村への帰り道
朝。いつもよりずっと早く起きたあたしは、荷物を持って宿を出発した。
「レオン」
【なんだ?】
「ごめん。あたし、勝手なこと言うね」
町の門は夜明けに開く。
開いたばっかりの門を出たあたしは、先日町へ来た道を戻る。
「村へ帰る」
決死の思いで言ったのに、レオンから戻ってきたのはあっさりとした返事だった。
【だろうな】
「……え?」
【え、って何がだ。昨夜があんな様子だったくせに、今日も平気な顔して男と茶でもを飲んでたりしたら、さすがの俺もお前の頭の中を疑うところだったぞ】
そこまで言ってしばらく黙った後、レオンは重々しく告げる。
【いや。お前の頭の中は初日から疑ってたな】
「失礼ね」
【まあいずれにせよ、俺は魔物が倒せれば文句はない。どこへ向かって進もうとお前の勝手だ】
レオンの言葉の内容は突き放すような感じだったけど、声の調子は優しい。これはきっと、あたしの考えを後押しをしてくれてるってことなんだ。
嬉しくなってあたしはお礼を言う。
「ありがとう」
お礼には返事が無かった。
これはあれね。照れてる。レオンの性格もなんとなく読めてきたわ。
小さく笑ったあたしは、遠くなってしまった村へ向けてどんどん歩く。
ううん。
最初は歩いてたけど、気が急くあたしの足はいつの間にか速くなって、気が付くと走っていた。
ご令嬢と騎士は馬車と馬だったらしいから、あたしの足じゃ追いつけないのは分かってる。
それでもあたしは走った。疲れてどうしようもなくなったら歩いて、息が整ったらまた走る。夕暮れについた町で宿を取って、翌朝早くにはまた出発して走り出した。
走る間に考えるのは、アーヴィンとご令嬢のことばかり。ふたりはどこで会ったんだろうかとか、王都でどんな日々を過ごしたんだろうかとか。
あと、なんで離れ離れになっちゃったのかなとか。
ご令嬢は王都の大神殿ってところでアーヴィンと会ったのかな。神官はそこで修業するって言うもんね。
きっとお互い一目で好きになって、でも何かの事情でふたりは別れることになるの。例えば、そうね。ご令嬢の父親、お貴族様が身分違いの恋を許さなかった、なんてどうだろう。
あたしは走りながら顔の汗をぬぐう。
なんだか考えは合っているように思えてきた。
そっか。それでアーヴィンは、国外れのグラス村へ来たのよ。お貴族様が娘と別れさせるため、アーヴィンをどっか遠くにやってしまおうって裏で手を回したから。
ああ、だからアーヴィンは『運命のお姫様』の話をするとき、いつも寂しそうだったのね。あたしと話をしながら、きっとご令嬢を思い出してたんだ。
だとすれば、ご令嬢と会えるのはアーヴィンにとって嬉しいことのはず。
なのになんで、あたしは急いでるんだろう。
あたしはアーヴィンに会って何を言いたいんだろう。
お祝い? 『運命のお姫様』に会えておめでとうって伝えたいの?
行かないでって? せっかく『運命のお姫様』が迎えに来てくれたのに?
それとも。
それとも……?
走りながらあたしは思わず喉の奥で笑う。
今さら気が付くなんて、あたし、馬鹿だ。
直感なんてちっともあてにならない。
もっと前に気が付いておけば良かった。せめて村を出る前に気が付いておけば……。
そこまで考えてあたしは、ううん、と首を横に振る。
気が付いても意味がない。あたしも村で玉砕した女の子たちの仲間入りをしただけ。だってきっと、アーヴィンの『運命のお姫様』は王都のご令嬢なんだもの。
悲しくて悔しくて叫びだしたくなる。それでもあたしは村へ向けて走った。
走りながら、顔をぬぐう回数はだんだん多くなる。前を見るため、濡れる目の周りをぬぐわなきゃいけなかったから。
* * *
あたしは結局、貴族の馬車らしきものの後ろ姿を見ることがなかった。あちこちの町で噂話を聞いただけ。
当たり前だよね、あたしには馬がいないんだもん。追いつけるはずなんてない。
あ、そうそう。レオンと一緒にいるからね、ちゃんと魔物も倒したよ。
【こんな時まで律儀に魔物退治する必要は……いや、確かに倒すべきなんだが……】
なんて、ごにょごにょ言うレオンがちょっと可愛かったな。
そんな風にしながら彼女達の後を追いかけて、あたしはようやく、故郷のグラス村へと戻ってきた。




