そうかそうか
粉塵が上がる。
それが晴れるよりも速く、山のように重い拳が飛んで来た。
咄嗟に両腕でガードするが、衝撃で吹っ飛ばされてしまう。
それでもゴロゴロと転がる事で衝撃を逃がしながら体勢を整えた。
防御力を上げる為に、無詠唱で肉体を物理的に堅くする魔法を使っていなければ上半身が吹き飛んでいた事だろう。
ちなみにその辺の奴が受けたら木っ端微塵確定である。
なんつー恐ろしい威力だろう。怖過ぎる。
「どうしたんだい? 君はこんなものじゃないだろう?」
土煙以外の、よく分からない何かのオーラのようなものを身にまといながら、ご当主様がにっこりと笑う。
目を閉じているにも関わらず目が光って見える程、濃い魔力を目に宿しながら笑っているので、めちゃくちゃ怖い。
なんでこうなったんだ! と声高に叫びたいくらいには怖い。
俺が何したっていうんだ、いやもしかして何もしなかった罰がこれか?
もっと王子を王子らしく仕立て上げていくべきだったのか?
でもそうしたらクロは王子と結婚してた訳で、多分俺は勝手に樹海とか行って死んでたし、今みたいに幸せそうにお昼寝するクロとか見られなかっ
「考え事とは余裕だね?」
「はいっ! 申し訳ございませんでした!」
思考を遮るように俺の顔面を狙ったご当主様の拳が頬を掠める。
ビッと嫌な音がして、頬から血が垂れたような感じがした。
無理矢理に避けながら答えたから腰が捻れそうだ。
だけどそれでも頑張って腹筋と太腿に力を入れて体勢を整える。
「不敬罪などに問うつもりはないから遠慮しなくていい、かかって来なさい」
「っ……分かりました!」
とはいえ、ご当主様は強い。
さすがは公爵家当主と言うべきかは分からんが、とにかく強い。
俺が魔法特化型だから余計にそう感じるのかもしれない。
「拘束!」
これは読んで字のごとく身体の動きを阻害する魔法だ。
「ほう、さすが次期魔法師団長候補、魔力密度が高い」
「実はそれだけじゃありませんよ!」
「む?」
俺の拘束魔法は物理で拘束しつつ、魔力でも拘束する。つまり。
「侵食しているだと……!?」
肉体だけではなく精神体も拘束する為には、魔力を侵食させないと無理だから仕方ない。
この世界の魔力とは、精神体と書いてスピリチュアルボディと書くなんかよく分からんアレから生成されている。
魔力で魔力を拘束するとどうなるかというと、蓋をされた蛇口のようになる。
平常時ならともかく、魔力を使っている戦闘時では、身体の中を魔力が暴れ回る事になるのだ。
つまり、意図的に魔力暴走を起こす事が出来るようになる。
はちゃめちゃに危険なので、良い子は真似しないようにして欲しい。
ちなみにこれは多分俺しか制御出来ないと思う。
思い付いた人も居るだろうけど、相手の精神体がどういうものかを理解しないと普通の拘束魔法と変わらないので、使える人が居るかどうかすら怪しいんじゃないだろうか。
ドヤ顔しておこうかな、やっぱやめとこう、後が怖い。
「なるほどなるほど、しかしこれは冷静な相手には通用しないな」
にっこり笑ったままのご当主様が、暴走寸前だった魔力を落ち着かせてしまった。
ご当主様の言う通り、直情型の相手との戦闘なら有効な手ではある。
しかし、俺の目的はこれだけではない。
「ぬうっ!?」
魔力を落ち着かせる為の僅かな時間。
それはどんな冷静な相手だろうと微かに気を引く事が出来る。
どれだけ油断や隙の無い相手でも、魔力という己の根幹を揺るがされたら、萎縮までは行かなくとも隙に近い物を生み出す事が可能なのだ。
つまり。
「俺だってやれば出来る子なんですよ!」
掌に魔力を収束させ、ぐっと握る。
それを拳の強化と推進力に変換。
鋼よりも硬質化した俺の拳が、ご当主様の鳩尾にめり込んだ。
「はっはァ!! その意気や良し!!」
確かに手応えがあった、なんなら肋骨の二本は折れただろう。
もしかしたら内臓にも損傷があるのかもしれない。
にも関わらず、ご当主様は血の混じった唾液を手の甲で拭いながら、獰猛な獣のように口角を上げ、なんとも物騒な笑顔を浮かべた。
いやなんでこんな元気なのこの人!!
「久方振りだ! 俺に傷を負わせた者は!!」
豪快に笑うご当主様の口から出たのは、物凄く楽しそうな、まるで戦闘狂の人みたいな台詞だった。
案の定というか、お約束というか、そんな感じの気がしないでもない。
というかそんな感じなんだろうなとしか思えないけど、今そんなの知りたくなかった訳で。
これってどこまでやったら終わりなんですかね!?
腹にめり込ませた腕を羽交い締めるように掴まれ、このままでは折られるとゾッとしてしまった俺は頭が真っ白の混乱状態、つまり盛大なパニックになった結果。
「うおおおおおおお!!」
「むっ!?」
ご当主様をブン投げた。
筋力強化していたせいでそれはそれはもう思いっきり空高く。
豆粒よりも小さくなってしまったご当主様に、別の意味で血の気が下がった。
頭を抱えてしまいそうになったけど、その豆粒が物凄いスピードで俺目掛けて落ちて来るのを察してしまったので、バックステップで一気に下がった。
途端に舞い上がる土煙と、響き渡る轟音が同時にやって来る。
「くっ、視界が!」
焦った次の瞬間、背後から気配。
体を無理矢理捻ってカウンターを狙う。
魔力を込めた拳をその気配に向かって放とうとしたその時、俺の本能がそれを拒否した。
土煙の中、姿を現したのは───────
「ぅにゃああああああああ!!」
「クロ!?」
物凄い勢いとスピードで俺に突っ込んで来たクロだった。
無理な体勢だった腰がゴギッという嫌な音を立て、おまけとばかりに激痛が俺を襲う。
「にゃあぁん! ぷなあぁん! んなぁああん!」
「ちょ、ま、クロ、今それやってる場合じゃいだだだだ!」
誰か助けてー!!