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村娘は無自覚なまま

 タナブゥタの翌日、あたしは次の町へ向けて出発することにした。

 この町に居ても、あたしの『運命の王子様』には会えない気がしたから。


 もちろんアーヴィンともここでお別れ。


「十分に気を付けるんだよ」


 そう言ってくれたアーヴィンの髪が風に揺れる。端麗な顔を彩るのは朝日に透ける褐色の髪。あまりに神秘的なその姿に、あたしは思わず見惚れてしまう。


 まるで神様の像みたいな、あたしの自慢の友達。

 絶対、幸せになってほしい。


 どうか彼のもとに『運命のお姫様』が来てくれますように、と願いながら、あたしはアーヴィンを見上げた。


「ねえ、アーヴィン。もしかしたら近いうちに、村はすっごく賑わうかもよ?」

「どうして?」


 くふふ、と笑うあたしを見るアーヴィンは、微笑んで首をかしげる。

 んもう。どんな姿も本当に絵になるんだからー。


「あのね、アーヴィンは基本的に村から出られないでしょ? だからあたしが代わりにね、旅先の町で色んな女の子に『グラス村にはこんな素敵な神官がいるんだよ』って――」

「やめてくれ」


 それは周囲の気温が下がるかと思うくらい低くて冷たい声だった。

 更に、眉を寄せるアーヴィンの表情も、今までに見たことないほど厳しく険しい。


 いつもとまったく違う様子はまるで知らない人のようで、言葉を失ったあたしは黙ってアーヴィンを見つめる。

 周囲の音さえも消えたような気がする中で、はっとしたアーヴィンはようやく微笑んだ。


「ああ、ごめん、ローゼ」


 彼の表情はいつも通りに戻るけど、あたしの顔はこわばったまま。それでもアーヴィンは何もなかったかのように、穏やかな声であたしに言う。


「私はね。ずっとこのまま、村で静かに暮らしていきたいんだ。だから私のことを他所で言う必要はないんだよ」

「……うん」

「さあ、そろそろ行くだろう? 私もグラス村に戻るよ。ローゼの無事をいつも祈っているからね」


 アーヴィンはどこから見てもいつも通り。でも何かのきっかけでまた、さっきみたいな怖い顔になったらどうしようってあたしは思ってしまう。

 だからあたしは、町で何人もの女の子にアーヴィンの話を聞かせた後なんだと、伝えることができなかった。



   *   *   *



 こうしていくつかの町に滞在したあたしだけど、やってることは最初の町と同じ。


 朝起きると、レオンに「魔物退治に行こう」と言われる。戻ってきて神殿で報奨金をもらって町中を歩いてると、男の人からお茶に誘われる。

 もしかしたら『運命の王子様』かもしれないなと思ってお茶をするけど、違っててがっかりする。


 この繰り返し。


「うーん」


 腰に聖剣を佩いたあたしは、腕組みしながら日の落ちかけた町中を歩く。


「今日の人はいい感じだと思ったんだけどなあ……」

【かなり話も弾んでたじゃないか。何が駄目だったんだ?】

「だって」


 あたしはさっきまで一緒だった人を思い出す。

 今日の人はかなり話が合った。

 盛り上がったせいで、思わず身振り手振りが大きくなっちゃったんだけど……。


「最後の方であの人、ハンカチを落としたじゃない? なのに店の人に拾わせておいて『ああ』だけで終わらせたでしょ? あれは良くないわ。ちゃんとお礼くらい言うべきよ」

【礼を言わなかったのは、お前と話してたからだろ?】

「でもそういうところで人への接し方って見えると思うのよ。少なくともアーヴィンだったらお礼を言ったし、あたしはそんな風にきちんとしてる人の方が好ましく思うわ」


 あたしの言葉を聞いてレオンはしばらく黙った後「なあ」と声をかけてくる。


【昨日の奴が悪い理由は何だった?】

「え? 昨日の人? ……うーんと。ひとりめの人はちょっと動きが荒っぽすぎだったのよ。アーヴィンみたいに優雅な動きをして欲しいとは言わないけど、さすがにあれじゃねえ。一緒に暮らしたら、あっという間に家を壊されちゃいそうだわ」

【昨日のふたりめは】

「あー、あの人はね。完全にやらしー目つきだったじゃない? 目的がバレバレ。アーヴィンほど紳士的な言動を期待するわけじゃないけど、でも――」

【ローゼ】


 レオンは真剣な声であたしを呼ぶ。


【お前、気づいてないのか? 以前からその傾向はあったが、タナブゥタの翌日からはかなり顕著だぞ】

「何が?」

【……出会った男どもを、あの神官と比べてるだろうが】

「え、そうだった?」


 きょとんとするあたしに向かってだと思う。

 レオンはこれ見よがしに大きくため息をついた。

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