魔法少女戦士 チュー☆ドック
恥ずかしくなったら突然非公開にするかも知れません。
深煎ココノ、二十五歳女性。中小企業勤務。趣味無し。恋人無し。
主食はブラックコーヒーとエナジードリンク、カフェイン錠剤。
朝食にカフェインを摂取し、ブランチにカフェインを摂取し、昼食にカフェインを摂取し、三時のおやつにカフェインを摂取し、夕食にカフェインを摂取し、夜食にカフェインを摂取する。
お陰でいつでも脳が覚醒し、体の疲れが溜まっていく一方だ。
そんな彼女を見つめる六つの目があった。
「見つけたゾン! 三人目の伝説の戦士!」
「あーしらの仲間になってくれるら?」
「資格は十分じゃないかしら」
三人ーーいや、二人と一匹は顔を合わせて頷きあい、そっとココノに近づいた。
「待つゾン。三人目の伝説の戦士!」
ココノは妙な声が聞こえた気がして辺りを見回した。後ろに女の子二人組が居るだけで、特段変わった様子は無い。
「ここだゾン! 下を見るゾン!」
「下……?」
言われるがまま視線を動かす。
ゾウのぬいぐるみと目があった。
「初めましてだゾン!」
「ぬ、ぬいぐるみがしゃべった!」
思わず後退りをしたココノを追いかける様に、ぬいぐるみはポテポテと効果音を出しながら歩き出した。
「ボクは、みんなが好きな事に夢中になれる夢の国、イゾン・ショー国の王子イゾウだゾン!」
「依存……?」
「イ・ゾ・ウ、だゾン!」
イゾウと名乗ったゾウのぬいぐるみは、ポキュと音をたてながら手を挙げた。行動一つ一つに効果音が付くらしい。
「悪の王国ベジタブール国に襲われたイゾン・ショー国を救う為に、伝説の戦士として力を貸してほしいゾン!」
「はあ……」
「彼女たちが伝説の戦士の仲間だゾン!」
そう言ってまた効果音と共にイゾウが示した先には、先ほど後ろにいた女の子二人組が立っていた。
「ども〜、ヒラリで〜っす」
「マイカよ。よろしく」
「二人とも、君と同じ伝説の戦士チュー☆ドックなんだゾン!」
何を言っているのかさっぱり分からない。分からないなりに面倒な事になりそうな予感がして、ココノは身構えた。この予感はよく当たる。常に疲労感満載のココノは、変な宗教やエステの勧誘に声をかけられる事が多いのだ。
こういう時は走って逃げるに限る。妙な勧誘も流石に追いかけては来ないものだ。
「あっ、待つんだゾン!」
全速力で逃げ出したココノは後ろからバタバタポテポテと足音が聞こえてきて焦る。常に疲労しているココノの体は、全速力を維持する体力などないのだ。
明らかに失速していくココノ。万事休すと後ろを振り返れば、ココノの瞳に予想外の光景が映った。
「も〜無理〜」
「限界……休憩させて」
「情けないゾン! それでも伝説の戦士かゾン!」
ヒラリとマイカと名乗った女の子二人組がその場にへたり込み、イゾウがせっついていたのだ。
「アル中に運動な〜んて無理〜!」
「私の肺真っ黒なんだから……」
そうして徐にヒラリがカバンからワンカップを取り出し、マイカが胸ポケットにあったタバコに火をつける。
「見て分かったかゾン、ココノ」
「見て分かるって……二人はアルコール中毒とニコチン中毒なんだなってことぐらいしか」
ココノの答えを聞いて、イゾウは満足げに頷いた。
「その通りだゾン。カフェイン中毒のココノと同じだゾン!」
「同じ? 全然違うわよ!」
「同じだゾン! 三人とも好きなことに夢中になっているゾン!」
イゾウはどこからともなくオモチャのようなものを取り出した。
「この魔法のコンパクトを使って魔法少女戦士チュー☆ドックに変身して、悪の手先ヤサイーゾと戦うゾン! キミにはその資格があるゾン!」
「ええ……」
そんなことを急に言われても、アラサーと呼ばれる歳になってしまった女にはキツすぎる。日曜朝の女児向け番組の主人公たちは中学生とかだろう。
断りの言葉を口に出そうとした時、イゾウの手に持つコンパクトが急に光出した。見れば、ヒラリとマイカもそれぞれ色違いのコンパクトを手にし、神妙な面持ちでその光を見つめている。
次の瞬間、目の前に大きな人参が降ってきた。目と口と手足が生えており、いかにもな怪物である。
「ヤサイーゾがでたゾン!」
「うん! みんら、いくよぉ!」
「カッコつけてるけど呂律回ってないし、ていうかそのみんなに私も入ってるの!?」
ヒラリの掛け声に合わせて、三つのコンパクトが開く。ココノが慌ててキャンセルボタンを探すも時すでに遅し。絢爛な音楽とともに体が光に包まれた。
「いつでもフワフワほろ酔い気分! アル☆チュー!」
「燻らす紫煙と苦い芳香! ニコ☆チュー!」
「シャキッと覚醒コーヒーブレイク! カフェ☆チュー!」
体と口が勝手に動き、いつのまにか三人並んでポーズを決めていた。
「みんなの夢中な気持ちを奪わせない!」
「「「魔法少女戦士チュー☆ドック!!!」」」
(決まってしまった……!)
ココノは恥ずかしいポージングをとりながら目を瞑った。どうか夢でありますように。最近夢見れてないけど。
「三人目の戦士、カフェ☆チューの誕生だゾン!」
「夢じゃなかったー!」
がっくりと膝をつくココノ。その時初めて自分の身につけているコスチュームを目に入れた。
黒と茶色というシックな色合いでまとめてある。足はタイツで覆われており、スカートの丈は膝下十センチほど。
なんというか、思ったよりも……
「悪くないかも」
「年増……こほん。チュー☆ドックは歳を重ねるごとに露出が少なくなるゾン!」
「二十五は年増じゃないもん!」
キッとイゾウを睨みつければ、素知らぬ顔で口笛を吹いてどこ吹く風である。
「そんなことよりも、戦いに集中するゾン! アル☆チューとニコ☆チューはすでに戦っているゾン!」
「そ、そうだった」
ココノは敵に目を向けた。大きい体の割に動きが早い。猛烈に繰り出されるパンチを、二人のチュー☆ドックが華麗に躱しているのが見えた。
「……二人とも膝上のミニスカートなんだけど。あの子たち何歳なの?」
「アル☆チューが十七、ニコ☆チューが十八だゾン!」
「未成年じゃない!」
「むしろ伝説の戦士で成人している方が異例だゾン! それに、イゾン・ショー国には何かを夢中になる時の年齢制限はないゾン!」
「ろくな国じゃないわ、そんな国!」
ココノがイゾウに詰め寄ると、イゾウは目を逸らし言った。
「今は戦いに集中するゾン!」
「都合のいい時だけ可愛いマスコットになれると思ったら大間違いだから!」
その時だった。空の上から高らかに笑う男の声が聞こえてきた。
「はーはっは! 新しいチュー☆ドックが増えたところで何も変わらんな!」
「今度は何?」
「ベジタブール国の幹部、リョクオーショックだゾン」
「さっきから思ってたけど、なんで敵の方が健康的なわけ?」
緑やオレンジの衣装に身を包み、顔を仮面で隠した男は地面へと降り立ち、チュー☆ドックの三人と対峙した。
「あらわーたわね、ロクオーショック!」
「今日という日は覚悟なさい!」
「変身しても呂律は回らない仕様なの? 他の身体能力は強化されてるのに?」
ココノの素直な疑問は宙へと消えていった。何もなかったかのようにリョクオーショックが口を開く。
「それはこちらのセリフだ、チュー☆ドック! 今日こそはその中毒を治療し、野菜中心の健康的な食生活にしてやる!」
「めっちゃいい人!」
そのココノの言葉に、リョクオーショックが反応した。
「そうだろう新しい戦士よ。ではお前から治療してやろう。今日からカフェインなどいらない体にしてやる!」
「そーはさせない!」
「なんでよ!」
憤慨するココノを差し置いて、リョクオーショックの前にアル☆チューとニコ☆チューが立ちはだかった。
「こえで蹴りをつけう! アル☆チュードンキ!」
「鈍器じゃん! ていうかただのデカめな焼酎瓶じゃん!」
「アル☆チューアタック!」
「ただの物理攻撃!」
アル☆チューが振り下ろした焼酎瓶ーーアル☆チュードンキを片手で軽々と止めたリョクオーショック。ニヤリと唇が弧を描いた。
「それだけか?」
「まだよ!」
「ニコ☆チュー!」
緊迫した戦況、次に動いたのはニコ☆チューだった。
「あなたはこれで止める! ニコ☆チューステッキ!」
「長い葉巻じゃん!」
「ニコ☆チューファイア!」
そう言ってニコ☆チューステッキを振りかざすニコ☆チュー。その言葉の響きにココノは思わず胸が高鳴った。
(ここでやっと魔法が……!)
ジュッと音をたて、リョクオーショックの服にステッキを押し付けるニコ☆チュー。
「アチチチチ」
「根性焼きじゃん!」
アル☆チューとニコ☆チューの奮闘虚しく、いまだリョクオーショックは余裕の表情だ。
「どうしたチュー☆ドック。もう終わりか?」
「くっ……」
「こうなったら、カフェ☆チュー! お願い、あなたの力を解き放って!」
「えぇ……」
そうは言われましても。力の解き放ち方など分からないし、敵のリョクオーショックはいい人そうだし。
ココノが渋っていると、痺れを切らしたイゾウがココノのコンパクトを奪った。
「力を放つには、こうするゾン!」
コンパクトを開いて何やら操作する。残念ながらココノには操作の仕方がよく見えなかったが、やる気もないので割とどうでもよかった。
そのはずなのだが、例の如く体は勝手に動く。
「みんなの夢中のために! カフェ☆チュードリンク!」
ここのの両手に現れたのは、スター○ックスの一番大きいサイズベンティと青と銀の缶でお馴染みのエナジードリンクのボトル缶であった。
「すごい! カフェ☆チューは二とーりゅーなんだ!」
「何よこれ! 飲めばいいの?」
沸き立つ仲間とは裏腹に、ココノは恥ずかしさすら覚える。馴染みのある物達だが飲む以外の使い方を知らない。
「スター○ックスの方を敵にかけるゾン!」
「こ、こう?」
「うわっきたねっ」
「そしてこう叫ぶゾン!」
『カフェ☆チュードリンク、コーヒー!』
ココノが叫ぶ。その途端、リョクオーショックの様子が変わった。内股気味になり、ソワソワし始めたのである。
「コーヒーの利尿作用でトイレが近くなるゾン!」
「地味な嫌がらせね!」
そして次に! イゾウが続ける。
「レッ○ブルの方をかけるズン。そしてこう叫ぶゾン!」
『カフェ☆チュードリンク、エナジー!』
ココノが叫ぶ。
「ぐっ……」
リョクオーショックが苦しそうに唸る。
「何をした……! カフェ☆チュー!」
「エナジードリンクを一気飲みした時のような、ゲップが出そうで出ない苦しさを味あわせるゾン!」
「地味すぎるし炭酸飲料全般に言えるじゃん!」
しかしココノの考えとは裏腹に、リョクオーショックはかなり苦しそうである。
「こえなあいける……! みんな、一斉に行くよ!」
「ええ!」
「一斉に!? 何を!?」
混乱するココノだったが、例の如く体は勝手に動くもの。
(今度こそ、魔法みたいな、パワーを放つ系の技!?)
また少し期待を寄せる。
三人同時に駆け出し、息を揃えて足を踏み切る。
「「「トリプルチュー☆ドックキーック!!!」」」
(全然力技! 魔法だったのは私の微妙なデバフだけじゃん!)
三人の力を合わせた飛び蹴りで、リョクオーショックと配下のヤサイーゾ空の彼方へと消えていった。
「その中毒は身を滅ぼす事になるぞ! 肝に銘じておけー!」
とても至極真っ当な捨て台詞を残して。
「初めてでリョクオーショックをやっつけるなんてすごいゾン!」
「これで三人目も揃ったわね」
「後は〜もう一人〜」
変身を解き、三人目の戦士の活躍に沸き立つ二人と一匹。ココノの意見には聞く耳を持たないらしい。
「……もう一人って、どんな?」
諦めの境地でココノが訊ねる。まあ、小さい頃夢見ていた魔法少女みたいなものだし、しばらく続けるのも悪くはないかもしれない。
「最後の戦士は、ヤク☆チューゾン!」
「やっぱやめるわ。チュー☆ドックも、カフェインも」
ココノはクリニックに予約を入れ、必死に呼び止める刹那の仲間に別れを告げた。
作者に医学の知識は全くありません。
これは中毒ではなく依存症だな、と書いてる途中で気づきましたが推し進めました。
お読みくださりありがとうございました!