第1話『決定的な運命』
ここから本編です。前言った通り大した話にはならないと思うのであしからず。
…読んで欲しいんです、はい。
異世界と言えど、朝から夜にかけての生活は大して変わらない。起床し、朝食を済ませたらそれぞれの仕事に取り掛かる。
この国は昔から平和一本道だ。侵略もなければ災害もありはしない。完璧な国、というものの定義があるならばだいたい満たしているくらい。
そんな国の、中枢部にあるのが王城だ。国の中心にありながらも、決して民草との間に線引きはしない。
僕はそんな国の王城で働く。王族とか貴族とかの身の回りを世話するような柔な役柄ではなくて、彼らの命を守る、ある意味で番犬。
そう、騎士だ。
「鍛錬を怠るな!我等は決して名ばかりの騎士団ではないと、人々の平和に仕える誇り高き戦士であると、その身を捧げて示さねばならぬ!」
そんな声が中庭から聞こえる。騎士団は人数が多いから、一度に鍛錬を行えるようなスペースの無い王城では、中庭に指定された兵士たちを集めてから順に指導を行っている。
階級制を採用したこの国の騎士団は、一般兵の上に王城兵が並ぶ。彼らはその人数を以って広い王城を隅々に渡って警護し、客人や来賓の方々の身の安全を確保している。
とは言っても、決して危険がつきまとうような仕事ではない。この国ではそこまで大層な事件が起こった試しがない。街の方では大小問わず毎日のようにトラブルが発生しているのだが、どれも騎士団によってすぐに解決している。
優秀な人材が多数いる故、どんな問題にも柔軟に対応することが可能だ。その分、一癖も二癖もある人物が多いのだが。
王城兵の中でも、優れた功績を挙げた者には「騎士」の階級が送られる。騎士の方がより危険な任務をこなすことになるのだが、前述の通り、そこまでの話はない。
僕も騎士になって以来、そんな仕事を頼まれた覚えがない。騎士の上に立つ「騎士長」になれば、また危険度が増すのだろうけれど。好き好んで毒沼に足を突っ込むほど、僕は馬鹿じゃない。
「今日の鍛錬はここまで!各自適度に休みを取るといい。ただし腑抜けた態度は許さん、城内では騎士としての誇りを忘れるな!」
僕の名前はジェン。この国、ウォリバン王国の王に仕える、いわゆる高名な騎士だ。大した功績を挙げたかと言えば、せいぜい街中の喧嘩を止め続けたくらい。同期の中じゃ剣の腕も魔導の才能も突飛したものがない。つまり何処にでもいる普通の男だ。
毎日がつまらない、つまらなさすぎて超常現象でも起こりはしないかなと思うくらいに。それだと周りの人に迷惑がかかるかもしれないから、どうせなら僕を主人公にした壮大な物語が始まる方が良い。何にせよ僕はこんな人生にうんざりしていた。
「…あっ!ジェンさん、探してたんですよ!」
そんな声が聞こえて振り返ると、其処には銀色の真新しい鎧がよく似合わない、青い髪の女性がいた。
「シーナ?どうしたの急に…」
「どうしたの?じゃありませんよ。貴方の担当部隊、もう集まってるんです。早く訓練指導に行ってください!」
「だからその件は断って……」
「何で断るんですか!騎士として後輩たちの指導を行うのは義務です。拒否権なんてありませんよ」
「僕は他人に教えを説くような騎士じゃないよ。大して彼らと変わらない、いやむしろ彼らより下かも…」
「ああ、もう!その卑下した自己評価なんか聞きたくないです、無理矢理にでも連れて行きますからね!」
彼女はそう言うと華奢な身体に似合わない馬鹿力で僕の肩を引っ張っていく。女性にも力で負けるなんてやっぱり僕は駄目なやつだ。
だからこそ、そんな僕でも凄いことをしてみたいと、下らない理想を夢見てしまったんだ。
昼下がりの国境付近。人の往来が激しいこの国は、塀で街を囲み、何箇所かある門を通って行き来するように整備されている。つまり、ここを見張るのも僕たちの仕事の一つというわけなんだ。退屈だけどね。
「魔獣が出ることもあるけど、基本的には行商人と旅人の接待だ。国に不審な輩を入れるわけにはいかないから、十分に注意して」
見習い騎士とか、新兵とか、今日の鍛錬には熱意のある人が多い。僕みたいな騎士が担当するには惜しいくらいだけど、幸運にも彼らの意識はあまり僕に向けられてはいない。何故なら、
「あ、あのシーナさん!先日の講義についてもう少し聞きたいことがあるんですが!!」
「昨日はその、身内のトラブルに巻き込んでしまい…すみません。シーナさんの手を煩わせるような事じゃなかったんですが…」
「シーナさん、この前女房と二人で作った試作の焼き菓子です。よろしかったらどうぞ!」
僕を連れてくるだけに飽き足らず、指導の補佐もすると言い張ったシーナに、みんなが夢中だからだ。まぁ彼女は騎士の中でも特に有名人だし、当然と言えば当然なんだけど。
シーナ・グリモア。知る人ぞ知る「聖女騎士」。その名の通り、王ではなく神に仕えるのが彼女の忠誠の形だ。この世に神がいるなら、僕みたいな男を作った理由くらい聞きたいくらいだけど、それは僕の話で、彼女には関係ない。
年は僕の一個下で、騎士としては後輩なんだけど、先輩より後輩が強いなんてことこの世界じゃよくある話だ。魔導に秀でた彼女は魔導士の試験でも首席プリーフェクトを修めたらしい。僕なんかとは比べ物にならないくらい、高嶺の花みたいな騎士だ。
「皆さん、色々とありがとうございます。ですが、今は鍛錬の最中。私はあくまで補佐であって、貴方たちの指導者はジェンさんです。彼の指示に従い、鍛錬を続けることが優先です」
そう言われると、ますます頭が上がらない。彼女の教え方は僕のそれなんかよりずっと効率的で明快だ。
指導者としても劣る僕にこの場の主導権を渡されても自信がないし、余計に混乱させてしまうだけだろう。
「ジェンさんの指導に不満があるわけじゃないんですけど……」
「あの人、何というか騎士っぽくないというか…」
「あ、分かる。騎士というより従者っぽいよね」
「なんだかんだ言って優しいし、いっつも僕たちの顔色をうかがっているんだよなぁ」
本人に聞こえてるだなんてこと、彼らは気にしないだろう。僕はそんな事で腹を立てやしないから。
そのうちこの人達も王城兵になって、出世して、僕をあっという間に抜かしていくに違いない。
僕はそれで構わない。決して手柄を立てようだとか、良い境遇で暮らしたいとか、そんな考えはないから。
「……まったく、つくづく呆れてしまいますね」
シーナが溜息をつきながらそう言った。新兵たちは「そうでしょう」と言わんばかりに頷いている。
ここに僕のことを気遣うような人はいないのだろう。だって僕は、本来こんな所にいるべきではない存在なんだから。
「まだまだ見る目がないですね、皆さんは」
「え?」
思わず僕ですら耳を疑う。
新兵たちも同様にキョトンとして、シーナの発言に固まってしまっていた。
「確かにジェンさんにはまだ足りない部分があるのかもしれません。でもそれはそれ、私にだって皆さんにだって足りない部分はあるはずです。
彼がそれに対して前向きかは問いません。ですが、彼は自分の足りない部分を知っている。それ故にあんな子どもみたいなおどおどした態度を取ってしまうんですよ。
皆さんはどうです?他人の足りないところ探しに躍起になって、己を見ていないのでは?」
–––誰一人として、言い返すことはできなかった。
僕自身、貶されたのか褒められたのかわからず、ただ彼女の顔を見つめることしかできなかった。
結局、その日の鍛錬は特にめぼしいこともなく無事に終わったのだった。
夜になると、街の中は酒場から漏れるハイテンションな歌声と香ばしい酒の香りでいっぱいになる。
僕は行きつけの酒場でカウンター席に座ると、仲のいいマスターと他愛のない雑談をして時間を過ごすことにした。
「いやぁジェンさんは相変わらず下しか向かないなぁ」
「仕方ないじゃないですか。僕なんかが騎士やってても誰の役にも立てませんって」
「喧嘩の仲裁は君の十八番なんだがなぁ。酔っ払って家を忘れた客を送り届けてくれたこともあったね」
「それは、まぁ…見ていられなかったので」
「根が真面目だからね。君は誰かに仕えると言うよりも、誰かの隣で興奮を抑えたりする方が似合うよ」
ちょうどその時、店の扉が開いて、見慣れた2人組が僕の隣に座りこんできた。
「やぁジェン。今日も指導、お疲れ様」
「リブ、君は今日非番だろう?わざわざここに顔を出さなくても良いのに」
「まぁね。でも、そこはほら、ボクも医療の進歩に貢献してみたいというか」
「…ここで患者が出ることを前提にしているのは、流石にどうかと思うよ」
リブ・スターロは僕の友人で、街の外れで小さな医療所を営んでいる。腕は確かなんだけど、どこか抜けてるというか、無責任というか……。
医療の腕ではなくて、老人のいい話し相手としてみんなに頼られているところもある。凄く良い人だ。
肩に梟を乗せてなければバッチリなんだけど……。
「2人で盛り上がっているところ悪いけど、今日は私も含めた“記念日”なんだし席についてくれる?」
「あぁ、ごめんヤンケ。…マスター、いつもので」
彼女はヤンケ・イーシス。僕の同期の1人で、武器の扱いは一級品だ。剣だろうが斧だろうが弓だろうが、彼女が握ればその実力を十二分に引き出せる。ただ、彼女自身は体力がないためか、保って30分しか戦えないというのが玉に瑕だ。
「しかし、“記念日”か。あれからもう2年経ったわけだな」
「早かったね。僕もみんなも大して変わってない」
「馬鹿言わないでよジェン。私たちは騎士に昇格したし、リブは医者として立派に働き始めたよ?」
「そうなんだけどさ」
なんだか、こうして話してる間だけは、2年前に戻ったみたいな感覚になる。
僕も、リブも、ヤンケも、まだ互いを認識して間もなかったくらい。まるで昔からの親友みたいに馬鹿騒ぎして笑いあったのを覚えている。
かと思えば、恥ずかしさからか黙りこくって顔を上げられずにいたり。3人並んで座ると、妙に距離感が曖昧になって。
それでも、僕たちの間には切っても切れない何かがあった。それのおかげで、今もこうして会う仲なんだ。
「あの日はびっくりしたのなんのって。私、こういうの始めてだったから」
「それならボクだって。2人と会わなきゃ今頃何をしてたのやら…」
「でも、今はこうやって話をしてる。…それだけでも僕は嬉しいな」
「はは、ジェンがそんな事言うようになるなんてね!私も頑張った甲斐があったかなぁ?」
「…ヤンケ、何かしたっけ?」
「はあ⁉︎私の活躍忘れたって言うの!だったらもう一回伝えてあげるけど!」
「じ、冗談だって……あまり怒ると綺麗な顔が台無しだよ……」
笑顔と元気と幸せに包まれた僕たちの“記念日”は、0時を過ぎた辺りでお開きになった。
いつも通り、酒場から街の中央広場に行き、そこでそれぞれの帰路につく。
別れ際、リブは僕たち2人に「新作だよ」と言って怪しげな薬を渡してくれた。
「ちょっ、リブ!あなたねぇ、いかにも危なそうなの友人に渡さないでよ!」
「何言ってるんだよ。普通の風邪薬だって。効果は2倍だけど苦味も2倍だから誰かに飲んで欲しくって」
袋の中の粉はキツイ臭いを放っていたが、リブ印の薬を疑うわけにもいかず、僕たちは渋々それを受け取った。
「飲んだら感想聞かせてよ!」とウキウキした様子でリブは手を振りながら帰っていった。
その様子を見送った後、僕もヤンケに別れの挨拶をして家へと向かおうとしたが、背中越しに呼び止められた。
「…ねぇジェン。あなたは騎士として暮らしてる今の生活に満足してるの?」
「え…なんだよ急に」
「答えてよ。今のあなたはそれで胸を張れるのか」
ヤンケの目は真剣だった。
戦闘訓練していた時の、あの揺るぎない信念を宿した真っ直ぐな瞳だった。
そんな目をされて、僕はひどく慌ててしまっていた。正解のある問いとは思えなくとも、彼女の求める解を出さなければならないと思ったのだ。
だったら、必要なのは素直になることだ。自分の心を綺麗さっぱり曝け出すこと。つまり……
「…正直、満足はしてないよ。つまらない、というかなんというか。このまま過ごすのも決して悪くはないと思う。けど、なんか、それじゃダメな気もして」
「…なんで、ダメって思うの?」
「……昔、誰かに言われたんだよ。意味のある人生にしろ、だかなんだか……」
おぼろげな記憶だが、やけに僕の心に焼き付いている。その一言が今の僕を助けていたり、逆に余計なことをさせていたりもする。
誰に言われたのかもわからない言葉に引きずられて生きるのはおかしいかもしれない。
けれど確かに、言われる前の僕になかった何かを、その人が見せてくれたのだ。
それが見たくて、ここに来ている。
…下手な理想に、身体を付き合わせている。
「…そう。ま、あなたはそう言うだろうなと思った。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
ヤンケはまたいつもの眼差しに戻ったかと思うと、微笑みながら手を振って背中を向けた。
それ以上何を言うわけでもなく去っていった彼女に、妙な違和感を感じながらも、僕は家へと帰るのだった。
翌朝、いつもより早く目が覚めてしまった。
僕は早寝早起きが苦手なのだ。寒さだとか暑さを感じてしまうとベッドから降りれなくなる。
それでも何だか変な感じがして、リブにもらった薬のせいか、と不安に思った。味は……言葉にできないくらいだったんだけど。
朝ごはんを食べてもその感覚は消えなかった。これはおかしいと思いながら家を出ると、なんだか騒がしいことに気づく。
「あっ!ジェンさん?」
するとそこに、普段着姿のシーナが走ってきた。普段着でもその美しさは色褪せないが、今はそんなことを言ってる場合でもない。
「シーナ、この騒ぎは一体……?」
「私もやけに騒がしいと思って。あっちの方に人だかりができてます…行きましょう」
2人で人だかりの中に入っていくと、騒めきが耳を埋め尽くす。
「なんてこった…」
「こんな……こんな事って……」
「どういうことだよ…!」
嫌な予感と寒気が背筋を撫でる。シーナにもそれは伝わったらしく、より急いで中心へと向かうことにした。
しばらくしてようやく人だかりの中心に辿り着き、シーナと共に騎士であることを名文に通らせてもらう。すると、そこに現れたのは–––––––––
「なっ…………⁉︎」
「…………っ…!」
そこには、目を閉じて倒れているヤンケの姿があった。肌は青白く、身体から温もりは感じられない。手元には昨夜リブからもらった薬の袋が握られており、中身が近くに散乱していた。
「……え………や、ヤンケ……だよな……?」
反応はない。
そこにいるのは、彼女の身体だけで、魂はとうに抜け去っていた。
なんで。
どうして。
あんなに笑っていたじゃないか。
いつもと変わらない、元気な様子だったのに。
たった一晩、眠っただけで。
こんな、抜け殻だけ置いていくなんて。
どういうことなんだよ。
僕は彼女の身体を抱きかかえながら、必死にこらえていた涙と叫びを解放した。周りの人が不審がるのもお構いなしに、ただただこのやるせない苦しみを空へと溶かすしかなかった。
面白いなとか思ってもらえたら幸いです…。
そうすれば続きを書く手も捗るので。