それは反則じゃね?
なんで猫ってこんなに可愛いんだろう。
いや、外見はめちゃくちゃ可愛い女の子で、更に言えば美少女で、完全無敵の公爵令嬢なんだけど、言動が猫となると破壊力が天元突破するとか何なのこれめっちゃ可愛い。やだぁ~。可愛すぎて革になったわね。
……いや、ならねぇよ。何言ってんだ俺は。なんだよ革って。
それより何より中身が俺のクロっていうのが一番可愛い原因なんだろうとは思うよ。
だってクロだもん。可愛くない訳がないよね、仕方ないね。
「ちょっと! 聞いてるんですか!?」
「ん? なんだっけ?」
何故か俺の目の前で憤慨している、公爵令嬢付きのメイド、リィーンさんがそこに居た。
「なんだっけ、じゃありませんわ! 貴方がお嬢様を確保したのなら! 何故! 皆に伝達しておかないのかと!! 聞いているのです!!」
お陰で丸一日探し回ってしまったじゃないですか!! と怒り散らかすリィーンさん。
そんな所がクロに嫌われる原因なんだけど、それを言ったら更に怒り散らかしそうなので置いとこうと思います。
「そんなの当たり前じゃないですか、暗殺者が紛れ込んでるんですから」
「は?」
ぽかん、と口を開けた間抜けな顔のリィーンさんを放置して、んなんなと俺の腹に頭をグリングリン押し付けてくるクロの頭を撫でる。
そのまま、ころん、と仰向けに転がりそうなクロの華奢な体を落ちないように支えたりしつつ、なでなでする。可愛い。
「待って下さい、どういう事ですか」
「敵を騙すにはまず味方から、という言葉を聞いた事は?」
「まさか……!!」
ようやく察したのか、リィーンさんは自分の口を両手で覆うように押さえた。
それは多分、余計な情報を漏らさないようにする為もあるだろうが、一番はショックを受けたからだろう。
誰だって同僚の中に裏切り者が居るだなんて信じたくない筈だ。
「そういう事ですよ、リィーンさんに教えていなかったのは、危険だからです。
皆様には普段通りに過ごして頂かなければ、相手を騙す事は出来ません」
と言っても、一番怪しいヤツは既に見つけてあるので、リィーンさんの知り合いとか仲間には裏切り者なんて居ないんだけど、それを言ってしまうと無意味なので、お口にチャックしとこうと思います。
「……では、今教えて頂けたのは」
「そろそろ最終段階、だからですよ」
「……一体何をするつもりなのですか」
「明日になれば分かりますよ」
人差し指を口に当て、この件はご内密に、と続けながらリィーンさんを見詰めると、彼女は冷めた目で俺を見た。
「色々と言いたい事はありますが、……分かりました」
物言いたげに表情を歪めた彼女は、納得しきれていない顔のまま、静かにそう言って、丁寧に失礼しますと礼をしながら退室して行った。
まあどうせ文句とかだろうから、スルーでいいや。
それよりも、だ。
あれだけ上手くいかなかったんだから、暗殺者として奴が次に起こす行動と言えば、一番危険な、あの行動だろう。
「追い詰められた鼠は何するか分からんから、色々保険掛けとくか」
窮鼠猫を噛む、という昔の偉い人の言葉が役に立つ時が来るとは思ってなかったけど、有効活用出来るならそれで良いよね。
「なぅん?」
「大丈夫だよ~、クロには指一本触れさせないからね~」
「ぅなぁん」
「フルボッコしてくるね~」
「なぅー」
待って私の愛猫可愛い過ぎない……?
通常運転でクロを愛でながら、アホみたいな事を考えたのだった。
静まり返った室内、公爵令嬢の寝室。
天蓋付きの大きなベッドですやすやと眠る公爵令嬢の傍らに、黒ずくめの男が立っていた。
いつの間に現れたのか、音も気配も無く、ふとした瞬間にはそこに居た。
まるで幽霊であるかのような存在感の無さは、男が本当に生きた人間なのかすら曖昧にさせた。
その腕が動く。
殺意も無ければ、動いている気配も無いそれは、静かに、そしてゆっくりと滑らせるように刃を構えた。
いつの間にそんな凶器を出したのか、いつから持っていたのかさえも希薄なそれらは、確かな技術の賜物なのかもしれない。
瞬間、その凶器は公爵令嬢の白く細い首へ振り下ろされた。
寝室のベッドに赤い華が咲いた───────かに見えた。
ぎぃん、という鈍い音が響くと同時に、それまで希薄だった男の気配と表情に、初めて驚きが付与された。
男が確かに振り下ろした刃は、白く細い筈の首に受け止められたからである。
ぱちりと公爵令嬢の瞼が開かれる。
それに気付いた男は、慌てたように距離を取ろうと踵に力を入れた。
が、それよりも早く、公爵令嬢の右腕が男の腕を掴んだ。
余りの力の強さに、男の表情が歪む。
ふと、にっこりと花が綻ぶように微笑んだ公爵令嬢が、静かに口を開いた。
「やぁ、お勤めご苦労様」
「……!?」
それは、聞き覚えのある男の声だった。
「こんなに早く引っかかってくれるとはね、そんなに焦っていたのかな?」
ゆらり、公爵令嬢の姿が歪む。
羊皮紙のインクが擦れてしまった時のように、令嬢である筈の存在は全く違う人物へと変化した。
流れるような白金色の髪と、一房だけの紫紺色。
髪と同色の瞳の奥を紫紺色に光らせた青年は、楽しそうに笑った。
「幻影だと!? お前、一体何者だ……!」
男の記憶が正しければ、目の前に居るのは公爵令嬢の側仕えの青年だった筈である。
それが何故、こんな高等魔法を使えるのか。
「…………いや、なんで俺の事知らねぇのよ、調査不足にも程があるよね? もしかしなくても下っ端?」
「……!?」
金属が擦れるような音が響き続けている。
それは、青年が刃物を持った男の手を掴み続けているからだ。
青年は喉元に刃を向けられたまま、涼しい顔で男を見ている。
「あー、なるほど、だから生かしておけっつー事ね、めんどくせぇなぁ」
「くそ、離せ!!」
掴まれていない方の腕で、刃を突き立てる。
しかしそれも見えない鎧のような何かに防がれ、ぎぃん、という鈍い音が響いただけで終わる。
こうなれば、もはや最終手段を取るしかない。
男は己の腕に刃を向け、歯を食いしばった。
凄まじい痛みが来る事を覚悟して、己の腕を切り落とそうと力を込め─────それさえも、見えない鎧に防がれた。
「あんた馬鹿ァ? そんなん許す訳ねぇでしょうよ、つーか逃げられると思ってんのマジで馬鹿過ぎない?」
「何だと……!?」
「何って、捕縛する為に色々してるに決まってるじゃん」
そこで男は自分の体が自由に動かない事に気付く。
どれだけ力を込めようと一切言うことを聞かない。
その焦りと恐怖に、男はとうとうパニックを起こした。
「くそ、くそ、くそぉぉおおおお!!」
叫ぶ勢いのまま、舌を噛む。
ぶちぶちと肉が裂ける音が響き、奥歯に仕込んであった致死性の毒が男の身に広がる。
だが、次の瞬間それらは全て無かったことになった。
「俺はギンセンカ、次期王国魔術師団長候補、ギンセンカ・リクドウインと言えばさすがに分かるだろう?」
キラキラと眩く光るのは、王家直属の魔術師でも使えるかどうか怪しい、治癒魔法の輝き。
「……!!」
「あぁ、言っとくけど直ぐに治すから意味無いよ、毒もすぐ治せる、たとえどんな毒だろうとね」
そう言ってにっこりと笑う青年は、男には悪魔そのものに見えたのだった──────




