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3話 森とアルトと黒い猟犬

 木漏れ日が明るく照らす木々の中に、座り込み、花や草をとっては片手に持つ図鑑と見比べ丁寧に確認しているアルトの姿があった。


 森の中で、一人作業に没頭する姿ははなはだ不気味で、見知った誰かでも、突然アルトのような少年が視界に入ったら思いがけず声をあげるだろう。


 「っいて。」


 一陣の風が葉の一枚を飛ばし、アルトの頬を掠める。アルトの頬は赤く腫れており、些細な衝撃でも痛みを感じる程度には刺激的だった。


 アルトは頬に手をあて、今日の出来事を思い返す。


 「・・・痛いなぁ。」


 殴られた頬より、蹴りあげられたお腹の痛みより、グレンの言葉が何よりアルトは痛かった。

 アルトの胸は未だぐずぐずとした痛みを訴えている。


 「呪術を解く方法は2つだけだ!!解呪の神法を使うか、呪術者そのものを倒すかだ!!」


 「てめぇは何故剣をすてた!?アリアさんに護られて命を拾ったお前が何時まで叶いもしない幻想で自分を慰めてんだ!何で助けようと足掻かねーんだ!!」


 本当にその通りだと思う。

 僕だって叶うならそうしたい。だけど、、、。

 アルトは腰に提げているナイフを手に取り、試しに軽く振るってみる。


 しゅっと空気を割く音が森に響く。


 今度は目を閉じ、あの時の魔人の姿を思い描き、ナイフを構える。

 アルトは腹に力を入れ、いずれくる恐怖と絶望の波に備える。


 その波は、初めはじわりと、徐々に荒々しくアルトの体を支配していく。


 体は震え、目にはその恐怖から涙を浮かべ、腹の底からせりあがって来る吐き気を感じると、とうとうアルトは立っていられなくなり、構えていたナイフを落としてしまう。


 「っっげほ。っごほ。」


 アルトは何とか嘔吐をこらえ、膝まづき、はぁはぁと息を荒げる。


 「たてや!アルト!!アリアさんに守って貰ったお前が、あの人を護れなかったお前が!!無様に這いつくばってんじゃ、、、ねぇ!!」


(本当にまったく、その通りだ、、!)


 アルトはぐっと歯を食い縛ると、未だガクガクと震える体を両手で押さえつつ、ゆっくり立ち上がる。


 その顔は今にも倒れ込みそうなほど青い。


 「今日はもう少し奥まで行ってみよう。」


 そう独りごちると、アルトは未だ震える体を引きずり、視界に広がる大森林をもっと先に、もっと深くにと潜っていく。


 森の周辺にはスライムや羽ウサギといった、子供でも勝てる、魔獣しか存在しないが、ある一定のラインを越えると徐々にその危険度は増していく。


 危険を見極めるサインの1つが、不自然に折られている木の枝だ。


 これは縄張り意識が強い魔獣が先に居ることを知る大事なサインで、フェアリ村の住民なら、それこそ誰でも気付く、危険の予兆だ。


 もちろん、長年森に探索に出ていたアルトが知らないはずのない、基本のキ。


 冷静に周囲を見渡せば、所々、折られた枝が見て取れるが、今日のアルトはいつもより一層下を見て、新種の薬草がないかを注意深く探している。


 そのため、普段であれば気付くサインを悉く見逃し、奥へ奥へと森を進んでいった。


 そうしなければ、アルトの精神は平静をたもてなかったのだ。


 日が傾きかけ、森林全体が薄暗くなってきた頃に、アルトは肌寒さから自意識を取り戻す。


 アルトは其処で初めて、思ったより時間が過ぎていることに気付く。


 「もう、こんな時間か。帰らないと。」


 アルトはいそいそと今日採取した薬草を集め、帰り仕度を整えていく。集めている薬草はアルトにとっては見知った薬草ばかりであった。


 「明日こそは、、。」


 アルトの耳に遠くから、きゅろろろ~んと動物の鳴き声が聞こえた。

 調子外れの初めて聞くその鳴き声はアルトの興味を誘い、どんな動物だろうかと周囲を見渡す。


 「鳥かな?あんまり聞いたことないけど」


 改めて森の周囲を見渡したことで、自分が森のかなり奥まで来ていたことを知った。


 「って!!これ、かなり奥まで来ちゃったんじゃないかな。まずいよ。」


 アルトも森の奥には危険な魔獣の棲み家になっていることは知っている。もし、遭遇すればかなり危険だ。


 早く帰ろうと、鳴き声に気を取られ、止めていた帰り支度を再開させる。

 時折聞こえる鳴き声は、きゅろろろん、きゅ~ろろろら~とやっぱり調子外れの歌みたいで、焦っているハズなのに、アルトはなんだが可笑しくて少し声をだして笑った。


 「下手くそな歌だな。ふふ。」


 音痴で陽気な歌声に笑みを浮かべつつ帰り支度を整えたアルトは、さぁ帰ろうと立ち上がり、歩き始めた。


 しかし、数歩も歩かない内に、アルトは足を止めてしまう。


 「、、、あれは。」


 視界の端に、小さな白い点が掠めたのだ。アルトはそれが何なのか確かめようと、よく目を凝らす。


 アルトの目は、木々の頭で頂上は分からないものの其なりに高いであろう崖の斜面を、隙間なく舐めていく。


 薄暗くなった森では良く目立ち、仄かに白く発光している花をアルトの目が捉えた。


 「、、、。月光花?」


 図鑑を確認する間もおかず、アルトはよく見ようと花に向かって走り出す。


 木の根や折られた枝に躓きながらも、アルトは花の姿を視界に捉えて離さない。

 アルトが帰ろうとしていたことも忘れ、その頭は白い花の一色で染まっていた。


 アルトが必死に走っているのは理由がある。

 何故なら、アルトが月光花と呼んだ花は、物語の中で登場する万能薬の材料で登場する花だからだ。


 物語ではかの花は万病に効くのは、勿論、たとえ呪いであっても、投薬された者を完全に癒す薬として登場したのだ。


 その花は、夜には仄かに白く光り、花の形は鈴に似た形をして、下向きに咲く。


 物語の中で登場する花は、アルトが視界に捉え続ける花とあまりにも似ていた。


 崖の麓までアルトは蹴躓き、目の前の大きな気を支えに転ぶのを防ぐ。


(ナワバリ、、。)


 木には三本の大きな爪痕があり、此処が既に魔獣のナワバリであることを知る。それも、かなり大型の。


 「関係ない。」


 「行こう。」


 仄かに白く光るその花は、斜面を10メートル程登ったところの岩影に咲いていた。

 幸い、斜度も急であるものの、登れない程ではなく、迷いなく崖に詰めよると手頃な突起に手をかけた。


 全力で走ったせいで、アルトの息は荒くなっているが、その心は高揚で包まれていた。


 その実、アルト自身は、もう姉を救うことは無理だと思っていた。

 救ってくれた姉を見捨てて逃げた自分。そのことを後悔し、今度こそはと剣を取るも、まともに訓練すら出来ない自分。


 終わらない後悔と自分への失望から、アルトの精神は磨耗し、そしてアルトは、逃げることを選択した。


 剣をおき、姉の為にと口では言いつつも、薬学を学んできたアルトだからこそ、今の自分の行動で姉を救うことは出来ないと分かっていた。


 それでも6年間大森林へと通い続けたのは姉への懺悔だ。アルトは姉を救えなかった罪を、周囲から謗りをうけつつも、大森林へ通い、姉の為にと行動することで、贖罪としていた。


 そんなアルトの目の前に、仄かに白く光る花がある。


 物語にしか存在しないと思っていた、万能薬の材料となる薬草だ。この仄暗い感情から抜け出すことが出来るかもしれない希望の光。


 先程見掛けた爪痕の魔獣がアルトの存在に気付けば、その時はアルトは無惨に食い殺されるかもしれない。


 でも、それがなんだと言うんだ。

 もし、この花を手に取ろうとし、結果死んだとしても、それはアルトにとって本望。


 もう花は目の前で、手を伸ばせば届く距離にある。


 「もう、、、、少し、、。」


 アルトはいざ希望を掴み取らんと、岩影にひっそりと咲く花に手を伸ばす。


 「ぐぉぉぉーーーーーー!」


 そうしている所に、崖の上の方からだろうか、獣の唸り声が聞こえた。


 声に驚いたアルトは右足を外し、体がゆっくりと壁から離れていく。


 「うあぁぁぁ!!!!」


 アルトは残った左足で踏ん張り、何とか手を伸ばすも、惜しくも花の頭を少し掠め、体は空中へと投げ出されていく。


 数瞬後、アルトの背中にドンと衝撃が走り、ゴロゴロと崖の斜面を下り落ちていく。


 程なくして、地面へと投げ出されたアルトは体の節々に痛みを感じるも、諦めてたまるかともう一度壁に手を掛ける。


 その時だった。頭上から大きな影が飛び降りて来た。


 ずざっと音がし、アルトは後方に顔を向ける。


 「ブラックハウンド」


 そこには、怪しく光る赤い瞳に、人を容易く切り裂くであろう鋭い爪を持ち、長く艶やかな黒色の体毛に覆われた黒い猟犬の姿があった。


 ぐるるるるっ。


 猟犬は、強き魔獣の中では比較的温厚で、例え人と出会っても狩の途中でもなければ、まず襲ってこない。


 そんな猟犬だが、時たま被害が報告される時がある。被害者は食われるでもなく、爪と狂暴なキバで体を引き裂かれ、無惨な姿でナワバリの外に打ち捨てられる。


(こいつの、、、!!!!)


 崖を登る前に、木に付けられて大きな爪痕が、アルトの頭をよぎる。


 「うぉぉぉーーーーーん。」


 目の前の大きな猟犬は、獲物ではなく、住み処への侵入者を仕留める為に、腹の底から咆哮をあげた。

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