そいつぁ困った
その後王妃がどうなったのか風の精霊に聞いた所。
幽閉の後、隣国に犯罪者として送還される事が決まったそうな。
なんか他にも色々とやらかしてたらしく、調べれば調べるほど埃やらなんやらかんやらが叩き出されて来て、結果そんな感じに落ち着いたらしい。
処刑したら隣国と揉めそうだってんで、仕方なく隣国へ送り返す事になったとの事です。
被害者の事を考えるともっと色々やりたかっただろうに、これだから無駄に高い地位の人間を罰する時は面倒なんだよな。
つーかもっと早く止めりゃ良かったのに、なんでしなかったんだろうね王様。
きっと優しくし過ぎた結果なんだろうなぁ、甘いなぁ。
王様優しそうだもんなぁ、でもこの分じゃ施政者としてはちょっと問題有りなんだろうなぁ。
優しいだけじゃ王になれない、ってどっかの本にあったけど、マジなんだなぁ。
ほんで、それを聞いたクソ王子がどうなったかというと、まあお察しである。
自分の都合のいいように考えた結果、クロが全部悪いと思い込む事で落ち着いたらしい。
どげんかせんといかんね。
なお、エトワール嬢だっけ?
くそビッチって呼び過ぎてちょっと名前忘れたから曖昧だけど、まあいいや。
とにかく彼女が何をしているかというと、全然懲りずに王子と面会しようとして帰されたりしてるらしい。
月イチって決められとんやから守れよそのくらい。
アホの子なの?
近年稀に見るアホの子なの?
ともかく、今後も王子は何かしらやらかす気しか無さそうなので、要注意人物である。
さてさて、そんなこんなで現在俺が何をしているかと言うと。
クロのドレスを作っています。
裁縫とか知らんけど、魔道具だとそういうの関係ないので。
材料は主に、とある蜘蛛型魔獣から採れる糸と、とある虫型魔獣が生み出す繭から取れる糸である。
それらをなんかこう良い感じに寄り合わせると、良い感じの糸が出来上がる。
問題はその加工をするのに魔力が大量に必要なので、すげぇ大変という事だ。
まあ、これも全部クロの為。
めちゃくちゃ頑張ったよ俺。
ミイラになるんじゃなかろうかと思うくらい魔力を使い切り、ようやく出来た糸を使ってドレスを作る作業に入っているのが現在なのだが、問題がひとつ。
「やはりお嬢様には赤ですよ!」
「いや、普段使いのドレスなのですから地味な色のほうが」
「うーん、なら黒はどうです」
「話聞いてました?」
「ついでにここら辺に大きくスリット入れませんか?」
「夜会のドレスじゃないんですからそういうのは要りません」
デザインである。
男の子な俺にはドレスのデザインなんて浮かばないので、リィーンさんに意見を聞いてみたんだが、どうにも決まらない。
いっそセーラー服とかにしたろうかと思ったりもしたのだが、さすがに背徳が過ぎるので思いとどまった自分を褒め讃えたい。
「うーん、紺も似合うんですよねお嬢様……」
いいからはよ決めて。
げんなりする俺の隣で、当事者な筈のクロはというと、呑気に、くあっ、と欠伸をしたのだった。
「紫もいいなぁ」
頼むからはよ決めてくれー。
********
何度も何度も王子に会いに行ったけど、会う事が出来なかった。
婚約者でも会えないなんて、やっぱり王子って凄く忙しいんだろうな。
でも、少しくらい会わせてくれたって良いと思うのよ。酷いわよね。
でも私はヒロインだから、そんな事で怒らないのよ。
会えないのは寂しいけれど、わたしには素敵なお友達がいるんだから。
そう思っていたのに。
「うちの坊ちゃん達なら修道院に入ったよ」
ラン君もライ君もいなかった。
「は? お前みたいなのが会える訳ねぇだろ、アポくらい取れ」
ルディ君にも会えなかった。
ジャス君も、セン君も、どこにいるのか分からなかった。
噂話でさえ知らない。知る事が出来ない。
彼ら以外のお友達も、知り合いもいなかったから。
お義父さまとお義母さまに聞いても、知らないって。
途方に暮れていた時、街中でジャス君を見掛けた。
粗末な鎧を着て小汚い男達と並んで歩いていたけど、あの整った顔と綺麗な赤毛は見間違いようがなくて、わたしは彼に駆け寄った。
「ジャス君!」
「……エトワール、様」
「もう! ぜんぜん連絡が取れないから、すっごく心配したのよ!」
「はぁ、それは、申し訳ございません」
「それで、一体なにをしていたの?」
歯切れの悪いようなジャス君の言葉に少しの違和感を感じたけど、その時は気のせいだと思った。
「見廻りです」
「王子の護衛はどうしたの? だめよ、サボりなんかしちゃ!」
「…………いえ、これが今の俺の仕事です」
「えっ?」
聞き間違いかと思ったから、わたしは改めて確認するように言う。
「あ、分かった、王子が忙しいからよね」
「本当に何も知らないんですか?」
見た事もない、冷たい目だった。
「どうしたのジャス君、怖い顔して」
「あれだけの事をしておいて……あなたという方は……」
「待ってジャス君、どういう事?」
唇が震える。
それでも問い返した時、別の所から声がかかった。
「おいヒヨッコ、さっきから何してんだ? ナンパか?」
「お前顔だけは良いもんなぁ、お嬢さん、騙されちゃいけませんぜ、こいつはただの兵士、貴族とはもうなんの関わりもねぇんだから」
「えっ?」
「天下の悪女、男爵令嬢エトワール・ライアンの策略で、出世とは程遠い所に送られちまった可哀想な男さ」
「それって王子の玉の輿に乗ろうとして、公爵令嬢を前世返りにまで追い込んだ極悪人だっけ?」
「怖ぇ怖ぇ、欲に眩んだ女は何するか分かんねぇな!」
「本当にな! お嬢さんもそんな女にならねぇよう気を付けろよ!」
「おいそれは失礼だろ! すまねぇな、こいつは口が悪いんだ、気にしねぇでくれ」
「い、いえ……」
彼等の言葉は、わたしの混乱に拍車をかけただけだった。
呆然と立ち竦む私に、ジャス君の冷たい視線だけが突き刺さっているような気がした。
わけがわからない。
どうして、わたしの名前が『天下の悪女』としてこんな所まで広まっているの?
それは、『クロエリーシャ・フォルトゥナイト』の設定でしょ?
どうして? なんで?
一体何が起きてるの?
ふと、王子の決意に満ちた言葉が頭を過ぎる。
『王子だからこそ、この国の為にも、あの女を何とかしなきゃならない……』
そっか……、こういうやり方をしてくるのね、あの女は。
地位が高いから、周りの人達を使ってわたしを追い詰めようとしてくるなんて、凄く卑劣。
「そっちがその気なら、わたしにだって考えがあるんだから……!」
怪しい者を見るみたいな周りの目なんか気にならなかった。
だってわたしは『エトワール・ライアン』
この物語の主人公で、無敵のヒロインなんだから!