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『運命の王子様』の条件

 共同浴場の湯につかったあたしは、ぼんやりしながら天井に顔を向ける。

 ふわふわ~と立ち上る湯気みたいに浮かんでくるのは、さっきまでレオンとしてた話。


「え、ええとね。なんていうの? 確かにアーヴィンはあたしにとって身近な男性だから、その、ちょっと引き合いに出すことはあるかもしれないけど、だからって他の人と比べたりするなんて、あたしは、そんな」

【本気で言ってるのか?】


 レオンの真剣な声を聞いて、あたしの言葉は途切れる。


 ……言われてみれば、今まで会った男の人に対して「もっとアーヴィンみたいにこうしてくれたらいいのに」って思ったような気がする。

 ううん。気がするっていうのは違う。間違いなく思った。


 思った、けど。


「で、でもね。アーヴィンは『運命の王子様』じゃないもの。だからいくら比べたって、あの人は――」

【ローゼ】


 慌てて言い募るあたしの言葉をレオンは遮る。


【お前は良くそれを言ってるが、一体『運命のナンチャラ』とはどういうものだ?】

「ナンチャラじゃなくて、王子様、よ。ええと『運命の王子様』はね。あたしだけを深く愛してくれて、あたしもその人だけを愛することができる人、よ!」

【それはどうやったら分かる?】

「どうやったら……?」


 口ごもるあたしに向かって、レオンはぴしりと言い切る。


【運命の相手とやらを判別する方法は何だ?】

「方法って……それは、あたしの直感……」

【直感? そんなもんが判別方法だってのか?】


 まるでせせら笑うかのようなレオンにあたしはムッとする。


「そうよ! だってあたしの『運命の王子様』なんだもの、あたしにはちゃんと分かるわ!」

【じゃあ、アーヴィンは?】

「アーヴィンは違う」

【どうして】

「……え……どうしてって……だって、アーヴィンは……」


 あたしの声は急に勢いを失う。


「……出会いが最悪だったもの。だから、きっと違う……」

【出会いが最悪? どんな出会い方だったんだ?】

「言わない。言ったら笑うに決まってるもの」

【笑わないから言ってみろ】

「絶対笑うから嫌よ」

【絶対笑わない。約束する】


 真摯なレオンの声を聞いてあたしは悩む。

 でも、そうね。レオンは聖剣だし、嘘を言ったりしないか。


「……あのね。今から6年前、あたしが11歳の時、うちの村へアーヴィンが来たんだけどね」


 前の神官様が王都へ戻ってしまった後、後任としてグラス村の神殿へ来ることになったのが18歳のアーヴィンだった。


「たまたま森の中でアーヴィンに会ったんだけど、あたし、アーヴィンのことを魔物だと勘違いしてね」


 続くあたしの声は思わず小さくなる。


「…………の」

【なに?】

「だから、その、…………の」

【聞こえん。はっきり言え】

「だからね、あのね……」


 あたしは思い切ってもう少し声を大きくした。


「……腰抜かして、漏らしたの……」

【ぶ】


 あたしの声の後に、レオンの吹き出す声がする。更に「うぷぷ……」とか「……ぶふっ」とか聞こえるので、どうやらレオンは必死で笑いを堪えてるらしい。


 あたしは羞恥と怒りで顔が熱くなるのを感じた。


「嘘つき! ひどい! 笑わないって言ったじゃない!」

【笑ってない、笑ってない、笑っ……うむむむっ……く、くくっ】


 歯軋りしたあたしがもう一度聖剣を踏みつけてやろうかって考えた時、気配を読んだのかレオンが真面目な声を出す。


【あー、ごほん。つまり、そんな普通じゃ考えられない出会いをするくらいだ。あいつが『運命のナンチャラ』の可能性だってあるだろうが】


 ……いや、真面目な声かと思ったけど、よく聞いたら声が震えてる。全然真面目じゃないわ。

 なんとなく腹立ったけど、でもそれ以上に言葉の内容に腹が立つ。


「だから言ったでしょ! そんな最悪な出会いをする人は『運命の王子様』じゃないの!」

【重要なのは出会いよりその後のことじゃないのか? お前はあいつと一緒にいる時間をどう過ごしたんだ。あいつと一緒にいる時、どう思ってたんだ?】

「どうって……そりゃ……」


 アーヴィンといる時のあたしは、今浸かってるお湯みたいに、ほこほこする穏やかな時間を過ごしてた。

 一緒にいて楽しいって思ってた。


「でも……やっぱり『運命の王子様』とは素敵な出会いをしたい……」


 湯の中であたしが呟いた時、ガラガラと扉が開いて女の子たちが共同浴場に入ってきた。


「ね、カッコイイ騎士様だったよねー」

「いいなー。そんなにカッコイイ人ならあたしだって見てみたかったー。もういないのかな?」

「今日中に、お仕えしてるご令嬢と次の町へ行くって言ってたもの、もう発った後だと思うわ」

「そっかー。残念。でもグラス村まで行くんじゃ仕方ないわね。あの村まではまだ距離があるし」


 グラス村。あたしの故郷。

 その名を耳にして、あたしは思わず女の子たちを振り返った。

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