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引きこもり姫、恋の話をする

「“本物の”星巫女か……それが本当なら、大したことだがなあ」

 意外にも、フィンはトゥランが思ったほどの興奮を見せなかった。長い髪を編んで結んだリボンを指でもてあそび、今ひとつ腑に落ちない様子だ。

「嘘だって思うの? 本当に不思議なことが起こったのよ」

 次々と起こった衝撃的な出来事を目にしたトゥランには、疑いの余地もないことだ。あの国王だって、一度で信じた。疑う人のいることの方が意外だった。


「いやまあ、本当なんだろうがな。何せ俺たちはそれをこの目で見たわけじゃないし、「翼」を奪った奴の言うことだ。悔しくって、信じたくないような気がするのさ」

「ふふ、なるほどね」

 泥棒相手なら取り戻しようもあったのに、もし相手が“本物の”星巫女なら、こちらの方が泥棒扱いされかねない。

 フィンらとしては、むしろ偽物であってほしいのだろう。


「しかし、運命を導く星読みの杖か……。得体が知れないというか、力の法則性ってものが見えてこないな」

「すごいことはすごいんだろうけど、正直意味が分かんないよね」

とリタもうなずく。

 初めて王宮の門の中、その上王女の宮に呼ばれたとあって、今日は露出の少ない、目立たない恰好をしている。いつもは高い位置に結っている髪も下ろしていて、一瞬誰だか分からなかったほどの変身ぶりだ。


 それでも物おじしないところは相変わらずで、トゥランの宮でも、まるで自分の家のようにくつろいでいる。

 どこにいても自然体なリタだから、トゥランも力を抜いていられた。それほど長い付き合いでもないのに、ずっと前から友達だったような気がしてしまう。

 会ってすぐに意気投合したフィンも含めて、彼らといるのは居心地が良い。


「もしかすると、あの杖は本当の持ち主じゃないと働かないのかもしれないわ」

 あの娘の見せた力に、国王はすぐさま“本物”だと認めた。というのは、これまでの星巫女たちには、そもそも神具の力を引き出すことができなかったからではないのか。

 あの後、ウルともそんな話をしたのだが、フィンはこれにも疑わしげだ。

「俺たちの「翼」は誰にでも使えたんだけどな」

「そういえばそうね……」

 そもそも、星読みの杖を使おうとした人はこれまでにもいたのだろうか。いないのだとしたら、どうして先日娘が見せた力を、星読みの杖の力だと断定できたのだろう。

 あの時はすんなりと受け入れた状況だったが、後になって考えれば考えるほど、よく分からなくなってくる。


「それで、その女は今どこにいるのさ?」

「分からないけど、王宮内にはいるんじゃないかしら」

「あれからその女とも陛下とも会わずじまいなのか? 解任するの一言だけで?」

「解任されたことはいいの。私には元々神通力はないし、星巫女になりたかったわけでもないし、他に適任者がいるならその方が良いわ」

「それはそうだとしても、なあ……」

 フィンはリタと顔を見合わせた。何やら不満げだ。


「星巫女って、一生神殿から出られないんだろう? そんな大変な仕事を押し付けておいて、ぽっと出の妙な女が出てきたらお役御免なんて、ずいぶん虫がいいんじゃないのかい? 謝罪のひとつも欲しいところじゃないか」

「星読みの杖がなくとも、誰より人の運命を左右しているよな、陛下は」

 口々に言うところを見ると、二人とも国王に思うところがあるようだ。


 確かに、国王は様々な人の運命を変えてきた。ゲルダら後宮の女たちもそうだし、政治的にもきっと色々とあっただろう。

(お母さまも、そうだったのかしら)

 ふいにそんなことを思った。

 母と父王のなれそめは、よく知らない。おそらく、モリが意図的にトゥランの耳に入らないようにしている……ような気がする。

 でも、突然の失踪といい、人を信じるなという伝言といい、良い関係だったとは考えづらい。幼い娘を置き去りにして姿を消すだけの理由が、何かあったはずだ。

 知りたいけれど、知りたくない気もする。父への良くない感情を育てたら、きっと王宮での暮らしは辛くなる。


「それで、これからどうするんだい? 姫様」

 リタに問われて、トゥランは冷めかけたお茶をすすった。

 アロイスにもウルにもファニーにも同じことをきかれたけど、いまだに方針は見えてこない。

「うーん……考え中。もちろん、ヒエロニムスのこととか、お母さまのこととか、調べるつもりだけど。フィンたちはどうするの? 翼、取り返すの?」

「そうしたいところだが、当面は様子見だ。とにかく相手を知るところからだな。今も探りを入れてはいるが、そちらでも何か分かったら連絡してくれ」

 水面下で「組織」も動いているようだ。


 とはいえ、これといって方針の定まらない三人の会話は次第に世間話に移行してゆき、しまいにはリタの恋愛話に行きついた。

 どうやら最近、恋人と別れて鬱憤が溜まっていたらしい。

 ポットに残っていたお茶をぐびぐび飲み干して、ファニーにお代わりを要求しながら、自分で持ってきた手土産の菓子を、次々と口に運んでいる。


「それでさ、問い詰めたら、二股どころか五股してたことが分かって、そりゃもう修羅場よ。結局誰が本命だったのか問い詰めたら、一番金持ってる女にすがって、許してくれって泣きつくもんだから、急に馬鹿馬鹿しくなっちゃって。皆で一発ずつ殴って、他の女たちと一緒にやけ酒飲んだわ」

 失恋話といっても、リタにはまるで湿っぽさがない。思う存分怒り、笑い、食べて話して、さっぱりと忘れるつもりのようだ。


「そんなにモテる人だったのね」

「顔はまあまあだったけど、何だか放っておけないところがあったんだよ。でも、そういう気持ちにつけこむんだから、本当はしたたかな男だったってこと」

「リタはダメな男に弱いからな」

 揶揄するフィンに、リタは否定するでもなく、うなずいた。

「あたしがいてあげなきゃって思う男がいいんだよ。完璧な男なんてつまんないじゃないか」

「玉の輿狙いじゃなかったの?」

 ウルを連れて行った時のことを思い出したが、リタは笑い飛ばす。

「あんなの冗談だよ。そりゃあ、王子様が目の前にいれば舞い上がりもするけど、恋人になるかっていうと現実的じゃないだろう?」


 そんな考え方もあるのかと、トゥランには新鮮だった。王侯貴族と違い、身分の縛りのない自由恋愛なのに、わざわざ欠点のある相手を選ぶなんて。

「でもさ、いくらダメでも、あたしのこと愛してない男じゃ意味ないからね。次を探すさ」

 からりと言ってのけたリタに、トゥランは思わず、前から気になっていたことを口にする。

「私、リタはフィンと恋人なのかと思ってたわ」

「フィンと? あはは、うちは女が少ないからね」

 少ないというより、トゥランはリタしか女性の構成員を見たことがないが、知らないだけで他にもいるのだろうか。


「正直、出会った頃は悪くないって思ってたさ」

 リタはにやりとしながら、あけすけに言ってのけた。本人がその場にいることは、特に問題でないらしい。

「それって俺がダメ男だってことか?」

 心外そうにフィンがぼやいた。

「だってさ、いい年して定職にもつかずにわけわかんない組織を作って、金持ちでもないのに着道楽なんて、いずれ落ちぶれるのが目に見えてるじゃないか。あたしがちゃんと見ててやんなきゃと思って、それで組織に入ったんだよ」

「世界の謎を一緒に解き明かすためじゃなかったのか?」

 頓狂な声があがる。

「世界がどうより、まずあんたが謎だったよ」

 きっぱりと言い放たれて、フィンは愕然とした。

「なんてことだ……己という最大の謎に気づかないとは」

 くらりとよろめきながら額を押さえ、悩ましげにため息をつく。大げさな身振りは、相変わらず本気なのか冗談なのか量れない。

「一番大切なことを見落としていたみたいだ……なんてことだ、これからどうすればいいんだ」

「どうもしなくていいよ」

 ばっさりと切って捨てて、リタはトゥランに笑いかけた。


「ま、こういう馬鹿なところは、今でも可愛いって思うけどね。でも、馬鹿だけど意外と芯はしっかりしてるからさ。あたしがいなくても、一人で幸せなやつなんだよ」

「俺はそんなに馬鹿だと思われてたのか……?」

「そもそも、まともな奴には興味がないからね」

「興味を持たれた時点で終わりじゃないか」

 気のおけない二人のやりとりにトゥランは笑い通しで、やっぱり相性がいいのではないかと思ってしまう。けれど、二人にとっては、ただの仲間としての距離感がちょうどいいらしい。

 好きという気持ちの、友情と恋愛の違いはどこにあるんだろう。

 トゥランにはよく分からない。


「フィンはどんな女の子が好きなの?」

 リタの好みは意外だったが、フィンはどうなのだろう。

 水を向けると、フィンより先にリタが愉快げに答えた。

「フィンが好きになるのは高根の花ばかりさ。冷たくあしらわれるのが楽しいらしいよ」

「待て、語弊がある。好ましい女性の言うことなら、大抵のことは許せるだけだ」

「美人でもおとなしい子にはそれほど興味がないじゃないか。気の強い女にいたぶられるのが好きなんだろ」


 好き勝手に決めつけるリタに、フィンが何か言い返そうと口を開きかけた時、ファニーがお茶のお代わりを持って入ってきた。

 特に表情は変わらないが、会話は聞こえていたに違いない。

 フィンは咳払いをして、紳士的な微笑を浮かべてみせた。

「ファニー嬢、誤解しないでくれよ。俺に被虐趣味はない」

「はあ……」

 突然話しかけられたファニーは、気のない返事をよこす。いつもは客人に愛想よく対応するのに、フィンに対してはそんな気も起きないらしい。笑顔をふりまくそぶりもない。なぜだか分からないが、初めて会った時からだ。

「どちらであろうと、私には関わりのないことですから」

 そっけなく言い捨てて立ち去るファニーの後姿を、フィンはなぜか満足そうに見送った。

「いい…………」

 確かに冷たくされて喜んでいる。


「俺は単に辛口の女が好きなんじゃない。永遠に解けない謎のように誇り高い女が好きなんだ。どこまでも追いかけたくなる」

「追いかけたって、届かないんじゃ意味ないじゃないか」

「謎は追うことに意味があるんだよ。解き明かすことじゃなくてその過程を楽しむんだ」

「そんなこと言ってたら、あんた一生独身だよ」

「いつか俺の手の中に落ちてくる謎もあるだろうさ」

「まったく、夢見がちだねえフィンは」

 正反対の好みを持つリタとフィンの会話は、どこまでいっても平行線だ。どちらの趣味もトゥランにはどこか不思議だけれど、恋っていうのはきっと、人それぞれが特別な形を持っているのだろう。


 ぽんぽんと調子よくやり合っている二人をのんびりと眺めていると、ふいにリタがトゥランを振り向いた。

「で、あんたはどうなのさ、姫様。あの世界中抱いてそうな色男とうまくいってるわけ?」

 急にお鉢が回ってきて、目をぱちくりさせる。

「もしかして、アロイスのこと? 前にも言ったと思うけど、お友達よ」

「友達から始まる恋だってあるじゃないか。そういうつもりはないのかい?」

「恋……アロイスと?」

 その可能性は考えてこなかった。トゥランにとっては初めてできた友人で、ただ一緒にいることが楽しくてたまらなかった。その先に違う関係性があるかどうかなんて、想像もつかない。


「……アロイスは優しいし、人の良いところを見つけるのが上手だし、物知りだし、一緒にいて楽しいわ。でもこれって恋なの?」

 きいてはみたものの、アロイスに対する「好き」の気持ちは、ウルに対する「好き」の気持ちとあまり大きな違いはない気がする。

「どうしてみんな、自分が恋してるって分かるのかしら。好きな気持ちにも違いがあるの?」

 ロマンス小説を読むのは好きだ。いつか自分も恋をするのだろうか、と夢見たこともある。でも現実には、まだ恋をしている実感はない。


 リタは目を細めると、いつになく甘やかすような口調で尋ねた。

「ただ一緒にいて楽しいっていうんじゃなくて、触りたいとか思うやつはいないのかい? あの色男にはしっかり抱きしめられていたじゃないか」

「触りたい……とは思わないけど、アロイスに触れられるのは嫌じゃないわ。お兄さまもだけど」

「へえ? じゃあ、フィンだったら?」

 きらりと目を光らせたリタの後ろで、フィンはがくりと脱力している。引き合いに出されると思っていなかったのだろう。

「フィン……。嫌ではないけど」

 でも、挨拶以外で触れ合うイメージも湧いてこない。どうしてだろう、フィンとは気も合うし、大好きだと思うのに、アロイスとは何かが違う気がする。


 戸惑うトゥランをよそに、リタは大きく何度もうなずいた。

「なるほどなーるほど! まだまだこれからってとこだね」

「これからって、何が?」

 リタは両手でトゥランの頬を包み、軽く揉んだりつねったりして子猫のようにもてあそんだ。それから、ごつんと額に額を突き合わせる。低くて力強い声が、まるで母か姉のようにトゥランを優しく包み込んだ。

「恋が何か分からないなら、分からなくていいんだよ。いずれ嫌でも分かる時が来る。いてもたってもいられなくなって、馬鹿みたいなことをしてしまう時がくるよ。あんたはただ、待っていればいいんだ。恋があんたを捕まえる日まで」

「…………うん」


 リタの言葉は、子守唄のようでもあり、呪いのようでもあった。そんなにも自分をなくしてしまうような恋が、本当にいつか訪れるのだろうか。少し怖くて、それでいて胸がときめく。

 それから、アロイスのことを考えた。

 アロイスはもう、そんな気持ちを知っている。誰かのために胸を締め付けられたり、触れたくてたまらなかったりするのだろう。

 想像すればするほど、アロイスが遠い見知らぬ人のように思えて、もやもやと落ち着かなかった。アロイスが、好きな人がいると告白したあの日から、このもやは時々トゥランを寂しくさせる。


(友達が少ないから、遠くなるのが悲しいのかもしれないわ)

 それは自分にとってもアロイスにとっても、あまり良いことではない気がした。

 もっと、自分の世界を広めなければ。誰かに依存しないように生きなければ。

 それは例えば――

「剣術でも習おうかしら」

 ぽろりと呟けば、フィンは目をむき、リタはふき出した。

「なんだい、急に。突拍子もない」

「どうして恋の話から剣術の話になるんだ?」


 二人が驚くのも無理はないが、トゥランの中ではちゃんと関連性のある話だった。

「私、アロイスやお兄さまに付き添ってもらわないとどこにもいけないんだもの。自立しなくちゃって思ったの。アロイスだって、本当はもっと他の人と過ごしたいはずだもの、独り占めはできないわ」

 本当は、護衛をつけずにこっそりお忍びで出かけたいけれど、最初の外出で襲われた手前、そうも言えない。

 となると、自由のためには自分自身が強くなるしかない。


「うーん、でも見た感じ、あの色男は率先して姫様の側にいるようだったけどねえ」

「まあいいじゃないか。ちょっとした変化が必要な時だってあるだろう。何かを始めるためには」

「ま、それもそうだね」

 何やらうなずきあう二人を横に、トゥランはむくむくとやる気にみなぎり始めた。


 強く美しい女騎士の話を思い出す。お気に入りで、何度も読みかえした冒険小説だ。男勝りな女騎士は、腕を磨き合うライバルと対立を繰り返し、幾度も修羅場をくぐりぬけ、最後にはライバルと恋に落ちて結ばれる。

 いつでも凛として、大切な人をその手で守る女騎士は魅力的だった。

 そうだ、新たな人生を切り開いていくためにも、あんな強さが必要だ。

 どこまでも想像を膨らませていたトゥランは、強くなるためにはまず、アロイスやウルたちの協力が必要だという本末転倒な事実に、しばらく気づかないままでいた。

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