お前はもう、追放だ!!
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「それにしてもクレナルド…おまえがまさかここまでの出来損ないだったとは思わなかったぞ…。
剣もロクに振るえず、魔法も一切使えない…そんな穀潰しが、よりにもよって我が名門アルビス家の次男として生まれてきてしまうとは、な…。」
正面に不機嫌そうに座る父──オルフェン・アルビスの失望混じりの低い声が、アルビス家自慢の広いリビングに重く響く。
実の父親から放たれたとは思えないほど冷たく凍てついたその言葉に、僕──クレナルド・アルビスは
「ま、待ってください…!魔法はまだ使えないと決まったわけでは…」
慌てて弁解するように口を開いた、が…
「決まったようなものだろうっ!おまえは【加護】を何一つ持ってないのだぞ!!そんな体たらくで…魔法なんて使えるわけ、ないだろうがっ!!」
怒りを含んで語気の増したその声に否応なく遮えられ、僕は思わず言葉を飲み込んで俯いてしまった…。
【加護】とは───
人間の魂に生まれつき備わっていると言われている、その名の通り“神から授かった恩恵”のことだ。
そしてこの【加護】が、実はこの世界ではとても大切な───それこそ人生の大半を左右すると言っても過言ではないほどに重要なモノとして位置付けられていて───
というのも。
自分がどんな【加護】を受けているかによって、その人の能力、具体的に言えば、使えるスキル、魔法などの種類や強さが、ほとんど全て決まってしまうのだ。
例えば今、目の前に座って僕に睨みを利かせている僕の父、オルフェンは“剣神”の加護を持っていて、その影響で剣術スキルが恐ろしく高いため国防の最重要職に就けているし、
そのオルフェンの長男、今も僕を見下した表情で父の横に立っている兄のレイルなんかは、その“太陽神”の加護のおかげで超強力な火炎魔法を放てるために、通っている魔法学院では目下、『希代の魔法使い』などと持て囃されているのだとか。
つまりこの【加護】はいわば自身の“才能”ともいえるようなものであり、そしてアルビス家は代々この“才能”に恵まれた優秀な家系であるのだった。
そんな経緯から、次男として生まれた僕も当然、幼い頃は“将来有望な次男”と大きく期待されていた、のだが。
十歳を迎えた今日、俺はその【加護】を知るための儀式である【洗礼の儀】を受けた…の、だが…
まあ、結論から言ってしまえば───
その、人生に不可欠な【加護】を、僕は一切、何一つとして与えられていなかったのだ…。
僕の儀式を担当したのは、正確無比な【鑑定眼】を持つと評判の大司祭だった。
しかしそんな腕利きのプロが何度鑑定しても、僕の魂には【加護】が見当たらず───
司祭の唖然とした表情が、ついさっき見た場面かのごとく鮮明に脳裏に焼き付いている。
けれど彼のその反応もまた、無理からぬこと。
なにしろこの世界では、どんなに出来損ないと言えど、加護を全く何一つも持っていないというのは本来あり得ないことなのだから。
実際に貴族や冒険者は当たり前として、平民、あるいはスラム街の孤児たちでさえも皆、何かしら下位神などの【加護】は持っているものだ。それこそ、“盗賊神”などの【加護】によってスリをして生活しているような子たちもいるくらいで。
つまり【加護】が一切ないという状態は言ってしまえば、才能どころか、僕自身の存在自体を天界から認められていないようなものなのである。
そんな“存在するに能わない”はずの人物が実在していると知れば、誰でも呆然とするのが当然なわけで───
しかし一方で、儀式を後ろで見守っていた父や兄の顔には一貫して、そのような驚愕や動揺は表れていなかった。
おそらく、僕の今までの無能っぷりから【加護なし】の結果をある程度は予想していたのだろう。
彼らの顔に浮かんでいたのは、“やはりか…。”という落胆、諦念、呆れの表情だけ。
兄に至っては、その結果を聞いてニヤニヤと笑みさえもこぼしていた。
きっと愚弟の惨めな姿に愉快さでも感じたのだろう。屋敷に帰ったら、またいつものように暴言を吐きながら上位魔法の実験台にでもしてくるに違いない。はあ、面倒くさいな…
儀式後もしばらく続いていた兄の薄ら寒い嘲笑に対して、そのときはそんな風に軽く考えていた、のだが…
「それで、ここを出ていく覚悟は決まったか?……まあ、勘当自体はお前の覚悟など関係なく決定事項なんだがな。」
兄はあのとき既に、こうなることまで予期して嘲笑っていたのだろうな…。
そう、僕は【洗礼の儀】から数時間経った今、遂にこのアルビス家を追い出されようとしているのだ。
もともと幼い頃から剣技や魔法をロクに覚えない“出来損ない”として風当たりの強かった僕は、それでも───
“もしかしたら何か、遅咲きの才を持っているのかもしれない…せめて十歳になって、加護が分かるまでは…”
という極消極的な理由で、辛うじてアルビス家の末席を汚しているといった状態だったのだ。
屋敷の召使いにすらも蔑まれる日々を送っていた僕。
それが今日、ついに客観的事実としても僕の『無能』が証明されてしまったとなれば───アルビス家にとっての僕を養うメリットもまた、それと同時にすっかり消失してしまったらしく。
名家におけるただの“お荷物”、そんな僕を庇う者はもはや、この屋敷を見渡してもどこにもいないだろう。
ただ、だからといって、僕からすればその命令に黙って引き下がるわけにはいかないのも事実。
当然だ、何しろここで父を説得できなければ、僕は今日中にアルビス家追放。あとの人生はたった一人で生きていかなければならなくなるだろう。
しかし親もいない、護衛もついていない十歳足らずの子どもが独りで生活していけるほど、この世界は易しくはない。
実際、アルビス家領のすぐそばには、ゴブリンやオークといった野蛮なモンスター共の跋扈する危険なエリアが多く広がっているし、一見安全に思える人間の居住区でさえも、盗賊や人身売買屋などの暗闇がすぐそばに潜んでいるし…
モンスターに喰いちぎられる自分や奴隷として売られていく自分を無意識に想像してしまった僕は、咄嗟に身震いしてその嫌な想像を振り切ると、一縷の希望に縋るように言葉を絞り出した。
「そ、そんな…、実の子に対しての情けとかはないん…」
「そんなもの、あるわけないだろうっ!!!
が……必死の訴えも結局は、父の怒鳴り声の前に虚しく散ってしまう。
【加護なし】の結果を受けて、よほど僕に愛想が尽きたのだろう。僕の言葉を聞く気など、今の父にはさらさら無い様子。
「お前の追放はな、何があろうと、決定事項なのだよ。お前はアルビス家には必要ない、これは変わりようのない事実だ。
愚息、今まで散々我慢させやがったんだから…最後くらい潔くさっさと出ていってくれ、そして二度と、俺たちにその汚いツラを見せないでくれ!
お前はもう、追放だ!!!」
そう強く言い放ち、しっしと手を振って俺を追い払うしぐさを見せる父。なんとか助けてもらえないかと隣の兄に視線を送ろうとも、満面の笑みを隠しもせずに同じく手を振っている始末。
早く消えろ、いなくなれ、と…。
そんな、にべもない、血も涙もない彼らの態度に───
僕はついに、説得を諦めた。
ああ、これ以上何を言っても、無駄なんだな…、と。
そう観念した瞬間、ふと、この家での今までの記憶が走馬灯のように蘇ってきた。
そのいずれも、とても楽しい思い出といえるものではないけれど、
はあ、そうか……この生活も、もう終わりなのか…。
そう思うと、少しは名残惜しくも感じてくる。
でも、やっぱり…
やっぱり……【加護】がないと、この家には居場所がないのか…。
やっぱり……“才能”がない僕は、こうも簡単に切り捨てられてしまうのか…。
やはり、この家は…
「やはり、この家は───“失格”だったな。残念だが、【加護】剥奪だ…!!」
「…!??」
いきなり声色を変えて喋りだした俺に、怪訝な表情を浮かべる二人。
「はっ…??…おまえ、いきなり何言って…!??」
いきなり何言って…も何も……。結果をそのまま述べただけなのだが…
首を傾げた俺。
そのときふと、壁際の鏡に映る自分の全身像が俺の目に入った。
そこにいたのは、麻で編まれたぼろきれのような服に身を包んだ一人の少年。とても貴族の子どもとは思えないほどに薄汚れて痩せっぽちな彼は、間違いなくクレナルドそのもので…
そうだった……、外見はまだ、クレナルドのままだったな…。
この“出来損ないのクレナルド”という仮の姿は、アルビス家の監視のためには必要な化身だったが。
彼らが“失格”であると決定した以上、特段、自身の正体を隠している必要もないか。
そう考えた俺は
「『偽装』、解除…!!」
そう呟くと、この十年間隠し続けていた本性を曝け出しはじめた。
「俺は生まれてからずっと“出来損ない”を演じてお前らを試してたのだが…。お前らは最悪の選択ばかりを選んできたな…。その裁き、受けてもらうぞ…!!!」
「ハッ……またお前はワケの分からぬことを…っ!??」
俺の気が狂ったとでも思ったのだろうか、俺の発言を嘲笑とともに切り捨てようとしたレイルはしかし、続けようとした言葉を飲み込んだ。
いや、黙らざるを得なかったのだろう。
俺の“変貌”を目の当たりにしてしまったのだから───
合図とともに突如、まばゆい光に包まれた俺の全身。そして数秒後、唖然として突っ立っている二人の前で俺の真の姿が露わになり…
そこには、先ほどまでの薄汚れた服を身に纏った貧相な僕は見る影もなく、
今の俺を包んでいるのは、一点の曇りもなく光り輝いた純金の甲冑。そして背には漆黒のマントをはためかせ、腰には父の……いや、元・父の国宝級と言われる剣すらも遠く霞むほど、ずっしりと重く煌びやかな剣が吊り下がっている。
「ク、クレナルド…おまえ、いったい…」
そう口をパクパクさせている父───いや、元父に対して、俺はクレナルドと違って臆することなく朗々と返した。
「突然、驚かして申し訳ないね、ただ…これが俺の本当の姿なんだよ。許してくれよ、オルフェンくん。」
「オルフェン、くん…!??───お前、クレナルド、だよな…!??」
「あぁ、まさしく、お前らに愚息、無能とこきおろされたクレナルドだ。
───いや、元・クレナルド、というべきかな……」
そう言うと、次は元・兄が口をはさむ。
「元…??───じゃあ今のお前は、いったい何者だって言いてぇんだよっ…!?」
困惑気味に、しかしいつもの凄んだ口調で問う元・兄に対して―――まさにその質問を待っていた俺は、一つ咳ばらいをすると、キッと二人を見据え、満を持して名を称した。
「俺の真の名はゼウス、この世界の創造神にして唯一の、全能神だ。」
直後の二人の表情ほど、“きょとん”という言葉の似合うものはないだろう。
ぽかんと間抜け面を晒して二の句を告げない様子の二人にしかし、俺は淡々と事実を告げていく。
「正体を隠してダマしていたことは悪かったが、おかげで貴様ら、いや、アルビス家の本性を嫌というほど見ることができた。お前らは【加護持ち】としては文句なしの、“失格”だ。いやぁほんとに清々しいほどの───“クズ”だったよ。」
そう言った俺は次に、今まで彼らが行ってきた様々な愚行を順に挙げていき、その全てを裁いていった。
クレナルドに対する数多の暴言、暴行は勿論、連綿と続けられてきたオルフェンの私欲に満ちた計略だったり、魔法学院でのレイルの実力を笠に着た横暴な振る舞いだったり。
それらの詳細を事細かに、そして余すところなく述べた俺は最後にこう締めくくった。
「これらの行いはこの世界を統べる神として到底許せるものではない。お前らには然るべき処罰が下されると思え。」
俺がそう告げて再び二人を見据えると……
「───貴様………こっちが黙っておけば言いたい放題いいやがって。しかもよりによってゼウス様の名を騙るだと。調子に乗んじゃねぇぞ!!」
どうやら一足先に正気を取り戻したのは、元・兄レイルの方だったようだ。
そして彼はおそらく、俺が全能神であることなど欠片も信じてはいないのだろう。出来損ないの弟に騙されたと感じた彼は、その苛立ちを隠しもせずに
「やはりお前には追放は生温い……、俺様が直々に処刑してやるよ。喰らえ、『大火球』!!!」
そう叫んだ。
すると突如、彼の構えられた両手から、ボボボッと火が噴き始める。そしてその小さな口火が、みるみるうちにグツグツと煮えたぎる巨大な火の球へと化していった。
炎属性上級魔法『大火球』───世界でもたった数人しか扱えない、放たれたら最後、死を覚悟する他ないとまで言われるほどの超強力魔法だ。
レイルが天才と持て囃されているのも、この魔法を操れることが大きいらしく……
まあそれでも、全能神である俺にとっては初級魔法やそこらと同列に過ぎないのだが。
焼き付けるほどの熱風とともに迫りくる大火球が、俺の全身を飲み込まんとする、その刹那。
「獄炎」
俺は一言、そう呟いた。
直後、レイルの火など遠く霞むほどの禍々しい火炎が俺の周囲にゴウッ、と巻き起こり、瞬く間にレイルのチンケな小火をかき消してしまった。
それだけではない。
その業火は徐々に俺を中心に放射状に広がっていき、俺の魔法を見て固まっているレイル、オルフェンもろとも屋敷を焼き尽くしていった。
「ぎぃやぁぁぁぁ…!!」
その熱と痛みにのたうち回るレイル。一方、さすがは国防軍隊長というべきか、オルフェンの方は咄嗟にその焔を切り裂き、周りの熱風をも斬り払って間一髪で危機を脱している。
が、俺が魔法を使ったという事実への驚きは隠すことが出来なかったようだ。黒焦げで気絶してしまったレイルには一瞥もくれずに、ただただポカンとした表情で俺の召喚した魔法陣を見つめている。
「なぜ…【加護】を持っていないのに魔法を…。しかもこれは……神級魔法………」
「神その者に、神の【加護】なんて、必要あると思うか?」
そう返すと、オルフェンの肩がびくりと震えた。
「おまえ…、いや、あなたが、ホントに…ゼウス、様、だというのか…!?」
「ああ、信じられないかもしれないがな。俺はずっと“無能”のふりをしていただけなんだ。」
「な、なぜ……そんなことを……??」
だんだんと状況が飲めてきたのか、そう尋ねるオルフェンの口調は若干震えていた。
「調査のためだ。【加護】持ち貴族の、な…」
「加護持ち貴族の、ちょう、さ…!??」
「あぁ、そうだ、もともと【加護】ってのは、お前たち人間の繁栄、発展のために授けたものだったんだけどな……、近頃どうも、その【加護】をタテにして好き勝手やる輩が増えていて、取り締まる必要が出てきたんだよ。
そして幾つか問題視された貴族の、そのうちの一つがアルビス家、お前らだったのさ。
ただ俺は、疑わしいからといって確たる証拠もなく罰するのは道理に反してると思ってな、だったら実際に調査してみようと思ってこの家に潜り込んだんだが……正直、調査するまでもなかったな。
はっきり言って、最悪だ。」
「さ、最、悪…ですか…。そ、それで、私は一体、どうなるのです、か……??」
態度を豹変させて媚びるような調子でそう呟いたオルフェン。彼の表情からは嘲りの色がすっかり消え、代わりに恐怖と緊張が強く滲んでいる。
「そうだな、お前には…、前世の俺が暮らしていた『地球』という世界にでも、転生してもらうとするか…。あそこはこことは比較にならないほど、陰謀や策略が渦を巻いている、性格の悪いお前にはお似合いの世界だろう。」
転生。
この世界では稀に異世界から転生してくる者がいるため、その言葉一つで“まったく別の世界に追放されてしまう”という事実がオルフェンにも理解できたのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください…!!それはあまりにも急すぎませんでしょうか!!───私にはまだやり残したことがありますし、そもそも追放なんてそんな重い罰はッ……」
「先にクレナルドを追放しようとしたのはお前の方だろうがっ!!!」
「ひ、ひぃ……」
オルフェンの発言を聞いて思わず昂った感情。その憤りは、クレナルドとしてのものなのか、はたまた神たるゼウスとしてのものなのか。
どちらにしろ、一度溢れたその激情を抑えることなく、俺はその感情をオルフェンにぶつけた。
「無能だからと言って自分の子どもを何の温情もなく切り捨てておいて、いまさら自分は───簡単に保身に走るのかっ!!!」
「す、すびばせんでしたぁ!!!───とても反省しておりますから、どうか転生処分だけはぁ……私にもう一度だけ、チャ、チャンスをぉ…!!!」
オルフェンはその強いプライドもかなぐり捨ててまで泣きすがってくるが───
その哀れな姿にはもはや、少しの同情の念すら湧かなかった。代わりにその光景を見て、煮え滾っていた脳が冷えていく。
「すまんな、お前には───怒る価値すらなかったようだな。
残念ながらお前の追放は覆ることはない。本来なら『地獄』にでも送ってやりたいところだが───幸いにも『地球』の管理神がオマエみたいな性悪を欲しているんだ。『社会』という荒波にもまれながら、せいぜい生き永らえることだな…!!」
もうこれ以上は何を言っても無駄だろう。
顔を絶望に染めて言葉を失っているオルフェンに一言こう告げて、俺は踵を返した。
「じゃあな…、お前はもう、追放だ…!!!」
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