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それでもいいらしい

 

 






「……まあこれで一段落って所ですかね」

「これが一段落なんです!?」


 ティーカップの紅茶を揺らして、湯気が立ち上るのを眺めながらの会話である。

 公爵令嬢が前世返りする前でもお気に入りだったらしいテラスで、テーブル出しながらのティータイムだ。

 なんか一日一回はティータイムしてる気がするけど、実際してます。

 高位貴族は金使わんとアカンらしいから仕方ないね。

 面倒くせぇけど、たっっっかい茶葉とたっっっかい茶器使って、たっっっかい茶菓子を食わないとダメらしいよ。


 ネコチャンだから、ドレス買えないもんね。

 調度品なら定期的にぶち壊しまくってるから、帳尻的になんとかなってるみたいです。

 公爵家金ありすぎ問題発生してるよね。


 なお現在でもこのテラスはクロのお気に入りらしく、現在も嬉しそうに喉を鳴らしながら、彼女は日課の日向ぼっこしている。可愛いね。


 なお、随分と驚いた様子で狼狽えるリィーンさんには、俺から冷静な言葉をお返しておくことにした。


「そりゃあそうでしょう、あのカス王子がこんなので懲りる訳無いでしょうし、くそビッチは何する気なのかまだ分かりませんし」

「で、でもさすがに少しは……」


「分かってませんねリィーンさん」


 ため息混じりにリィーンさんを見る。

 若干ドヤ顔になった気がすると思ったけど、リィーンさんの顔がひきつってるから気のせいじゃないっぽい。


 多分腹立つ顔してたんだろうな。うん。自覚はある。ごめんね。

 しかしそれでもこれだけは言わせてもらおう。


「馬鹿は馬鹿だから馬鹿なんです」


 あ、なんかさっきよりもすげえドヤ顔になった気がする。まじごめんリィーンさん。イケメンだから許して。


「あぁ、なるほど、それもそうですわね……」


 若干引いてはいるけど、納得はしてくれたらしい。色んな意味で。


「んんんんんな!」


 ふと、めちゃくちゃ可愛い声が聞こえたので光の速さでカップをテーブルに放置しながら彼女の傍に寄る。


「クロちゃんどしたの~? 聞いた事ない声出してもうなぁに可愛いなぁ」

「んな、んんん!」


 ぐいーとドレスの裾を噛んで引っ張りながら鳴いているクロくそかわいいんだけどなんなの?

 俺をどうするつもりなの?


 いやまて、ドレスに何かあるんだきっと。


「もしかして、ドレスが鬱陶しい?」

「なん!」


 よいお返事頂きました。

 これは分かるぞ、間違いなく肯定だ。


 それより破壊的に可愛いんだけどこれどうしたらいいの。すげえかわいい。

 待て待て違う、これが肯定なら止めなきゃならん。


「ごめんねー、さすがにそれはダメなんだよクロ~」

「んんんんん!」


 めっちゃ引っ張ってるなぁかわいいなぁ。

 そりゃあ服なんて猫からすれば邪魔だもんなぁ。

 むしろ今まで我慢出来てたクロちゃんマジで賢くない?

 いや、いつも服着替えさせられた時すげえ嫌そうな顔してたから嫌なんだろうなぁとは思ってたけど、とうとう限界来ちゃったのかなこれ。

 でも流石に全裸で転がすわけにもいかないからもう少し我慢して欲しいなぁ。


「邪魔にならないドレス作るをしかないか……」


 頭を撫で、むにむにと頬っぺたを撫で回すと少しだけ誤魔化されてくれたのか鳴き声が止んだ。

 頭の中では、どういう魔法を掛ければ衣服を違和感なく着られるかを思考していたのだが、ふと聞こえたリィーンさんの言葉。


「お嬢様……、なんておいたわしい……」


 仕方ない事とはいえ、イラッと来た。


「皆それ言うけど、やめてくれないかな?」

「何故ですか、お嬢様はとてもお辛い思いを……!」


 脳裏を掠めるのは、腫れ物に触るみたいな態度の『両親』と『友人』、それから、ひそひそと聞こえる『使用人』たちの言葉だった。


 ──可哀想に

   どうしてあんな良い子が……


   坊っちゃん、安心して下さいね、ここには悪いやつなんて居ませんから──


 彼等は皆、優しい人達なんだろう。


 俺は誰一人として知らないけど。


 イライラする。

 誰も悪くないのに。


 イライラする。

 心配してもらってるのに。


「なぁん」


 ふと聞こえた可愛い声で、意識が現実に戻った。

 全てを見透かすみたいな金色の瞳が、宝石みたいに輝きながら、俺を見詰めていた。


 黒くて金色の、俺の宝石。

 誰よりも大事な大事な、俺の唯一。


 綺麗で純粋な、可愛いクロ。


 俺の弱さとかそういう、なんとも言えない汚いのを見透かしながら、それでも俺を信じてくれる、愛しい存在。


 ふう、と小さく息を吐く。

 そのまま、よしよしとクロを撫でて、心を落ち着けた。


 うん、OK、いつもの俺だ。


 殺気、までは行かないだろうけど、敵意のようなものは出てしまっていたらしい。

 リィーンさんに向き直ると、その細い体がビクッとこわばる。


 怯えてはいないけど、戸惑っているような、こちらを窺っているような、そんな空気だった。

 それをぶち壊す為に、俺は口を開く。


「……可哀想ですか、あなた達から見ればそうでしょうね。

 だけどそれはただの主観ですよ、私達前世返りはそんな事を言われても腹が立つだけです」

「あ……」


 言った瞬間のリィーンさんの怯えたような瞳に、少しの罪悪感を感じてしまう。

 だけどこれは凄く大事な事だと思うから、きっちりと言おう。


「今を生きてるだけで可哀想とか、何様なんだって話ですよ、そんなん言われて彼女が喜ぶとでも?」


 淡々と、少しの皮肉をぶつける。

 八つ当たりだと理解しながら、それでもこれは必要な事だと、まるで己に言い聞かせるみたいな自分にも、腹が立った。


「そう……ですね、すみませんでした」


 それは素直な謝罪だった。

 誤魔化そうとも、取り繕おうともしていない、真っ直ぐな謝罪。


 己の間違いを認められる、素直ないい子なんだろう。

 だからこそ彼女はクロの侍女で、共に過ごして来られたのかもしれない。


 八つ当たりしてしまう子供みたいな俺とは大違いだ。


「あなたくらいは言わないで下さいね、それ」

「……はい、気をつけます」


 真摯な眼差しで俺を見詰めた彼女は、胸に手を当てて頭を下げた。


 これからも俺達みたいな存在と一緒にいるつもりなのだろう。

 真剣に、そして、真正面から向き合って行く決意があるのは、彼女の瞳を見れば分かった。


 なんか、すげー未熟だな、俺。


 今後もし、クロと意思疎通が取れるようになったとして、その時に俺と同じ事を言われた彼女が一体何を思うのか考えるだけで、それを言った奴に対して凄まじい怒りが湧いてしまう。

 余りの怒りに、我を忘れてしまいそうな程のそれは、明らかに危険だ。


 全部、ただの想像なのに。


「んな! んんんな!」


 さっきまでの雰囲気を払拭するみたいに、クロは自分の着ているスカートの裾を咥えて、ぎぎぎとか音が聞こえる位引っ張るのを再開した。

 って待って待って、スカートの裾はアカン、太ももが見えてる。

 女の子がそんな事しちゃだめだよクロちゃん。


「よーしよしよしクロちゃん落ち着いてねー、大丈夫大丈夫わかったわかった」


「んんんんん!」


 アカンこれだめなやつだ。


 頭を撫でたりなんだり、とにかく宥めようと色々やったけど、効果なしである。


 ふと、リィーンさんがクロへ向き直った。


 もしかして手伝ってくれるのかと思った矢先、リィーンさんは勢いよく頭を下げた。


「お嬢様、申し訳ございませんでした」

「んんんんな!」


 謝罪した次の瞬間、まるで答えるみたいなタイミングで鳴いたクロだけど、きっと意味はリィーンさんの望むものじゃない。

 しかし、リィーンさんは嬉しそうに破顔した。


「はい!」


「んな! んんんんんん!」


 ツッコミ入れるの野暮だと分かってるけど、心の中ならいいよね?


 めっちゃ嬉しそうな顔してる所悪いんだけどさ、絶対通じてないよ、それ……。



 


 

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