ろから名前を呼ばれた。
「ローゼ」
振り向くと、立ち上がったアーヴィンがいつものように穏やかな瞳であたしを見ている。
「私のことはいいよ、ありがとう」
「でも」
「それにもしこの剣が本当に天上から遣わされたものだとしたら、聖剣だという可能性がある。刃を踏むのはやめた方がいい」
「……不敬だから?」
いや、と呟いてアーヴィンは首を左右に振る。
「聖剣だとしたらこの刃で魔物を倒している。うっかり血でも残っていたらローゼの足が汚れるよ」
【残ってるわけないだろうが!】
「もちろん冗談です」
全然冗談じゃない調子で言って、アーヴィンは床から聖剣を拾い上げる。その動きは滑らかでいつも通り。痛かった場所が治ったんだと分かって、あたしはホッとした。
「で、あなたはどうしてここにいらしたんですか?」
アーヴィンは机に聖剣を置く。あたしの方をちらっと見てからもう一度椅子に座ったので、あたしも元の椅子に腰かけた。
【……この娘を俺の主にしてやろうと思ったんだ……】
「俺の主? あんた結局なんなのよ?」
【今、この神官が言ったろ】
ふてくされた調子で剣は言う。
【俺は聖剣だ】
「聖剣? ……っていうと、本当にあの聖剣!?」
世に蔓延る魔物を倒すため、神によって作り出された聖なる剣。
神殿の教えにだって出てくるし、聖剣を手にした人が強い魔物を倒した物語は本になってる。
この世で聖剣を知らない人なんていないわ。
「……え、なに? もしかして、聖剣の主として、あたしが選ばれたってこと!?」
上ずった声で問いかけると、剣はしばらく沈黙した後に答えた。
【……まあ、そうだな】
剣の……ううん、聖剣の言葉にあたしは絶句する。
その様子に満足したのか、聖剣は自慢げに語りだした。
【お前の『魔物を倒したい』という思いはこの世の誰より強かった。よって、聖剣を持つに相応しいと俺が判断したんだ】
「……え……嘘……そんな……」
【確かに信じられないだろうし、いきなり聖剣で魔物を倒せ、なんて言われて不安だろうがな。でも俺の指示に従えば――】
「――った」
【ん?】
あたしの声は思ったより小さくて、剣のところまではうまく届かなかったみたい。もしかしたら、うつむいて震えてるせいなのかも。
【どうした? 怖いのか? 大丈夫だ、俺が――】
「……やった……」
【は?】
「やったわ!」
顔を上げる今のあたしは、きっと誰よりも輝く笑顔を浮かべているに違いなかった。
「これで魔物の心配をしなくて済む! 一人旅も怖くない!」
【なに?】
「これで……これで……」
あたしは握りこぶしを突き上げる。
「これで村から出られる! あたしは『運命の王子様』を探しに行くことができるのよ!」
【はっ……? 運命の……? お前、何を言って】
「ありがとう、ありがとう! あたしはローゼ。ねえ、あなたのことはなんて呼んだらいい!?」
【え? あ、俺はレオンと――】
「レオン! よろしく、よろしくね!!」
【あ、ああ?】
戸惑うレオンの声を聞きながら、あたしは握手の代わりに柄を握ってぶんぶんと振った。