村娘と、苦しさと、涙
女の子たちはあたしが見てることに気づかないまま話を続ける。
「その、王都から来たご令嬢と騎士様は、グラス村に何の用があるの?」
「なんでもね。グラス村にいる神官様が、ご令嬢の探してる人かもしれないんですって」
グラス村にいる神官。その言葉を聞いて、あたしの胸が早鐘のようになる。
「そうなんだ。でもグラス村なんていう国外れの情報がよく王都にまで届いたわね」
「商人が届けたらしいわよ。なんでもどっかの町で『グラス村にはこんな素敵な神官がいる』っていう話を聞いたみたいでね。その情報がご令嬢の探している人物の条件に当てはまったんで、ピンと来て王都へ走ったんだって」
「そうそう。だから私たちも騎士様に確認されちゃったよね。『グラス村の神官はこんな容姿で間違いないか』って。だから『噂だとその通りです』って答えておいたわ」
グラス村の神官といえばもちろんアーヴィンのこと。そしてアーヴィンはグラス村に来る前、王都にいた。
もしかしてご令嬢にとってアーヴィンは『運命の王子様』だったの?
ご令嬢は王都で見たアーヴィンを忘れられなくて、ずっと探してたの?
あたしは両手で口を覆う。でも、鼓動も、鼓動と一緒に速くなった呼吸も、そんなことじゃ治まらない。
ご令嬢に情報を届けたのは商人だって、女の子たちは言ってた。どっかの町でアーヴィンの情報を聞いたんだって。
あたしは町で情報を流した。グラス村にいるこんなに素敵な神官が『運命のお姫様』を探してるんだよって。
商人が届けた情報の元っていうのは、きっと、あたしだ。
もしかしたらご令嬢は王都へアーヴィンを連れて行ってしまうのかもしれない。あたしが流した情報のせいで、アーヴィンは村からいなくなっちゃうかもしれない。
そう考えたら眩暈がしてきた。視界が大きく傾いであたしの視界は横転する。誰かの悲鳴と水音が聞こえた後、お湯の中であたしは、ごぼごぼしながら胸が苦しいなって思った。
何が苦しいんだろう。
ああ、そうか。息ができないから苦しいんだ。
体を起こして湯から出なきゃ。
でも力が入らなくて動けない。
もう一度大きな水音がした。周囲の人たちがあたしお湯の中から出してくれた音。あたしは咳き込んだ後、呼吸ができるようになった。ぐったりするあたしを何人かの人が抱えて運んでくれる。
運ばれながら、あたしは考えた。
もう湯の中にはいない。あたしはちゃんと息ができるようになった。
なのに変ね。どうして……。
――息ができるようになっても、あたしの胸は苦しいままなんだろう。
* * *
【まったく。湯あたりするほど長く浸かるな。この馬鹿者め】
助けてもらえたおかげで、なんとか動けるようになったあたしは宿まで戻ってきた。
帰る途中もなんやかんや文句を言っていたレオンは、部屋の寝台で横になるあたしにずっと文句を言い続けてる。
でもね。
聖剣は脱衣所で布の下に押し込めてあったから、自分で動けないレオンは周りが見えないけど、周囲の言葉からあたしが倒れたって分かったんだろうね。
レオンは「しっかりしろ!」とか「俺がついてる、だからきっと大丈夫だ!」なんてずっと励ましてくれてたんだ。
心配してもらえるのって、ひとりじゃないのって、嬉しいね。そういえば、アーヴィンも言ってくれてたな。
「ローゼの無事をいつも祈っているからね」
って。
あたしも祈ってたよ。アーヴィンが『運命のお姫様』に出会えますようにって。
だとしたら、あたしの祈りは通じたことになる。アーヴィンの『運命のお姫様』は、王都から来たっていうご令嬢なのかもしれない――。
その途端あたしははっとする。同時にずっと苦しかった胸がもっと苦しくなって、目から熱いものがこぼれ落ちた。
そうよ。
あたしはずっと、アーヴィンが『運命のお姫様』に出会えたらいいと思ってた。だってアーヴィンはあたしの『運命の王子様』じゃないもの。彼にはどこか別な場所に素敵な人がいるんだから。
でもこの瞬間、気が付いた。あたし、今までとは別なことを考えてる。
「あたしがアーヴィンの『運命のお姫様』になりたかったな」
って。




